第4話 横槍
境介はいつもの笑顔を浮かべながら、男性が駅の床に落とした鞄を拾い上げた。
駅員室に連れていかれようとしている男性の手を、すっと掴んで引き留める。
「……あの、鞄、忘れてますよ。」
声をかけられた男性が振り返る。顔には疲れ切った表情が浮かんでいたが、境介が掲げた鞄を見ると、「あ」と気の抜けた声を漏らした。
「はい。」
境介は鞄を自分の顔の高さまで掲げる。ただし、それ以上前に突き出すことはしなかった。
男性は鞄を受け取るために駅員の元を離れ、二歩前に詰め寄ってきた。その瞬間、境介は後ろの駅員が棒立ちになっているのを確認する。
「君、わざわざありがとう。」
男性が鞄を掴むのを待ち、境介は小声で耳打ちした。
「合図したら走るぞ。」
「……え?」
男性の反応は戸惑いそのものだったが、境介はそのまま続ける。
「3、2、1……GO!」
合図と同時に境介は全力で走り出した。驚いた男性も釣られるように走り始める。
「お、おい!待ちなさい!」
一番近くにいた駅員が慌てて追いかけるが、若さに物を言わせた二人の全力疾走に、年配の駅員はすぐに距離を離されてしまう。
「もうすぐ改札だ!準備しろ!」
境介は息を切らしながら後ろを振り返り、男性に声をかける。
「こっちもギリギリだってのに……!」
男性は息を切らしながらも、ポケットから交通系ICカードを取り出す。
二人は人混みを縫うように進み、掲示板と脳内マップを頼りに改札を目指して走り続けた。
遂に改札が目の前に迫る。境介は駅員室を探し、敵の位置を確認した。
(……? いない。)
焦る境介だったが、すぐに駅員がほかの乗客対応に追われているのを見つける。
(ラッキーだな。ここはスルーでいい。)
二人は改札を無事通過し、外に出る。信号が点滅しているが、周囲の人々は気にせず横断を続けている。
「渡ったら路地に入るぞ!」
「わ、わかった!」
疲労の限界が近づいている二人だったが、赤信号ギリギリで横断し、路地に滑り込むことに成功する。
「……はぁ、はぁ……少し、歩こう。」
「……ああ。」
境介の指示で二人は歩き出す。息を整えながら、男性は隣を歩く少年を横目で見た。
(この子……なんで助けてくれたんだ?)
その疑問を胸に抱えながらも、男性は言葉を切り出す。
「なあ。」
境介がスマホを操作する手を止め、顔を上げた。
「ん?どうした?」
「その……なんで俺を助けてくれたんだ?」
戸惑いながら尋ねる男性に対し、境介はあっけらかんと答える。
「あー、別にそんなんじゃないよ。面白そうだから首突っ込んだだけ。」
そして、何のためらいもなく言葉を続けた。
「それより、スマホ貸してくれない?」
男性は唖然としながらも、言われるがままにスマホを渡す。境介は慣れた手つきで『ココト』を開き、アカウントをリンクさせた。
「はい、ありがとう。じゃあ、またな。」
スマホを返却すると、境介はその場をスタスタと歩き去っていった。
男性の問いに返した言葉は、ただの表面上のものだった。境介の胸の内では、別の思いが渦巻いていた。
(俺たちは何もしなかった。だけどあの男は、リスクを負って声を上げた。それを社会が叩き潰すなら……俺は、少し弓を引きたくなるだけだ。)
予定よりも少し遅れたが、境介は問題なくバスに乗り込む。
鞄の中のスマホを取り出し、撮影していた動画を『ココト』にアップロードする。動画のタイトルはこうだった。
「真実を知りたい奴はこれを見てくれ。」
イヤホンを耳に押し込み、再び音楽に浸る境介の顔には、どこか満足げな笑みが浮かんでいた。
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