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  ◆


 「それじゃあ、始めようか。」


 もうすっかり日の落ちた田舎の駐在所からは、煌々と照らす蛍光灯の白い光に象られた3人の男たちの影が漏れ出ていた。


 「まず、既に我々2人が皇宮警察の所属である事は既に話した。そして佐藤くん、君も、これからは我々の一員として活動してもらう事になる。その覚悟は、できているかい。」

 「はい。」

 「ま、覚悟ができてなかったとしても今更遅いけどね。」

 「うん。こればっかりはな・・・。話を続けよう。まずは我々の部隊がどのような活動を行っているかを説明したい。」

 「それは俺が説明しよう。」

 「助かります。」

 一応、上司は安倍さんの方らしいと聞いている。一度コホンと咳をしてから喉の調子を見た大男は、今までで一番真面目な調子で話し始めた。


 「我々”名前のない部隊”の活動目的は、簡単に言って『日本古来の神々、妖怪を監視、対処する』ことだ。」

 「神と・・・妖怪!?」

 「そうだ、今のうちに驚けるだけ驚いておけ、そして慣れろ。俺たちの仕事相手だ。」

 「・・・はい。」

 「うむ。そして、我々がこの子込町、いや白蛇村において監視対象としていたのは、今回君が敵だと思って対対応する事になった、消失が確認された白蛇の大蛇・・・、ではなく!・・・仮称「青木鈴」を名乗る、あの美女だ。」

 「やはり、鈴さんが・・・。」


 「どうやら、何となくは予感していた、という事でいいかい?」

 「・・・視線が。」

 「続けて。」

 「目が合ったんです。山頂の祠の”中”、蛇が倒れていた異世界の山頂で、刀を携えて大蛇を切り伏せていた巫女服の彼女と。」

 「それで・・・どんな目だった!」

 「とても冷たい目だった。恐ろしいくらいに。とても片田舎で平穏に暮らして、大切にされて来たような人の出せる殺気じゃなかった。自分にはそれ位しか理解できなかったんです。」

 「・・・どうやら、いや、やはりか、話を聞いていると、この土地からの情報では、あの鈴という女性がこの土地の神であるという話が出てくるが、実はそれは間違いだ。村の名前からも分かる通り、この村は白蛇の村。つまり、古来からの本当の土地神は、紛れもなく白蛇の方だ。」

 「つまり、どういう事なんですか。・・・鈴さんは、一体なんなんですか。」


 「彼女がこの村にやって来たのは、江戸の中期、田園開発の作業団訪問に乗じて、巫女に扮してこの村に住まおうと侵入してきた時だと考えられている。」

 田中さんが、駐在所を包み込んだ暗雲のような雰囲気に助け舟を流してくれた。

 「巫女に、扮して・・・。」

 「これは、少し難しい話ではあるがね。そもそも、自然の里山に人の利己的な理由で手を加える事に、怒らない神などいないのだよ、佐藤君。」

 「じゃあ、あの白蛇は悪意からではなく、純粋な怒りから行動していたと?」

 「もっとも、今回の蛇がまだそんな事を理解していたかは分からない。居場所を侵されてから長い年月が経ち、あらゆる部分で里山の力が落ちた今となっては、もうただの荒ぶる物ノ怪に成り下がっていたかもしれない。」

 「・・・もし、今の田中巡査部長の推測が正しいのだとしたら、元々の白蛇の神を居場所である神の座から追いやったのは・・・そんな、まさか・・・。」


 「その昔、日本がまだ戦乱の世だった時代。日本各地には、まだ力を持っていた神々や妖怪たちが絶えず人の世に影響を与え、伝説を作っていた。」

 「時は遡って15世紀の上野国。その地に、とある城が建てられた。」

 「上野国は、今でいう群馬県だね。」

 「城の名を館林城、またの名を『尾曳城』という。」

 「オビキ城・・・というのは。」

 「『狐の指示で建てた城』という意味だよ。佐藤君。」

 「・・・すいません。少し頭に話が入って来なくて。」

 「館林城には色々な伝説がある。例えば有名なのは石田三成が城攻めに失敗したとかね。ただ、諸説ある。歴史を見ると何度も城主が変わっている城でもあるからね。ただ・・・」

 「ただ・・・?」

 「築城者である赤井照光が、助けた狐の親子に導かれて城を建てたという伝承は根強く残り、城が無くなった今も、当時の狐伝説が由来で建つ稲荷神社が残っている。」

 「つまり・・・この話の筋からすると、鈴さんは・・・」


 「どのタイミングで城から去ったのかは分からない。ただ、狐という存在は自然的な神性を持つ一方で、多くの土地神のように場所に縛られずに動き回る事ができ、人間を化かしたり、悪戯好きな性格の個体は時として妖の類にも表現される。ある時は城の影の主として一時代を築くも、決して城の終わりと運命を共にするわけではなく、自分の命の為に城を抜け出して新たな住まいを探し、行った先行った先で妖術を使い土地を繁栄させ、その恩恵に賜りながら自分の居場所を自分で作る。そうして生き延びて来たのではないかと、考えられている。」


 「でも、鈴さんは現に私たちを助けてくれましたし、この町に何年も人と一緒に生活しているらしいじゃないですか。彼女がそんなに悪い存在には・・・。」


 ・・・あっ。


 「強い狐は神足り得る力を持っている。しかし、本来日本のあらゆる土地にはその土地由来の神がいる。狐は、どんな場所に逃げたとしても、必ず逃げ先で土地神と対立する事になる。神は狐をそう易々とは受け入れないからね。なら、狐はどうすればいいと思う・・・?」


 「・・・入れ替わり。旧来の土地神の座を、奪い取ってしまう。」

 「そうだ!佐藤くん!」

 「神に味方されない狐のすがる先は、大抵、力の無い人間だ。狐は土地神よりも人に優しい。人の社会に溶け込んで悩みを見つけ、妖術で解決しながら異端信仰を高め、人々の信仰対象を自分にすり替える事で、最終的に神の座に成り代わる。」


 「・・・まさか。」


 「君は貴重な体験をしたな。今日君が目撃したのは、恐らく、紛れもない、狐の国盗りの最終段階。『居場所を終われて物ノ怪同然に成り下がった土地神を、狐が殺して名実ともにこの土地の神となる瞬間』。そのものだよ・・・。」


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