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  ◆


 「まずは白蛇村についてだ。」

 田中さんがわざとらしいにやけ顔をすぐに引き締めて説明モードになった。

 「一応確認も含めて、佐藤くんが知っているこの村についての歴史を簡単に説明してくれ。」

 「はい。」

 少しの静寂の許しを得た。正しく理解する為に必要な頭の整理がやっと付けられる。目を閉じて、少し深く呼吸をして、鼓動を落ち着ける。そして、目を開く。


 「・・・江戸中期に、まず農地開発の為の治水工事が行われた。そして、その対象は、暴れ川であった白蛇川で、たしか下流域から中流域については、ある程度の整備ができたけれど、入り組んだ上流についての工事は難航し、結局はある程度水害に強い形になった所で工事を切り上げた。だった筈です。」

 「うん、そしたら、青木さん達からその話を聞いた時、もう一つ何か話が無かったかな。」

 「はい。ありました。たしかその時に、”山で暴れ回っている白蛇の大蛇を鎮める為”に、”この里山の土地神であった古の獣が”山を見守る為の祠を建て、そこに工事と一緒にやってきた巫女が編んだお守りが納められた。」


 「ねぇ、佐藤くん。今の、言ってて、なんか感じなかった?」

 「はい。・・・やっと、なんとなく。」

 「いいねぇ・・・。続けよう。」


 「その後村は農村として栄え、また、副産物としての工芸品生産でもそれなりの財を築いていたと、たしかこれは青木家のおばあ様や町のお年寄りの方々からも聞きました。そして、先程の田中巡査部長のお話を伺うに、恐らくこの辺りで村の名前が『子込』に変化している筈です。」


 「そうだ。よく理解できている。」

 「佐藤くん!君、刑事の方が向いてたんじゃない!?」

 「・・・有難う御座います。でも自分はそんな・・・。」


 「その後しばらくはこの村、いや町か。は、平穏な暮らしを手に入れ、農業と副業の工芸品出荷でそれなりに栄えて行った。そして、そういう状況に転換点が訪れたのは、この国の高度経済成長期に再び町に舞い込んできた都市開発計画だった。佐藤くん。」


 話を続きを振られた。でも、もう答えられる。


 「この工事の計画は、近隣都市部とあの山で隔絶された子込地域を、山を切り開く事で大規模な交通網のアクセスポイントに整備し、ひいては子込町も当時の近代都市構想に組み込もうという目論見だった。こうして話を聞いていると、まるで江戸時代の開発工事が時を経て再びこの町に舞い込んできたみたいだ。」

 「たしかにそうだね。」

 「しかし、工事は開始したものの、思うようには進まなかった、作業区域内での事故が多発し、果てには不可解な欠損事故まで起きて、工事は一度中止になった。」


 「実はこの駐在所が建てられたのはその頃なんだ。」

 事務椅子の背もたれを前にして跨っていた安倍さんが声を挟んで来た。

 「”目が欲しい”って要望があってね。こんな辺鄙な場所に一度に大量の工事車両や資材が入るこの時期に乗じる形でシレッとこの駐在所を建設し、適任とされた職員を配置した。」

 「なるほど。そう言う事だったんですか。・・・ん?”目が欲しい”?」

 「この駐在所は、一応県警の管轄で作らせたが大元の管理者は我々皇宮警察なんだ。世にも珍しい、皇宮警察の駐在所だよ。」

 「ま、珍しいって事になってるだけ、とも言えるけどな。」

 「・・・えっと、つまり。」

 「大丈夫だ。話を戻そう。というより、ここからはバトンタッチだ。君は合格だよ。後はのんびり話を聞いてくれ。」

 「あ、ありがとうございます。」


 「うん。で、まぁ、そうした一連の事故に際して、やはり町の長老会で話が上がった訳だ。『これはきっと白蛇の大蛇の仕業だ』ってね。まぁ、わかりやすい話だと思う。ただ、ただ、そうは言うものの、この町だって文明開化以前ほど宗教的な信仰心から行動していた集団ではなくなっていたし、都市化は非常に強く望む所だったから、自分達なりにお祓いをして、工事現場にも事故対策の徹底をお願いして、工事は再び再開した。ここまでOK?」

 「はい、大丈夫です。・・・そして、工事が再開したら、その後はたしか・・・」

 「うん。今度は町民に被害が出だした。不可解な鉄砲水、強風による転落、超局所的ゲリラ豪雨による予測不能な川の増水による溺死、果ては山に入った人間の行方不明だ。」

 「そんなに・・・。」

 「被害者は全部で5名、いずれもこの土地で育った人間だった。そしてそうした一連の被害の最後の1人になったのが、当時の村長一族の末娘だった。」

 「たしか、今の子込町にはもう村長一族は存続していないと記憶しています。」


 「この村の村長一族にはある掟があった。」

 「掟?」

 「それは、代々村長は『村長の娘が婿に迎えた人間が継承する』という掟だ。」

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