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  ◆


 「白蛇村・・・って、どういう事です?」

 「どういう事か、だってよ、田中君。」

 「どうもこうも、白蛇村さ。この村はね。」

 「・・・子込町じゃないんですか。だってこの駐在所だって子込町だし・・・。あぁ、どこかで町名変更をしたとか。」

 「マァ、そう言っちゃえば、そうかもね。」

 「この村が『子込町』という名前で呼ばれ出したのは、おそらく江戸の中期からだとされている。だから、それ以前の文献や地図、それも”この村の外”で作られたものには、ちゃんとここの地名が白蛇村だという事が記録されている。」

 「江戸の中期、この村にあった事・・・。治水工事だ。」

 「「ご名答。」」

 「偉く規模がデカかったらしい。地図と睨めっこしてみりゃわかるんだけど、その当時にこれだけの規模の開発を行うならもっといい場所なんて幾らでもある事がわかる。それは農業的な事に関しても、”カネ”に関する事にしても、な。」

 「この白蛇村には白蛇川という水源はあった。しかし、恐ろしく荒れる暴れ川だ。それをなぜ、山を切り崩してまで農地に変えたかったのか。」

 「たしかに、なんでだろう・・・。」

 「おっと!佐藤くん、ここで惑わされてはいけないよ。こういう時に考えるべきは物事の必然性じゃあない。無理な事に無理矢理納得する事で潰れて見えなくなる事もある。」

 「・・・それは、なんですか。」

 「思惑だよ。生きとし生ける全ての者がそれぞれに抱えている、心の作用さ。」


 「そうだなぁ、例えば佐藤くんだって、この駐在所に来るまでは色んな思惑があったんじゃないかな。」

 「田中さんまで・・・。」

 「例えば、佐藤くんは登山が好きだろう。今だって古地図を渡せばすぐに山岳地系を読めてしまったし、今朝なんかは自前のGPSまで使って青木さんを助けてくれようとした。」

 「・・・確かに、私は登山が趣味で、山の近いこの地域での勤務に臨みましたが、そこまで深く考えて行動している訳では」

 「そー!そーなんだよ佐藤君!思惑っていうのはね、自分の中にあってしまえば、特別に考え込まなくたって行動に出てくるものなんだ。これはとても重要な事だ。なぜなら、我々人間は普段、人の心の内なんて覗き込めないだろう。例えば、窃盗犯を見つけなきゃいけない時に、『私が盗みました。』なんてテレパシーが見える事はない。そうだろう?」

 「たしかにそうですが。」

 「そういう内なる部分が形を以て現実世界に表出する事がある。それが、物事を取り巻く”思惑”の糸口だ。」

 「・・・失礼ながら!私は今、揚げ足取りをされているような気分です!もしこれ以上戸惑わせるような事を言うなら・・・」


 「特別な存在になりたかった。そして強くなりたかった。誰かにとって、一番の危機から救い出してくれるような、そういうヒーローになりたかった。」


 「田中さん・・・?」

 「佐藤健成巡査。高校卒業と同時に警視庁に入庁。自ら警備部警備第一課を希望。SATだよね?で、警察学校卒業後は第一希望には叶わなかったものの機動隊に配属され、持ち前の学習意欲や運動神経を活かし山岳救助講習にも参加。3年の勤務の後、21歳で異動願を提出し受理。翌年度から地域警察として都市部での交番勤務を2年。その後自己都合退職し、翌年度採用でこの県警に採用後、晴れて子込町駐在所に配属。いやぁ、勤勉、実直、体力抜群。おまけに正義感もあれば性格も良しと来た。日頃の君を見ていてね。まったく、どっかの長髪眼鏡とは大違いで助かってるんだ!」

 「おい、今俺の事言ったか?」

 「・・・なんで、そんな事まで把握してるんですか。いくら上司と言えど、警視庁時代の職務経歴まで・・・。もう、それは越権行為では・・・。」

 「まぁ、越権行為だよね。いち県警の小さな駐在所に勤務する、しがない中年巡査部長としてみたら。」

 「そうだそうだ!」

 「あなた達・・・いったい何者なんですか・・・。」


 「おい田中よ、『急くな。』って言ったのはアンタだぜ?」

 「君に言わせるとまどろっこしすぎるんだ。程度ってやつだよ。」

 「・・・ったく、相変わらず怖いおっさんだぜ。」

 大男が、分厚いレンズ越しに見つめてくる。

 「佐藤くん、佐藤健成巡査殿。」

 「はい・・・、安倍・・・。安倍さん。」

 「うん。ごめんな、実は下の名前、言えないんだ。」

 「それは一体・・・。」


 「改めて自己紹介をさせてくれ。私は安倍―――、すまない。・・・所属は皇宮警察だ!さらにすまないが、実はそれ以上に名刺に書ける所属名も無い。なんなら名刺が無い!この日本で一番だらしない公務員の1人だ。・・・本当にこんな紹介しかできない事は、毎度申し訳ないと思ってる。だからこの言葉を名刺代わりに留めて、俺の身の上だと思ってくれ。」

 「・・・。・・・皇宮警察!?」

 「ついでに言うなら、このおっさんもだ。田中さん!あんたの分までは言わないよ。」

 「あぁ分かってるよ。それじゃあ、僕もね。一応。」

 「はい・・・。」


 「田中信二。表向きの所属は県警の子込駐在所勤務の巡査部長で間違いない。そして、安倍と同じく皇宮警察の、”名前の無い部隊”に籍を置く。立場で言うなら、一応安倍の部下だ。」

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