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◆
「で、田中よ。この佐藤くんっちゅう子はどうだい?」
「どうだいって、相変わらず困る聞き方をするなぁ。優秀だよ。少なくとも、こんな田舎町の駐在所で定常業務をこなす分には十二分だ。」
「優秀優秀。」
「・・・あの。目の前でそういう事言われると何だかむず痒くて・・・。」
「アハハ!たしかにな!俺なら嫌になって逃げだしちまうよ!」
「そうなんだよ!こいつは本当に逃げ出すんだよ!本当に!最悪のサボり魔だった!」
自分が報告書の書式に日付だとか職員情報だとか概要だとかをカリカリと記入している間、隣ではずっとこの2人がこの調子で漫才を続けている。田中巡査部長を不機嫌なようで、その実この漫才を久し振りにできている事が心底楽しそうにも見える。
「田中部長、取り敢えず事件詳細はそのまま書いてしまってもいいでしょうか。」
「あぁ、うん。取り敢えず正直に紙に書いてくれ。後で”直す”から。その方が”綺麗”にできるんだよね。」
「なる、ほど・・・。」
・・・ひょっとして今、自分は結構ヤバめの汚職に関与しているのでは無いだろうか。いや、でもここで正直になったって結局は銃刀法違反の黙認と銃器不法所持者との共犯を自白する事にもなる。法を貫くのはこんなにも難しいのか・・・!
「あ~☆聞いちゃった~♪聞いちゃった~♪警視総監に~言っちゃ~お~♪」
「その胡散臭い眼鏡ごと撃ち殺すぞ。」
「・・・ごめ~ん。」
・・・やっぱりここは従っておこう。田中巡査部長って、ひょっとして自分が思ってたよりもよっぽど強いのか?思い返せば、半狂乱だった青木さんを暗闇の中で制圧したのは圧巻の手捌きだった。
「佐藤君、詳細描く時に地図いらないかい?」
「あ!助かります!実はGPSの記録が狂ってる可能性がありまして、少し心配だったんです。」
「そらきたっ!実は古地図があるんだよ~。すぐ出るから、待ってて。」
「ありがとうございます。」
「・・・GPS、狂ったの?」
さっきのおチャラけた雰囲気が完全に死んだ。目の前にトンカチを振り降ろされたような無垢な威圧感が、その言葉の端々に籠っていた。
「報告書にも書かせて頂きますが、同行対象との山頂を行動目標とした登山の最中、一時的に原因不明の遭難状態に陥りました。その際にGPSを使用しての位置特定を行いましたが、」
「どんな感じだった?」
「・・・言葉で表現するのが難しいんです。ループの終わりと始まりの切り替わりを認識できない、というのが、馬鹿げていますが、正確だと思います。」
「あぁ~・・・なるほどなぁ・・・。そういう感じになるのかぁ・・・。」
「ひょっとして、安倍さんはこの土地の事を・・・」
「ちょっと待って!」
田中巡査部長に割って入られてしまった。
「急くな。」
「あいよ。ごめんなさい。」
「佐藤君!はいこれ、この町の古地図ね。なんと江戸時代中期の物だよ!」
「江戸時代!?だいぶちゃんと古地図ですね。」
「なんたってあの伊能忠敬の作だからね。」
「ありがとうございます!」
貰った4重折の地図を広げると事務机いっぱいに広がってしまった。一度席を立って、上から見下ろしてみる。たしかに頭に入れている子込町と同じ地形だ。
「・・・呼び捨て。」
「口無し、さ。」
「こえーよ。」
「へぇ~、この道ちゃんと名前があったんだ・・・。というか、今より家の数が多い・・・。栄えてたんだなぁ。」
「どうだい、面白いだろう。」
「はい。見応えがある。」
「そうそう、面白いよね。」
「はい。思っていた以上に。」
「うんうん。
特に、村の名前とかね。」
「村の名前・・・村の名前・・・。・・・。」
「さぁ~て!一体なんて書いてあるかな!?佐藤巡査くん!」
「・・・白蛇村?」
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