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  ◆


 「鈴ねぇ~、お母さんが遅めのお昼いるかだって~。」

 昼下がりの居間。遅い朝ご飯の為にそそくさと布団が丸められ食卓が置き直された9畳ほどの正方形空間は、この家の概ね中心に位置する場所として家族の往来のスクランブル交差点のような役割を果たしている。

故に、呼びたい人がいる時は取り敢えずここで呼ぶとほぼ確実に気付いて貰えるのだ。

 しかし、今呼んだ鈴ねぇからは反応が帰って来ない。こういう時は大抵考えられるのは3つだ。1つは外出してる。自分が小さい頃からクロと一緒にご近所のテリトリーを巡回する人間味の薄い散歩によく繰り出している人だ。昔から数度、散歩コースの事を考えるとふと「こんな所通れるのかよ」と思って考えるのを辞める事があったけれど、今となってはその疑問に対してあまりにも強力な解答が得られてしまった。ただ、流石の鈴ねぇも、ここ数日の家出や、今朝の文字通り大太刀回りをした後にトコトコ散歩に行くとは考えられない。

 2つ目は、風呂だ。鈴ねぇは綺麗好き。もう皆周知の話で、こういう夏の暑い時期なんかは昼にシャワーを浴びて夜に風呂に入ったりしていた。小さい頃からよく見ていた光景だ。しかし、今日はさっき、一緒に風呂に入ってしまったし、こうも立て続けに入浴する事はないだろう。

 残るは3つ目。

 昼の居間は日が射し込みすぎるのを嫌って庭側の襖が閉じてある。逆に言うと居間と庭に挟まれた4畳半の部屋は今くらいの時間が一番日が射して日光浴にはぴったりなのだ。だから、この部屋はいつもクロの部屋になっている。猫は日光浴で体内の必要な栄養素を生成できるらしいから、きっとクロにとって、あの部屋での生活は腹の満たされないおやつタイムのような感じなのかもしれない。と、偶に妄想する。

 そして、この家には昼寝好きが2人いるのだ。一人は勿論クロだが、残りの1人というのが、鈴ねぇだ。

 居間の南側の襖を両手でそっと開いた。

 案の定、そこには、四畳半の真ん中に同じようなポーズで並んで寝ている、1匹と1人がいた。

 「・・・相変わらずポーズ似てるなぁ。」

 ングルゥ・・・。

 クロが自分の気配に気付いて面倒くさそうな唸りを漏らしながら、ゴロンと臍で天井を仰ぐ様に背中を転がした。という事は、

 「ん、んぅ~・・・。」

 同じように鈴ねぇが横向きの寝姿勢から仰向けに寝返ってクロと同じポーズになった。

 「あはは。また同じ寝相してる。」

 「・・・んん?翔ちゃんなぁに~?」

 「母さんが昼飯作ろうかって。」

 「ん~・・・。いいよぉ・・・。」

 「・・・どっちだよ。」

 「おか~しゃ~ん。おゆうはんがいたでゃけりぇびゃけっこうでう~。」

 「なんて。」

 「ハイヨ~。鈴ちゃん、美味しいお夕飯作ってあげるからね~。」

 「あいりゃりょ~。」

 居間を抜けて台所から母親の声が飛んできた。

 「わかるんかい。」

 「しょうちゃんもいっしょにおひるねしよ~。」

 「えぇ、俺は、どうしようかなぁ。」

 「いいじゃん!ほらおいで。」

 「じゃあ、ちょっとだけ。」

 「えい!つかまえた!」

 姉が、寝惚けているなりの力いっぱいで自分にしがみ付いてくる。

 「姉ちゃんちょっと苦しい・・・。」

 「・・・。」

 「寝てる・・・。」

 ご丁寧に、鈴ねぇの肩越しに見えるクロまで、自分にしがみ付いた鈴ねぇの姿勢に合わせる寝返りを打って一発大きな欠伸を決めた。


 日射しは暑いくらいに射しているのに、欄間を通って循環しているエアコンのおかげで室温は快適な温度を保っている。

 「これは、眠くなるわ・・・。」

 姉が寝返りついでに自分を胸に押し付けて来た。頭を抱かれるような体勢は、案外心地がいい。もう少しだけ、この空間に甘えていよう。

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