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夏の日の長さは相変わらず、時間間隔を狂わせる。早朝の臨時出動から朝にヘトヘトで帰ってきて、そそくさと風呂と食事を済ませてから昼の間グッスリ寝て起きても、まだまだ夜は遥か彼方とあざ笑うかのようにギラギラした日光が日陰の無い田舎道に降り注いでいる。
「思えば、夏の4時ってこんなに明るいのか。この時期だと6時でも明るいもんなぁ・・・。なんか変な気分っ!」
身体を覚醒させる為に伸びをしながら曲がった角のすぐ先には、自分の職場である子込町の白くて小さい豆腐建築が見えている。実を言うと、都会勤務の時のごみごみしたのとは正反対のこの喉かで短い通勤路は中々のお気に入りだったりする。それに、勤務の忙しさも元とは大違いだ。
「うーん!わざわざ他県に受け直した時は色々不安もあったけど、今日も滅茶苦茶ではあったけど!まぁなるようになるさ!」
自分に声援を送りながら。駐在所に入った。
「お疲れ様です!」
「お、きたきた。お疲れさん佐藤君。」
「田中巡査部長。私の為に日中の勤務を変わって頂き誠に有難う御座いました。」
「いいんだいいんだ。それより早く制服に着替えて来てくれ。面倒な報告書はさっさと終わらせちゃおう。」
「はい。」
軽い挨拶を済ませて、奥のロッカールームに入った。
この駐在所は、現在のこの町の規模からしてみると幾分立派な造りだと思う。恐らく建てられたのが高度成長期、ちょうどこの地域が都市開発計画に取り組んでいるような、まだ人口の多い時代だったからというのも影響しているのだろう。今となっては人口ピラミッド、経済力、ありとあらゆる要素を拾っても限界集落に片足を突っ込んではいるが、町民の皆さんはとても優しいし、山は美しいし、何よりここ数日でまだまだこの土地にルーツを持つ元気な若者がいるという事も知る事ができた。と、話は逸れたけれども、この駐在所は案外広い。そして勤務を始めた時に少し驚いた事でもあったのだけども、一部屋まるまるがロッカールームになっている部屋がある。そもそも多くて2,3人程度の勤務だろうし、実際自分が初出勤して案内された時は田中巡査部長が左端の1つを使っているだけだった。「どれでも好きなのを使っていい」なんて言われてズラリと10数個のロッカーを手に扇がれた時は少し戸惑ってしまった。
結局自分は中央より3個右手の1列を使っている。
ロッカーを開くと、いつも通り、ハンガーから取った制服に肩を通し、ベルトを締めて、拳銃保管庫へ・・・。
「・・・そういえば、あれも、銃器保管庫だよな・・・。」
この豪勢なロッカールームには一番右手の端に1つだけ、他のロッカーよりも大ぶりな真っ黒のロッカーがある。自分の見当が間違っていなければ、あれも恐らくガンロッカーだ。
「猟銃かなぁ・・・。」
考えてみればこんな里山の地域には必要な時もあるだろう。実際、青木さんの家には代々の物があったのを2日ほど前に知った。
「にしたって・・・何個入るんだこれ。」
奥の面にぎっしり並べられるなら10は並びそうな程の大きさ。やはり、素人見立てではあっても多いような気がする。ただ、その存在感のある黒い壁面には薄っすらと錆も育っていて、古い型だからなのか、鎖ではなく太目の縄が締められている。いざ使おうとしても開けるのに苦労するんじゃないか?
「ま、そんな事は今はどうでもいい。」
一度姿見で着こなしを確認してから事務室に顔を出した。
◆
「この地区の植生はどうだ・・・」
「馬鹿そんなに簡単には変化は出ないさ。それなら動体カメラで生態系を直接採取する。」
「ならポイントを増やしてほしい。後日詳細送るから」
「うむ…仕方ないか」
「あぁ」
事務室に戻ると、人影は2つあった。一人はいつも通りの田中部長で、もう一人は、見た事のない男だった。
かなり背が高い。恐らくは180cmはある。髪型は長髪を後ろに束ねている細めのポニーテイル。黒い太縁の丸眼鏡、服装は黒のズボンに白いワイシャツでノーネクタイ。袖を肘の少し先辺りまで折っていて、そこから覗く前腕の筋肉はかなり発達している。靴の色は・・・
「中々よく人を見る人間じゃないか。いや優秀優秀!」
恐らく視線が外れるのを見測られた。目の前の大男が、いつの間にかに背を伸ばしてこちらを見下ろして声を飛ばしてきた。
「・・・お褒め頂き、ありがとうございます。」
・・・腰から下が一切動かなかった。
分かっていてわざと足を捻らないようにしながら腰を伸ばさないと、こうはならない。自分の視野を流し目で見当付けして、その上でズボンの皺すら動かさずに屈んでいた腰を伸ばした。
明らかに、自分よりも”上”の人間の技だ。
「え?・・・あ!佐藤君!戻ってたか!いや気付かなくてごめん。」
「お前は相変わらず節穴の田中だな。」
「うるさいなぁ・・・。佐藤君、取り敢えずは座ってくれ。」
「田中巡査部長、そちらの方は・・・。」
「あぁ、この薄気味悪い大男かい。紹介しよう、ここの駐在所の元職員、安倍という男だ。」
「初めまして!安倍です。佐藤健成巡査、で・・・合ってる?」
「合ってるよ・・・。相変わらずだな。」
「はい。佐藤、健成です。去年この駐在所に配属になりました。」
「うんうん!よし!全員揃ったな!」
「はぁ・・・もう少し穏便に始めるつもりだったのに。」
「お前は相変わらずだな!」
明らかにこの喉かな田園風景には似合わない胡散臭い男、自称、いや他称も含めて警察官、だった?らしい男は、もうそろそろ沈もうかという横向きの日射しをバックに腕を組みながら、やはり胡散臭い笑みを浮かべてこちらを見つめて来た。
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