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 ―――

 あれは、もっと小さかった頃、いつものように鈴ねぇとこの山に遊びに来た時の事。

 当時は普段から祖父が掃除をして綺麗にされていたこの祠の広場で、よく鈴ねぇと追いかけっこをしたり、休憩したりしていたのだった。

 その日も、特別珍しい事があった訳では無かったと思う。ただ、幼い子供によくある無作為な好奇心の矛先に、偶々この祠の中身が向けられたのだろう。薄々いけない事なんだとは分かっていたけれど、それでも閂に伸びる手を止められなかった。


 『あー。いけないんだ。』

 『わっ!』

 鈴ねぇはいつも気付いたら音もなく背後に回っていて、後ろから抱き締めるように、幼かった自分を制止したのだった。

 『ごめんなさーい。』

 『ふふ。中、気になるの?』

 『うーん。別にー。』

 『じゃあなんで開けようとしたの?』

 『んー、なんでだろ。』

 『このいたずらっこ!』

 鈴ねぇがまたギュッと抱き締めてきて、胸に押さえつけられるのが暑苦しくてなんだか小恥ずかしかった。頭に乗っけられた細い顎がご機嫌に口ずさんでる鼻歌を頭蓋骨に直接伝播させてきて、それがくすぐったかった。

 『鈴ねぇ苦しい・・・。』

 『ふふん。お仕置き!』

 しゃがんでいた所を後ろから抱き着かれていたせいで自分を両脇から挟むようにしゃがんでいた太腿が、今度は横からも身体を押さえて来た。

 『ねぇ!ごめんなさい!』

 『ほんとに反省してるのかなー。』

 『反省した・・・!だから離して・・・!あつい!』

 いつもはしつこいくらい羽交い絞めにされるのに、この時はやけに素直に力を解いてくれたのを覚えている。

 『・・・見てみよっか。祠の中。』

 『え?いいの?』

 『うーん。どうなんだろ?』

 『えー?』


 『翔ちゃん、祠ってなんだか知ってる?』

 『・・・小さい神社?』

 『うん。そんな感じ。祠って言うのはね、神様が暮らしてるおうちなんだよ。』

 『え、神様ってこんなに小さいの?』

 『あー・・・。うーん・・・。祠は、玄関、かな。入口を潜ると、あっちの世界に繋がるの。』

 『へー!そうなんだ。』

 『ふふ。』

 鈴ねぇは頭に乗せていた顎から這わせるように顔を傾けて、頬を擦り寄せて来た。


 『じゃあ、やっぱりいいや!神様に迷惑かけちゃいけないし。』

 『良い子。・・・でも、』

 『でも?』


 『気になるよね。祠の中身。』


 ―――。

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