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  ◆


 山頂の展望デッキに着くと、もうすぐ夜が明けようとしている筈の空は地平線までどこか赤黒く、それは凡そ想像しうる清々しい早朝の冷めた青とは似つかない色だった。

 森の匂いに圧倒されて気付かなかった。自分達を導く風は、生温かいだけでなく少し生臭かった。しかしそれは魚介の腐乱臭ではなく、確実にこの山の、獣や虫や、植物といった山岳性の、背骨の通り重力を受ける者たちが流す血の香りに他ならない事を、自分達ヒトの嗅覚は鋭敏に理解した。


 「なんだこれは・・・。」

 「祠に急ぎましょう。」

 「ちょっと待って。」

 佐藤巡査が腰から拳銃を引き抜いてカチリと音を鳴らしながらシリンダーを横にズラした。そして左の親指の腹を全て使いながら、優しく撫でるようにゆっくりとシリンダーを回す。シリンダーもまた指の摩擦に従順に従い、まるでシルクのカーテンのように軽く回って見せた。巡査はシリンダーを親指と中指薬指で掴むように持ち、手の平で押し込むようにしっかりと銃の中心に収めた。銃は、シリンダーが戻った瞬間に小さく鈴のような気味の良い金属音を鳴らして、その一瞬で弾丸を発射する為の鉄の塊に変身した事が分からされた。

 「よし。こんな小さな弾も無いよりはマシだ。行きましょう。」

 「はい。」

 祠に向かう。


  ◆


 祠に着いたが、そこには、取り立てて変わった物は無かった。ただ気味の悪い色の空の下に建つ、いつもと変わらない祠だ。

 「特に変わった所もないぞ。」

 「えぇ。でも、確かにここに呼ばれたんだ。きっと何かある。」

 「鈴は?」

 鈴を見る。鈴は相変わらずキラキラと光っているけれど、さっきのように何かを報せてくれるような雰囲気は無い。

 「自分達でなんとかしないと。」


 「・・・なぁ、翔太君。俺、1つ疑問があるんだ。」

 「なんですか?」

 「君の持ってるその鈴は恐らく、君のお姉さんの存在に関わる、何か神聖な物らしい。」

 「はい。これは多分、この祠を建てた時に、当時この村に来ていた巫女が編んで、祠に奉納したものだと思います。」

 「そんな物がどうして君の家にあったんだい。」

 「自分もちゃんと話を聞く事は出来なかったんですが、祖母の話だと、恐らく生前の祖父が持って帰ってきて、その時から・・・」

 「それは、君が山で行方不明になった日のことか?」

 「どこで聞いたんですか?」

 「君の持っていた鱗の鏡を割る作戦を立てている時に、君のお父様からね。」

 「なるほど・・・。そうでしたか・・・。そうしたらその疑問っていうのは、この鈴の事ですか?」

 「そうだ。やっぱり僕も、その鈴はこの祠に巫女が奉納したという鈴だと思う。きっと宗教的に重要な意味があって、これは俺の予想なんだが、恐らく、この土地の神である鈴さんの依り代のような役割を持っているんじゃないか、と思う。だから彼女は鈴のある君の家に住んでいた。」

 「はい。ぼくも何となくそんな気がしてます。」


 「じゃあ、この祠は?」

 「え?」

 「この祠は、明らかに何か異能の力を放っている。現に俺はここで蛇に、”噛まれた”ようだったし、今もこの不可思議の中枢にこの祠がある。」

 「・・・あっ。」

 「そうだよ翔太君!君がその鈴を持っていたんなら、いったいこの祠の中には何があるっていうんだ!ただの空っぽの箱がこんな事を起こすとは、自分には思えないんだ。」

 「それは・・・。」

 「この状況を打開する鍵は、きっとこの祠の中にある!」

 「でも!祠を開けるのは・・・」

 「今更だ!それに今の俺たちは、その鈴が元々この祠の物だという体で話をしているけれど、本当はまだ祠の中には本物の奉納物が残っているかもしれない。」

 「・・・開けて確かめるしかない。」

 「それにはきっと、君の存在が必要だ。君と、俺を、お姉さんの所まで導いてくれ。」


  ◆


 祠の扉の前に立つ。祠には閂がしてあって中が見えない。考えてみれば、今までこの祠の中身を見たいなんて思った事は殆どなかった。まず怒られるだろうと思っていた。そして、少し怖かった。

 この場所は、懐かしい景色である反面、確かに幼少期の自分には怖い場所だったのだ。


 ・・・ただ、


 ・・・一度だけ、開けようとした事がある。


 ―――

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