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◆
「・・・うん?」
風が出て来たのを佐藤は感じた。
夏の夜らしい、しかしこんな森の奥には少し似合わないような生温かい風が、自分の背後から頬を撫でて、視線の先、山の斜面を登っていくのを。
まるでこの目で見たかのように感じ取る事ができた。
チリン。
目の前の、自分より少し年下の地元住民の青年、今回の災難の中心にいる彼の手に握られたピカピカの鈴が、風に揺れたのか、チリチリと鳴り出した。
「(一体何がどうなってるんだ。)」
「・・・佐藤さん。行きましょう。」
先程とは打って変わって、どこか確信の色を滲ませた青年の目に説得されるように、迷いの中から声を振り絞った。
「・・・あぁ、行こう!」
◆
2人の男は一心に駆け登った。2人とも、口裏を合わせるでもなく、純粋な予感として急がなければいけない気がしているのだろう。登れば登るだけ変わっていく木々の表情や景色は、先程のループをしていた時の退屈さや無力さから完全に身体が抜け出した事を確信させた。そして、そうした周囲の森の表情が薄々窺える程度には森に光が入ってきている。
時計はもうそろそろ5時を回る。まるで自分たちの走る道に合わせて森が割れていくような、そんな奇妙な感覚を覚えながらケモノ道を進んでいる。
最も、そんな奇妙さの最も大きな正体は、今、自分の目の前を無心で走り続ける、まるで野山を駆ける猪のような勢いの男の背中だった。
「もうすぐ山頂だ!」
「翔太くん!翔太くん!なんでこんな知らないケモノ道をその速さで走れるんだ!君には何が見えているんだ!」
「わかるんです!いや、知ってる。憶えてる!小さい頃、山の中で鈴ねぇとよく遊んで、その時に鈴ねぇが手を繋いで歩いてくれた道なんです!」
「お、おいおい・・・!」
今、この山に化かされているのは、ひょっとして俺自身なんじゃないか・・・?
「もうすぐ山頂のデッキです!このまま祠に行きましょう!」
「あ、アァ。あぁ!もうどうにでもなれっ!!」
そろそろ疲労で痛くなってきた足に心で鞭打って、必死にケモノ道を駆けあがった。
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