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  ◆


 「翔ちゃん、ビックリしたかい?」

 「あぁ、ビックリしたよ。でも、そのおすずさんってのは・・・」

 祖母が、込み上げてきた感情を抑えるようにグッ、グッと言葉を並べていった。

 「今はもう絶えてしまった村長の家の、いや、おすずちゃんがいなくなって・・・いや、そんなのは・・・。おすずちゃんは、私より一回り年上さんで、肌が白くて背が高くて、よく男の子たちから遊女の幽霊だなんてひどい事も言われてたけんど、そんな奴らもみーんな、大好きだった。綺麗な女の子だった。村長の家で育って、気品もあって、責任感もあって、優しくて、村のみーんな、尊敬してた。」

 「そんな子が、流されちゃった・・・。」


 「・・・いや、違う。」


 「・・・は?」


 「・・・生贄に捧げたんじゃ。」


 「・・・は!?」

 「みんな反対した!賢いおすずちゃんがなんて事言うんだって!挙句村長が言わせたんだろうって村の皆で押し掛けた・・・。そん時、おすずちゃんの事好きだった男共が俺が身代わりになるって言ったりもしてな。」

 「じゃあ・・・。」

 「あぁ、本人からの進言じゃった。そんで、おすずちゃんが生贄になるっちゅう事は、特別な・・・」

 「特別な?」

 「・・・うぅ!」

 「ばあちゃん!もういいよ!ありがとう。」

 「うぅ。ごめんなぁ・・・。ごめんなぁ・・・。」

 「いいって。」


  ◆


 祖母はそれから少しの間押し黙ってしまった。

 今の自分には必要な情報だったかもしれない。でも、祖母の思い出したくない過去を思い出させてしまった事への申し訳なさも勝った。

 「翔ちゃん、今ここには蛇のバケモンだけじゃねぇ、私ら家族も、鈴お姉ちゃんも、それにおじいちゃんも見守ってるからね。」

 「うん、ありがとう。」

 「オウゥニャ~ン。」

 クロがおばあちゃんやお母さんに甘えに行く時にいつも鳴く声を上げて、ぼくの腹の上からトコトコとおばあちゃんの声のする襖の方へ歩いて行った。その様子を見ていると、きっと目の前にいるのは本物の祖母だろうという確信が持てた。


 時間は午前3時。一番夜が深い時間だ。

 都会での生活では昼も夜も無く騒がしい街の雰囲気に押されるように夜更かしも増えていたが、そんな自分ですら、この田舎の深夜の闇の放つ、押し寄せる夜の気配に圧倒されていた。

 夜明けの時刻まではあと2時間ほどある。この時間を耐えなければ。


 「まだ眠い。いっそ朝までグッと寝ちまえばすぐじゃないか。」

 そうボヤいてみてから、再び布団に潜り込んだ。

 仏間側の襖をしばらく見つめていたクロが再び自分の枕元あたりに戻ってきた。この猫はいつも寝ている人間の顔を覗き込もうとする。

 クロはよく鈴ねぇとお昼寝をしたり、一緒に遊んだりしていた。クロは、鈴ねぇの正体には気付いていたのだろうか。なんとなく、黒猫にはそういう審美眼というか、本質を見抜く力のようなものがあるような気がしている。それに自分は、昔から猫が時折見せる、人間には何も感じないような事に気付いてひたすら虚空を見つめている姿が少し怖かった。


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