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◆
――― 祖母がまだ若い頃に、都市開発計画がこの村にやってきた。
江戸時代の治水工事でも手付かずだった川の上流を含む山を切り崩して、都市圏との交通の便を良くしようという計画だったらしい。
村の皆は、最初こそ反対意見も上がったものの、当時から人工減少や古臭い村の雰囲気を嫌う住民も多かった事情もあって、全国的な近代化の流れにわざわざ反する気も起きず、計画案は案外すんなりと受け入れられ、工事計画が進んでいったとの事だった。村の皆は何だかんだと通勤が楽になるとか、よりオシャレな生活ができるようになるだとかの、当たり前といえば当たり前の憧れを抱いて、いつしか村全体が都市化を歓迎する風潮が生まれていた。
しかし、工事が始まった途端に状況は大きく変わってしまった。
山に作業員が入ってからというものの、今までは大した水害も起きなかったような雨で簡単に川が荒れたり、土砂崩れが起きたり、作業員が簡単な足場で転落したり、挙句の果てには林に絡まって手足を千切られるなんていう驚くような事故を起こす作業員が出たり、村では大した事になったという話になった。 ―――
「・・・ばあちゃん、それ本当かよ。」
祖母は、一度深く深呼吸をしたようで、ほんの少しの静寂の後、再びゆっくりと、重々しい口調で話を再開した。
――― 最初は工事現場の中だけの事故だった。そんでも事故に気を付けて作業しますっていう監督さん達の話を聞いてから、村の皆も仕方ないって考えで作業の再開を許した。そしたら今度は、突然の大雨がよく降るようになった。梅雨時っちゅうんもあったが、それでも凄い雨だった。毎回、家の屋根に穴が開くんじゃないかってくらい、鉄砲や弓矢みたいな雨粒がビシィッ!ってぶつかって来た。
・・・そんで、皆が恐れていた事態が起きたんじゃ。 ―――
「それって・・・」
「・・・最初は、今はもう家も残っちゃいねぇが、ここからちょっと行った空き地の所に昔住んでた、男の子だった・・・。」
祖母の言葉に、今夜一番の寒気が背骨を走り抜けた。
「元気な子でよ、工事現場を見物するのが好きな子だったなぁ。そんで作業員さんに崩した泥なんかが流れない、水が汚れない場所聞いて、友達なんかといつも川遊びしてた。」
話す声がどんどん寂しそうに萎れて行くのが襖越しにも分かった。
「いつも通り川に遊び行って、そしたら狙ったみたいに雨が山に降ってよ。そのあと、男の子と仲良くしてた作業員さんも一緒になって三日三晩探したけど、結局見つからなんだ・・・。」
しばらくの沈黙が居間に降りてきた。さっきまで心安らかだった線香の香りは、葬式で鼻くすぐる死の告示にすら感じる。
まだ聞くべき事は終わっていない。
「ばあちゃん、今、最初は、って、言ったよね。」
「5人飲まれた。」
「5人!?」
「信じらんねぇだろ。皆別に馬鹿じゃあなかった。川遊びは禁止。住人は用事なしに山に入るな。作業員にはお祓いしろ。そんでもだ。畑の水路まで鉄砲水が来て、作業してた若いおなごが流されて、次は近所のばあさんがいきなり吹いた風に煽られて池に落ちて、仕舞にゃこれから都会に出ようって言ってたお兄ちゃんが仕方なく山に入って戻って来ずじゃ。あの時はみんなで泣きっぱなしだった・・・。」
「・・・それじゃあ、最後の、1人は?」
「・・・村長の孫娘だった。名前は・・・」
「・・・名前は?」
「・・・おすずちゃんじゃ。」
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