35

  ◆


 鈴ねぇが土地神である事は間違いなかった。

 この町には、この土地に人が住み着くよりもずっと前から山の主をしていたケモノがいて、人々は古くからそれを祀り、収穫した作物や地産の工芸を奉納する事で里を守ってもらっていた。それがこの町の伝統らしい。そんな生活が、最近まで千年以上続いていたらしかった。それは、自分があの蛇から聞いた事と大した違いはなかった。


 「俺も今回の事もあって祖母ちゃんや村の頃からの老人連中に聞いたり、資料を見たりでまとめた事だから、どれだけ正確かはわからねぇ。ただ、もし今回の相手が大蛇なんだとしたら、恐らく原因となったのは江戸時代の事だ。」

 「江戸時代?」

 「そうだ。江戸に入って日本各地で農業を発展させる為の土地開発が始まった頃、その一貫でこの里にもそこそこの規模の治水作業があったらしい。その治水の対象ってのが、その当時の村で一番太かった川の本流で、山を水源にウネウネと蛇行しながら支流まで水を運んでくれるけれど、大雨の度に氾濫したり鉄砲水が起きたりして住民たちを恐れさせていたらしい。」

 「・・・なるほど。」

 「それを当時の技術でなんとか穏やかにはできたけれど、入り組んだ上流の部分はどうしても手付かずのまま中途半端に治水が終わってしまった、という事らしい。」

 「・・・なるほど。でも、それが今回の事とどう繋がってくるんだよ。」

 「あぁ、話はこっからだ。確かに治水工事はそこそこ上手く行って川の氾濫やなんかは、減ったらしい。ただ、それからこの里では、毎年夏場になると突然の大雨や不運な事故で川に沈む人が1人2人出る問題が起き始めたんだ。」

 「・・・つまり、川の代わりに別の問題で死人が出た。」

 「そうだ。そんで、文献によると、里の人々は次第にその事を川の呪いだというようになり、その中で誰かが唱えた『川の大蛇が恨んでいる』という噂が、すっかり里を支配してしまった。」

 「大蛇・・・。」

 「それで建立されたのが、お前も良く知ってる山頂の祠だ。」


  ◆


 「ここであの祠が出てくるのか。」

 「祠を建てた目的は、邪悪な大蛇を奉るのではなく、元からこの山を見守ってくれていた主のケモノに、上流で悪さをする大蛇を見張ってほしいからだったらしい。その為に山頂の木々を切り開き、里の様子が見やすいようにあの広場が作られた。」

 「そういう経緯があったんだ。」

 「らしい。そんで、これも文献に書いてあったんだがな、そこには、建立の際に立ち会ってくれた巫女が、山に祈祷を捧げながら編み込んだ縄紐と鈴が、依り代として奉納されている。」

 「・・・鈴。」

 「あぁ、鈴らしい。」

 「たしか、おじいちゃんがこの家に来た鈴ねぇにその名前を付けた。」

 「鈴ちゃんが初めてうちに来た日の事、覚えてるか?」

 「憶えてない。でも、蛇から聞いた話だと、山の中で迷子になって、おじいちゃんが山の祠に頼んだら俺と鈴ねえが家に帰って来たって聞いた。」

 「あぁ、それはあの蛇にとっても同じ事なんだろう。その『鈴』っていう名前は、お前と鈴ちゃんが帰って来た後に戻ったじっちゃんが開口一番にそう呼んだからなんだ。正直、もう鈴ちゃんの由来を本当に知ってる人間なんてこの里にはいねぇ。ただなんとなく”そうだろう”って、それに、いい子だしな、それで皆で一緒に暮らしてたんだ。」

 「うん。」

 「お前も何となく不思議に思う事はなかったか?鈴ちゃんはずっと若々しいあの姿だろう。他にも何となく浮世離れした雰囲気とか。感じた事なかったか?」

 「うん・・・。でも、なんていうか、そう言うのが当たり前すぎて、あんまり疑問を抱く気にもならなかったっていうか。何となく、それでいいや、っていう感覚だった、のかも。」

 「まぁ、ここじゃ皆そんな感じだったさ。別にお前が悪いなんてことはこれっぽっちもねぇ。寧ろ、お前がそういう風に過ごせるのを一番望んでたのが鈴ちゃんだっただろうからな。」


 「・・・俺たちはどうすればいいんだろう。」

 「取り敢えずは腹いっぱい食え。一緒に何とかしよう。それで、鈴お姉ちゃんに戻ってきてもらおう。」

 「うん!」

 再び止まっていた箸が動き出した。自分だけではなく家族みんなが同じように思い思いの料理を取り皿に取って、束の間の温かい団欒を楽しんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る