33

  ◆


 正直、記憶には克明に刻まれてはいるここ3日ほどの出来事は、実際に人に伝えようとすると中々言葉にするのが難しかった。そもそもこの町に帰って来て、この3日のうち、いつ、どこで、自分があのよく分からない世界にいたのか。それに、何が、なぜ、そうなったのか、自分の体験した事以上に、自分が巻き込まれている状況の総体の方が、よっぽど大きくて複雑だという事が、自分の口で整理しようとして初めて気付かされた。

 食事中の話の中で分かった事は、まず、両親たちはまだ俺に、鈴姉さんの正体の話はしていない事らしかった。


 「正直、そろそろ伝えるべきだとは思っていた。だが、俺たちの口からはお前に鈴ちゃんの正体については話してない。これは、本当だ。」

 「じゃあ、あの時は既に、俺はあの化け物の、大蛇の術中にはまっていたって事か。」

 「多分な。」

 「・・・。」

 「まぁそんなに落ち込みすぎるな。翔太。お前はいったんは助かった。だから、今ここで話をきちんと整理して、対策を練ろう。」

 「うん。」

 「じゃあ、取り敢えず今の所の話をまとめるぞ。ついて来いよ。」

 「はい。」

 「うん。まず、お前が初めて行方知れずになったのは、お前が帰って来た日の次の日の朝だった。もっとも、前日の夜からだったかもしれねぇ。朝ご飯の時間になって母さんが呼びに行ったらお前の姿が無い事に気付いたんだ。そんで家中みんなで探し回って、お前が本格的にいなくなったって事が分かった。」

 「そうだったんだ・・・。」

 「まだ始めのうちは、朝の散歩にでも繰り出したんだろなんて思ってたんだが、玄関にお前の靴があったんだ。それで、おかしいってなった。」

 「うん・・・。」

 「続けていいか?」

 「はい。」

 「そんで、人の手じゃどうにもなんねぇってなって、そこでとうとう、ばあちゃんが、鈴ちゃんに相談した。」

 「・・・ってことは、やっぱり鈴ねぇは、神様だって事は・・・」

 「あぁ・・・。まぁ、それは今後だ。」

 「うん。」

 「それでお前が見つかりゃ良かったんだがよ、鈴ちゃんも状況が掴めないってんで、『私も探すね。』っちゅうんで俺たちとは別行動で探してくれる事になった。」

 「そうだったんだ・・・。」

 「・・・ただ、ここまではまだ、易しく見積もって、翔太が迷子してる、くらいの感覚だった。見つけ出してやりゃ、解決だってな。お前が一人で勝手にどっか行ってしまうような人間でない事も、俺たちは分かってるつもりだったからよ。」

 「・・・ただ?」

 「翔太にも心当たりがある事かもしれねぇが、その日の午後になって、玄関にあったお前の靴が消えた。」

 「あっ。」

 「やっぱりおかしいってなった。なんだか俺たちと翔太が、どうにもこうにも交われねぇようなおかしな状態になってる気がしてきた。母ちゃんも取り乱して、午後いっぱい慰めてよ。そんで、あれは、そうこうして夕方になったくらいの時だった・・・。」

 「・・・あっ、ひょっとして。」

 「そう。昼間は家にいなかった鈴ねぇがいきなり家に帰って来て、俺に『山に行こう。』って誘って来たんだ。」


 思い出す、あの日の山での出来事と、その帰り道の出来事を。


 「そんで、鈴ちゃんを助手席に乗せて軽トラ飛ばしたら、まさかまさかで、お前がいたんだよ。それも手負いの佐藤巡査に肩貸してな。」

 「じゃあ、あの時俺は一時的に父さんと再開してたって事か。」

 「恐らくは、そうだったんだと思う。」

 「それで、その後、父さんは佐藤巡査を軽トラに乗せて送って、俺は、鈴ねぇ・・・と、一緒に帰った筈だ。」

 「・・・お前は、結局帰って来なかった。」

 「どういうこと?」

 「いや、ひょっとしたら帰って来てたのかもしれねぇな。ただ、また振り出しに戻った感じだった。また、この家の玄関にはお前の靴だけがあって、そんでお前の姿はどこにもなかった。」

 「・・・なるほど。」

 「ただっ!ただだっ!問題はここからだ!」

 「わっ!ビックリしたっ!何だよ父さん。」

 「これから言うのは、恐らく、お前が、知らない話だ。」

 「・・・教えてください。」

 「良く聞けよ。」

 父親が、一度深めに深呼吸をしてから、一息ついて、話を続けた。


 「・・・佐藤巡査を家まで送った時だ。佐藤さんの家が見えてきたと思ったら、玄関に女の人が立ってた。最初は佐藤さんの嫁さんかなんかだと思ってそのまま近づいてったんだがな。だんだん近づいてくうちに、その女性の姿がハッキリ見えて来た。」

 「・・・それが、なんだって言うんだよ。」


 「・・・鈴ちゃんだった。立ってたのは、鈴ちゃんだったんだ。」

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