31
◆
「うわ。・・・か、蛙だぁ!」
皮を剥いで、太い骨が中心を捉えたままの蛙の白い後ろ脚を、そのまま何かの衣に付けて揚げただけ。
おひたしに見えたのは、なんだかよく分からない草を煮てクタっとさせたような。
魚は・・・ブツ切りにした、ドジョウ?
隣に座っている女性に目を向ける。
いつも通りの貼り付けたような笑顔のまま、箸で摘まんだ白い蛙の足を揚げた物を自分に差し出している。
鈴ねぇと自分の2人だけがいる、薄暗い食卓のような空間の中で、ネットリとしたものに絡めとられたみたいに、冷たく止まった時間の中で、口が開くのを見た。
「一応、私の精一杯のつもりだったんだけど。難しいね。」
「・・・うん。」
「ねぇ、翔ちゃん?」
「なに?」
「私の事、好き?」
「・・・うん、俺は、鈴ねぇが、好きだよ。」
「・・・ありがとう。お姉ちゃん、嬉しいな。」
「・・・鈴ねぇ。」
「なに?」
「俺が帰ってくる前に、電話しただろ。」
「・・・うん。」
「その時、なんて言ってたか、覚えてる?」
脳内に、この3日の鈴ねぇとの思い出が、走馬灯みたいに、フラッシュバックしてくる。この生臭い食卓にはとても似合わないような、浮ついた、温かく思える記憶。
きっとその記憶を共に体験しただろう目の前の人は、きっと、自分を裏切るような事はないだろうと、最後まで願い続けたい。
「うん、覚えてるよ。翔ちゃん。」
「じゃあ、何・・・?」
「それは・・・勿論・・・。」
心臓の鼓動が止まる。そう思えるくらい、鼓動と鼓動の狭間で意識が、凍り付く。
「『大好きだよ。翔ちゃん。』」
◆
「お前は誰だっ!」
「・・・違ったか。」
「誰だ!」
「・・・料理、ちょっとは頑張ってみたんだけど、いらない?」
「いらない!」
「そっか・・・。じゃあ、まぁ・・・。」
そう言って箸を降ろした目の前の女は、一度俯いたかと思うと、再び冷たい表情を浮かべて鋭くこちらを睨みつけて来た。一瞬は何かに怒りを抱いているようにも見えた顔は、ニヤリと口角を上げた唇から長い舌を覗かせ、再び言葉を投げかけて来る。
「最期に、何か言い残す事はあるか。」
「・・・最期なんかじゃない。俺は生きて帰る。家族の所に。」
「どうやって?分からないからここまで騙されてたんだろう。」
「なぜ俺を騙したんだ。目的は。」
「人間如きに教える義理は無い。」
「じゃあ、この3日間の、俺との生活は、全部嘘だったのか。」
「・・・。」
「お前はずっと我慢して俺の前で姉を演じてたのか。」
「・・・。」
「おい・・・。」
「今際の言葉はそれで十分か。」
「え?」
「お前にもう逃げる手段など無い。」
「なにを、」
「さらばだ。」
目の前にあった姉の顔が、口の端は次第に耳に向かって切れ長に裂けていく。細目な切れ長の両目の瞼があり得ない程大きく開き、ほぼ正円まで開き切った眼球は少しずつ、人の頭蓋骨には本来なら納まりきらない程の大きさまで膨らんでいく。避け続ける口角がとうとう耳まで切り裂いて、その奥からは奥向きにずらりと並んだのこぎりのような歯を覗かせてくる。もはや人の顔としての造形を留めなくなったその歪なまでに巨大な首は、鈴ねぇの細長い首が千切れてしまいそうな程まで膨らんだ。
大きく口を開き、そのグロテスクな喉から吐き出された生臭い息の中に、昨日自分が嗅いだはずの人の香りが確かに混じっている事が、あまりの光景に硬直した身体に電撃を喰らったような震えとなって背後に倒れ込む動きを助けた。
喰われる。その直感だけが、今自分の視界を占領する、迫りくる大きな蛇の口に分からされる。
「うわーーー!!」
叫んだ瞬間だった。
ドンッ!!!
強烈な轟音が一瞬で部屋を嵐の如く占領し、視界に映るあらゆるものを、まるで砂嵐のように歪める衝撃波を以て、目の前の怪物に衝突した。
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