30

  ◆


 浅い眠りが見せた夢だと言う事は明白だった。

 真っ暗な世界の中。泥まみれの自分だけが立っている。

 地面との境目すら曖昧な黒い空の低い所で雷鳴が鳴り響き、それから逃げるように走り出した。

 安直だと分かっていても、救いを欲して辺りを見回した。都合のいい解決策が、宝石みたいにピカピカ光って転がっているのを期待して、我武者羅に探し回った。

 そんな時だった。前の方から光が射して、世界を割るみたいに現れた真っ白な光の隙間に、自分は、その光の中へ飛び込んだ。


 ―――。


  ◆


 「翔太~!ご飯よ~!」


 母さんの声で叩き起こされた。きっとこのよく通る声に鼓膜を叩かれたせいだ。俺があんな悪夢を見たのは。

 「・・・はぁい。今行きま~す・・・。」

 母が電気を点けてくれていたらしい、明るくなった階段をトボトボと降りて行くと、電気の消えたリビングの向こうから薄っすらと居間の灯りと、馴染みのある生姜の香りが鼻を撫でてきた。

 「ふわぁ・・・。ホント腹減ったなァ・・・。」

 とぼとぼとリビングを抜けて襖を開いて、暗い部屋の中をまた少し進んで現れた襖をそっと開ける。


 皆を待たせてしまっていたようだ。自分以外の家族はみんな配膳を済ませて、姿勢を正して食卓を見つめている。申し訳ない事をした。

 「ごめんごめん。待たせちゃった。」

 自分もそそくさと席に着いて一度軽く食卓を眺める。また今回も豪華な品数だ。

 「翔ちゃん食べよう。」

 「あ、うん!ごめんごめん。そんじゃ自分も・・・。」

 鈴ねぇが助け舟を出してくれたのに甘えて、箸の赴くままに料理を取り皿に取った。相変わらずの品数でどれから食べればいいか迷ってしまう。ただ今は、兎に角空腹を紛らわしたい。まずは唐揚げを2つと青菜かなにかのお浸しと、それから魚を取った。

 「・・・うん。うん、美味しいね。鈴ねぇ。」

 「うんうん。美味しいよね。」

 「うん。帰省してからなんか疲れ溜まってるみたいでさぁ。ホントに。お腹もペコペコだったから。」

 「うん、それは良かった。」

 「うん。・・・あ、そういえば親父、今日はビールは・・・。」

 「あぁ、うん。・・・うん。うん。」

 「・・・親父?・・・母さん、冷蔵庫にビールってあったよね。皆の分も取ってこようか。」

 「えぇ、うん。うん。うん、えぇ。」

 「・・・母さん?」

 首を左に回して、隣に座っている祖母の方も見る。

 やはり、全員なんだかぼーっとしている、気がする。

 気付かなかったけれど、みんな普段からこんなにきちんと正座で食事をしていただろうか・・・。

 それに、居間の灯りって、こんなに薄暗かっただろうか。


 ・・・そういえば俺って、この家に帰ってから何度、ご飯食べたんだ。


 「ねぇ、鈴ね・・・」

 鈴ねぇがいつの間にかにすぐ隣まで詰め寄って座っていた。

 「わっ、どうしたの鈴ねぇ。」

 「ううん。なんでも、翔ちゃんと一緒に食べたくて。」

 「・・・はは、いいよ。鈴ねぇと一緒に食べたら何でも美味しい。」

 「ふふ、嬉しい。じゃあ・・・これとか、どう?」

 「わぁ、美味しそう。いいね。」

 「ふふ。・・・じゃ~あ~、はい。あーん・・・。」

 「えぇ!?・・・うん。あ~~ん。」


 鈴ねぇの持つ箸の先に摘ままれた唐揚げが、真っ直ぐ自分の開いた口に向かってゆっくりと近づいてくる。

 なんだか夢みたいだ。今だけじゃない、帰省してからずっと。鈴ねぇが神様だって聞いて、それで二人で川で遊んだり、じゃれ合ったり、山の自然を見せてくれたり、・・・色々仲を深め合ったり、それに、今みたいに・・・。

 鈴ねぇに食べさせて貰えるならなんだって一級品に感じる。


 今だって、

 この唐揚げの白っぽい衣の感じとか、

 ほんのり感じる・・・


 なんだか・・・土っぽい・・・香り・・・とか。


 ・・・?


 「鈴ねぇ、ちょっと待って。」

 「・・・うん?」

 「ごめん、ちょっと料理が、なんか、気になって・・・。」


 この白い唐揚げには、何となく、見覚えが・・・ない。いや、というより、この家で出て来た唐揚げでは、記憶にない。

 でも、なんだか初めてじゃない。


 これは、

 これは、


 ―――。


  ◆


 『―――えぇ?これ食えるんすか!?』

 『食えるって!それによ!意外と旨いんだよ!よく味付けすりゃあな!』

 『それってもう調味料の味でしょー!?』

 『違うんだって!結構さ、これ、鶏肉に似てんだよ!』

 『へ~!』

 『どうせ今なんか酒も入ってるしよ!舌も馬鹿になってんし!バクッといっちまえ!』

 『・・・よぉし!じゃあ、いっただっきまーす!』

 『・・・ただ、骨はあっから。』

 『・・・!・・・もう!先に行ってくださいよー!』

 『アハハ!』

 『でも、意外といけますね、これ!』

 『だろぉ!?侮れないもんだよな!■■■も!』

 『えぇ。本当に、こんな感じなんだー!・・・■■■って!』

 『アハハハハ!』

 『ハハハハ!』

 『アハハハハ!』

 『ハハハハ!』

 『アハハハハ!』『ハハハハ!』

 『アハハハハ!』『ハハハハ!』

 『アハハハハ!』『ハハハハ!』『アハハハハ!』『ハハハハ!』

 『アハハハハ!』『ハハハハ!』『アハハハハ!』『ハハハハ!』

 『アハハハハ!』『ハハハハ!』『アハハハハ!』『ハハハハ!』

 『アハハハハ!』『ハハハハ!』『アハハハハ!』『ハハハハ!』

 『アハハハハハハハハハハ』



 ―――蛙。

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