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  ◆


 家に帰ると、扉の開く音を聞いたらしい父親が、なんだか嬉しそうに迎えてくれた。しかし自分は、とてもそれに笑顔で迎えられる気持ちにはなれなかった。大切にしろと言われていた鏡にヒビをいれ、しかもその事は、もう誰にも明かしてはいけない。それは父親にも、というのは、誰でもない父親自身の言葉だった筈だ。

 とても顔向けできない。今は笑顔を作る余裕もない。

 自分は結局、親父に何も返す事なくそのままイソイソと階段を登ってしまった。意気地の無い奴だというのは自分が一番分かってる。

 途中、階段の曲がり角に飾ってある絵が視界に入った。暗い2階廊下から霧のように漂ってくる闇に沈んだ白い和紙の背景が、なんだか物寂しい山裾の風景を沁み込ませている。ただ、そう感じるのは、今の自分自身のせいかもしれない。

 お腹が空いた。ご飯が食べたい。お母さんの唐揚げ。お祖母ちゃんの作るお稲荷さん。鈴ねぇと一緒に。

 「鈴ねぇ・・・ごめん。」

 顔が沈む枕の汗臭さも気にできない程の疲れに気付いてしまった意識が、首を吊ったみたいに布団の底に落ちる感覚が最後。

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