24
◆
夕方に差し掛かろうかという時間。時計は確認していないけれど、ここから見える空の色は凡その時間を教えてくれる。
展望デッキのベンチに2人で寄り添って腰掛けている。
今、肩に寄り掛かってくる鈴ねぇの体重は、腕から首までピッタリと密着しているせいか、重いようでいて、しかし簡単に持ち上げてしまえそうな気の易さでもあった。少しずつ気化していく汗が夏の山風に飛ばされ、ひんやりと身体の熱を落ち着かせてくれる。そうすると今度は反対に、そして次第に、くっ付いている頬から首、腕に回された腕の腋や、薄いワンピースの生地越しに感じるモッチリとした腰の輪郭が、密着した自分の皮膚との体温差を狭めていくのを感ぜざるを得ない。
じっとりと生温い感触の中で二人の身体が一体化したような錯覚を覚える。
突然、自分の頬を伝って顎鰓まで落ちていた汗の雫に、熱くてねっとりとした感触を感じた。驚いて目線を寄越すと、さっきまで風呂上りのような微睡みの中に浮かんでいた筈の鈴ねぇが、長い舌で自分の顎から頬にかけての汗を舐め取って来た。
「うわ、ビックリした。」
「ふふ。」
「・・・まぁ、いいや。」
鈴ねぇはそのまま自分の首を舐め続けた。顎骨に沿うように頬から首すじをひとしきり舐められ、次は下顎骨の端のエラの角をついばむように唇で弄び始める。ムズムズする感覚を我慢していると、標的は耳に移り、耳たぶを啄まれた後は、一度耳元で大きく喉を鳴らして涎を飲む音を立て、外耳を丸ごと大きく開いた口で咥え込んできた。
片耳に響き渡る粘度の高い液体の弾けるような音と、その所為で否応なしに身体から噴き出る冷や汗で寒気に包まれる中、そうした感覚の外側で密着する鈴ねぇの温められた身体が、また別の角度からひたすら自分の感覚を襲い続けてくる。もはやそれは快楽の拷問のようであり、自分はただただその時間が過ぎ去るのを耐えなければいけないような気分だった。
「・・・ぷはぁ!・・・もう、終わりでいいかな。」
「・・・ハァ!長かった!」
「えぇ!?嫌だった!?」
「・・・そんな事は・・・無いけど・・・。」
「そう・・・そうれなら良かったわ・・・。」
「・・・楽しかった?」
「うん!」
「そっか。それなら良かったです。」
「それに、ちゃんと少しは、分かった気がする・・・。」
「・・・帰りましょうか。」
「うん。帰ろ。」
時間もここを逃せば夜の山道を歩く事になる。鈴ねぇはきっと大丈夫だろうが、自分は無理だ。
「帰りは普通の道でいい?」
「いいよ。それに、もうそろそろ獣が皆で使い始めるから。」
「あぁ、そっか。・・・ほら、手、繋ぎますか?」
「うん!」
色々あったが今日も終わりに近付いて来た。今は、ただただ身体に背負っている疲労感と、後はほんの少しの罪悪感を布団に投げ捨てる為の帰路に集中しなくては。寄りにもよって、山の頂上で盛っちまったんだから。
「ー~♪ー~♪」
「鈴ねぇ、ちょっと疲れてるからあんまり腕にぶら下がらないでほしいかも・・・。」
「え~。」
相変わらず鈴ねえは自分の腕にぴったり絡みついて離れないけれど、今は、そんな邪魔の気分も、何となく小さい頃から心の奥で掴みたかった物をやっと手にする事ができたという、そんななんだか不思議な優越感で全く気にならなかった。
スイッチを押したみたいにセミの声から入れ替わりで鳴き始めた鈴虫が日の沈みかける登山道に輪をかけて涼しさを届けてくる。
・・・そういえば、昼の鈴ねぇはなんで泣いたんだろう。あの時はわからないと言われたけれど、今なら教えてくれるのだろうか。
「鈴ねぇ、そういえば。」
視線を向けた先、幸せそうに目を細めた大好きな人の顔が同じくこちらを見て来た。
「ん~?なぁに、翔ちゃん。」
「・・・いや、別になんでもない。」
聞くべき事だったかもしれない。ただ、聞かなかったあやまちもまた自分の物だと思って、言葉を胸にしまった。
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