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  ◆


 「この鏡はな、この家に初めて鈴ちゃんが来た日、お前が帰って来た時、その時に山から帰って来たおじいちゃんが一緒に持って帰って来た物だ。これが一体何なのかは、結局最後まで教えてくれなかった。」

 「おじいちゃんが・・・。これが、鈴ねぇの・・・。」

 「あぁ、恐らくな。実は今まで黙っていたんだが、おじいちゃんからお前に遺言があったんだ。」

 「おじちゃんから?」

 「あぁ。『時が来たらあの子に託してくれ』と、そう頼まれた。受け取れ。」

 そう言われ眼前にもう一押し差し出された鏡の縁をそっと手に取り、恐る恐る覗き込んで見た。しかし、いや当たり前ではあるが、そこに写っていたのはただの鏡写しな自分の顔だけだ。

 「翔太、良く聞け。その鏡は今からお前の物になった。それは鈴ねぇとお前にとってとても大切な物だ。わかるな?」

 「うん。わかった。」

 「よし。そしたら良く聞け?その鏡は、もう迂闊に人に見せたりするなよ。」

 「・・・うん。わかった。」

 「その”人”っちゅうんわ、その鏡の持ち主じゃなくなった俺たちの事も含めて、だ。」

 「え?あぁ、うん。分かった。もう父さんたちにも見せない。約束する。」

 「翔太、その鏡の持ち主は、もうあんたなんだからね。大切に守り抜くのよ。分かった?」

 「母さんまで・・・うん。分かりました。きっとこの鏡は、ぼくと鈴ねぇの繋がりを表す大切な物だ。ちゃんと僕の責任で大切にします。約束。」

 「・・・よし!よく言った翔太!流石は俺たちの息子だ!」

 「母さん、翔太が立派に育って嬉しいわ!」

 「もう、そんなに言わないでよ、恥ずかしいなぁ。」

そう言いながらもきちんと手に握った鏡を静かにポケットの奥に押し込んだ。今頭の中にあるのは、この降って湧いた宝物をどう大切に保管するかだ。自分の、言ってしまえば粗暴なありさまの部屋のどこにこんな綺麗な鏡を置いておけるだろうか。服の引き出しの奥は・・・なんだか申し訳ない・・・。


 「取り敢えず、今日の話っていうのはこれくらいだ。」

 「もう、伝えるべき事は残ってない?」

 「そうねぇ・・・でも、そう言う事はこれからあんたが直接聞いていった方がいい気がするわ。」

 「直接って・・・」

 「鈴ちゃんによ。鈴ちゃんなら、一番大好きなあんたの質問にもちゃんと答えてくれると思うわ。」

 「だ、大好きって・・・そんな・・・」

 「翔太、鈴ちゃんがこの家にいるのは、お前が原因でもある。だから、これからどれくらいの時間になるかは分かんねぇけど、ちゃんと2人で考えていってほしいんだ。」

 「わかった。そうするよ。・・・それに、なんだかドッと疲れた・・・。」

 「もう今日はサッサと寝ろ。俺も眠い。」

 「うん。そうだね。それじゃあ、おやすみ父さん、母さん。」

 「おやすみ。」

 「おやすみなさい。」


  ◆


 終わってみれば呆気なかったような気もする家族会議が残したのは、この広い家に広がる夜闇の不気味な静けさだけだった。

 眠気を、布団まではどうにか担いで運んでやろうと、ノシノシと軋む階段の踏み板を踏んで2階に上がっていた。

 「・・・。・・・え、鈴ねぇが神様!?」

 家族会議を終始包んでいた独特の緊張感に締め付けられていた感情の糸口が解かれて真っ先に顔を出したのは、他でもない、今日明るみになった中で一番の事実に対する、純粋かつ当たり前の驚愕だった。

 「じゃあ今、俺は神様、いや女神様と一緒に生活してんのか・・・。」

 あまりにも浮世離れしていた現実に、空をぼんやりと見上げているような気持ちになる。ただ、それでも今は、眠い。早く布団に、部屋に・・・。

 「・・・ん?ここってなんか絵掛かってなかったっけ?・・・まぁいいや・・・。寝よう寝よう。」

 トボトボと部屋に入ってから布団に入るまでは恐ろしく早かった。そして、眠りに就くのも。

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