12

  ◆


 「鈴お姉ちゃんね、人じゃないのよ。」


 「・・・。」


 「・・・あんまり驚かないな、翔太。」

 そう言う父親のあまりに落ち着いた態度も、自分からしてみれば少し意外なのだが。

 「なんていうか、驚いたところで、鈴ねぇは、鈴ねぇだし・・・。」

 「・・・ま、そうなんだけどな。」

 「うん・・・。」

 嘘をついた。本当は死ぬ程驚いている。驚くに決まっているじゃないか。ただ、この普段とは違う何となく重苦しい雰囲気や、ここ最近の疑念に対する、あまりに強力な答え合わせが、突拍子も無さすぎて、驚いてみせる余裕すら自分に許していないだけだ。俺は田舎のこういう、強かで強引な所が嫌いだ。

 「何から話したらいいのかしら。」

 ここまでぶちまけておいて今更思い悩んでいる風な母親の隣で、また父親も勝手に何かに納得したみたいに静かに大きく首を縦に揺らしている。一瞬舟をこいでいるようにも見える父親のそういう所作も、やはり普段の父親らしくはない素振りに思える。

 「何でもいいから、話し易い事から順に、僕に教えられる事は全部教えてほしい。」

 「・・・うーん。」

 「じゃあ、僕から質問をしていっても、いいですか?」

 「・・・いいだろう。翔太、何でも聞け。」

 「うん、じゃあ・・・。」

 今一番聞きたいのは間違いなく・・・

 「じゃあ、鈴ねぇは一体何者なんだ。」

 「鈴さんって名前はね、おじいちゃんが名付けたのよ。」

 「だから、じゃあ、姉さんの正体はなんなんだって。」

 「落ち着いて聞いてくれ。」

 父親に半ば強引に宥められてしまった。 

 母親は相変わらず頬に手を当てて何となく台所の方の床を眺めている。これは暗に答えにくい、できる事なら答えたくない時に母がなんとなくその場を誤魔化そうとする時の常套手段だ。こんな時に母に代わって口を開くのは、ほぼほぼ父さんだと決まっている。

 「山の山頂に祠があるだろう。」

 「・・・あぁ、あるね。」

 「鈴ちゃんは、その祠の神様だ。」


  ◆


 「・・・神様。」

 「そうなのよ。翔太。」

 「正直、まだ信じ切れてない。」

 「まぁ、そうだろうな。」

 父さんは喉が渇いたのか、手元に置いてあった麦茶の入ったコップを手に取って口元に運んだ。しかし、数秒水面を覗き込んだかと思うと、またコップを机の上に置いてしまった。

 「正直俺も、お前がいきなり信じるとは思ってないさ。」

 やはり、父さんも父さんなりに緊張したり、動揺したりはしているようだった。

 「山の山頂に、祠があるでしょう。」

 結局、父さんが引き継いだように見えた説明をしてくれるのは母さんらしい。

 「あるもなにも、今日そこで散々な目にあってきたんだから。」

 「そうよね。それで夕方にお父さんともう話しちゃおうって事になったのよ。というより、」

 「・・・僕を帰省させたのってこの話の為なんじゃない?」

 「そうだ。察しが良くて助かるよ。」

 「そうね。でもまずは、あの祠について説明をしないといけないの。」

 やっと話が進みそうだ。

 「あの祠はね、昔からこの土地に祀られている白い大蛇の土地神様なの。」

 「・・・そう、なんだ。」


  ◆


 「全ての始まりは、あなたがうんと小さい時、ちょうど今みたいな夏のある日に、私とあなたがいつも通りあの山に遊びに行った時の事だった。」

 「そこで、何があったの?」

 「お前は多分覚えてないと思うんだ。今までも何回かお前にそれとなく確認してみたけど、お前は一度も覚えていそうな素振り無かったからな。」

 「その日ね、いつも通りあの登山道を2人で歩いてたら、ほんの一瞬目を離しちゃった間に、翔ちゃんの姿が見当たらなくなっちゃったのよ。」

 「それって、僕が迷子になったって事?」

 「そうよ。あの時、偶々物凄いにわか雨に遭ってしまって、私もずっと翔ちゃんと手を繋いでいるつもりだったのに、本当に一瞬気を抜いた瞬間に、握ってた手の感触ごと姿が消えちゃったの。」


 なんだか凄い話を聞いている。しかし、今現在自分がここでこうして話を聞いているという事は。

 「それで、その後は僕を、探したんだよね?」


 「・・・見つからなかった。」


 「・・・え?」

 「私だって知っているつもりの登山道でどれだけ必死に見ても気配すら感じないから、急いでお父さんとお爺ちゃん達に連絡して、すぐに手の空いてる人全員で捜索が始まったわ。」


 おい。


 「それでその日は日が暮れて目が効かなくなるまで、皆で大声出して、用水路に棒を突っ込んだりして。ひたすら探しまくったわ・・・。」


 おいおい。


 「おいおい。ちょっと待ってよ。母さん。それじゃあまるで、僕が・・・」


 「見つからなかった・・・!」


 気付けば首すじを氷のように冷たい汗が一粒流れ落ちていた。狙い澄ましたように鳴った風鈴が、まるで仏壇の鏧の音みたいに横から鼓膜を突き抜けた。目の前でその時の記憶を思い出したらしい母親が、俯いて目頭を指で押さえている様を見ている自分は、まるで幽体離脱でもしてるみたいな気持ちにさせられた。

 これじゃあ俺が幽霊だ。


 「でも、俺はここにいるだろ。それはなんで?」

 「あぁ、別にお前が幽霊だなんて言いたい訳じゃない。まだ続きがある。」

 「教えてください。」

 「その後、まぁ夜になって、『村の数少ない若者が川に流されたかもしれない』なんて言うんだ。村中の昔馴染みがみんなこの家の、そうだ、丁度ここに集まってよ。ばあちゃんなんかは、そこの仏壇にずっと念仏唱えてた。」

 「・・・。」

 「みんなもう手がねぇって、絶望的だって空気が流れ始めた頃によ、じいちゃんがいきなり家を飛び出してったんだ。」

 「じいちゃんが?」

 「みんな何しに行くんだって思ったけど、別に自分達にも考えがある訳でもないから止めなかった。」

 「・・・まぁ、そっか。」

 「ただ、なんとなく、どこに行ったのかは皆想像ができてた。」

 「どこ?」

 「祠だよ。山頂の祠だ。」

 「ばあちゃんと同じように神頼みしたって事?」

 「まぁ、話だけ聞いてりゃただのお祈りみたいに聞こえるがな。ここじゃあ、ここの爺さん婆さん連中にとっては特別な場所の事には違いねぇんだ。」

 「まぁ、そっか・・・。」

 「でも、それでお前が帰って来たんだぞ。」

 「は?」

 「お前が家に帰ってきて、そんで、”あの子”がこの家に来たんだ。」

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