8
◆
「わぁ!相変わらず変わらないなァここは!」
この町に帰って来て何度言ったかわからない言葉も、この壮大な景色の前で叫べばまた一味違った清々しさを持ち、吐き出した言葉は真夏の真っ青な空にすぐに溶けて消えてしまった。
「うーん!登頂登頂。気持ちがいい!」
「わざわざこんな所までお付き合い頂いて有難うございました。」
「いえいえ、私もいい運動になりました。」
山頂にある展望デッキは、自分が生まれるより前、この山をちょっとした観光地化しようと計画されていた時に、景色の良くなるこの場所の木を伐採して作ったらしい、10m四方程度のテラスのような場所だ。開けた広場に木板で平面を取り、ステンレスの手すりを付けて、ベンチを数個並べた程度の簡素な場所ではあるけれど、なによりこの、向こうの山までの間に広がるのどかな田園風景を一望した時の気持ち良さに比べれば、些末な事に感じられた。それに今の自分にとっては、都会の埃に塗れた心を癒すのに最適な場所だった。
「綺麗な景色ですね。」
「まぁ、ただの田舎風景ですけどね。」
「いいんですよ。」
「・・・えぇ。自分は一先ずここでのんびりしてから適当に帰ろうかななんて考えてました。」
「自分もそうします。」
「分かりました。」
時間は午後の4時半を回ったくらい。午前中を怠惰に過ごしてしまったせいで思っていたよりも遅い時間になってしまった。日の長い夏にとってはまだまだ昼は終わりの気配を見せない時間ではあるけれど、やはり日は時間なりに傾いてきている。眩しすぎてとても日を見上げてやる気にはならないが、足元を見れば横に伸びかかった諸々の影が日時計の要領で時間を教えてくれた。
遮る物のない景色の遠く向こうから吹いて来た風が、真っ直ぐベンチに座っている自分の身体にも吹き付けてくる。散々歩きぱなしで自然と全身から吹いていた汗粒が急速に熱を奪われていく。暑いと涼しいが混在する中で、少し重くなった身体をなんとなく揺らしてみた。
◆
「あっ、そういえば。」
「どうかしたんですか?」
「少し寄りたいところがあるんです。」
「寄りたいところ?」
「はい。実はこの少し奥の方に小さな祠があるんです。」
「祠・・・。初めて知りました。」
「あれ、そうだったんですか?まぁお祭りとかもあんまりやらないし。」
「あぁ、確かにそうですね。皆さんもうかなりご高齢で若い人も少ないですから。・・・でも、普通は引き継ぎとかで説明されるんだけどな・・・。」
「じゃあ、是非案内しますよ。着いてきてください。」
「はい。お願いします。」
案内するのは、山頂の展望デッキから少し奥まった所にある小さな小道。ここまでの登山ルートとは違い、最早人より獣の通る事の方が多いこの道は、登山道というよりもケモノ道に近い様相だった。ここも昔とそれほど変わっていない。そうして枝や草をよけるように小道の先に進んでいくと、その奥に存在する小さな広場が出現する。その中央にある地蔵堂程の大きさの建物が、この町に昔から祀られている祠だ。
神社と言うには少し小さすぎるくらいの祠の外観は、生前の祖父が頻繁に掃除に来ていた幼少期の思い出よりはかなり苔むして古びた印象になっている。しかし、恐らく偶には母が掃除をしているのかもしれない。廃れたような雰囲気は強いものの、廃墟と言うにはまだまだ綺麗に保たれていて、この夏の最中でも周りの雑草は膝程の高さで揃っていた。
「懐かしいなぁ・・・。」
肺いっぱいに森と祠の香りを吸い込んでいた。青い草の香り。日陰で湿った土の香り。それから、昨日自分の部屋に帰った時のような埃の匂いはせず、ただただ祠の木材が少しずつ年を重ねる事で醸し出す、古い日本建築独特の香のような香りすら仄かに漂っているようだった。
「どうです?佐藤さん。中々不思議な感じのする場所でしょう!」
振り向くと、数歩後ろに立っている佐藤さんが両膝に腕をつっかえて軽く肩を揺らしていた。山岳救助の専門家でも、こういう慣れないケモノ道には体力を使うものなのだろうか。
「佐藤さん大丈夫ですか。もし良ければその辺の草の短い所で・・・佐藤さん?」
佐藤さんの肩の揺れがどんどん大きくなり、みるみるうちにまるでマラソンを走った後のような息遣いになっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます