第41話 評決
「ちっ。どういうことだ?」
心底苛立たしそうに、ケルファインは舌打ちをする。
それは、彼が暗殺に差し向けた部隊が、いまだに戻ってきていないからである。
「まさか、ブロスが失敗しただと? そんなことが……」
ケルファインは、自分の抱える暗殺部隊に大きな信頼を寄せていた。
なにせ、自分が命令を下した際、失敗をしたことが一度もないのだから。
また、ブロスは自分が手ずから育てた逸材。
忠誠心も強く、冷徹にどのような手段を用いても目的を達成することができる彼には、それなりの信頼を置いていた。
そんなブロスが、連絡を一切寄こさず、まだ戻ってきていない。
裏切りの可能性は低い。
ならば、考えられるのは、失敗して返り討ちにあったということである。
「……まあ、いい。それなら、他の手段をとるまでだ。奴がそれなりに腕が立つということが分かっただけでも収穫だ」
ブロスは、生半可な実力では歯向かうことすらできない。
また、ケルファインの抱える暗殺部隊は、群としての能力が非常に高い。
連携によって、たとえ一人が倒れようとも確実に目的の暗殺を達成する。
そんな彼らが返り討ちにされたということは、それ以上の力をバロールが持っているということ。
どのような力を持っているのか。
はたまた、ブロスたちを追い払えるほどの力を持つ部下を持っているのか。
どちらにせよ、今まで以上に注意を払って押しつぶさなければならない相手だということだ。
今回のように直接武力を行使しなくても、地方貴族なんて潰す方法はいくらでもある。
あの忌み子を……イズンをかくまっていることから、アポフィス家は生かしておくことはできない。
イズンも随分と擦れていたが、あれがケルファインと関係があると声高に叫べば、面倒なことになるのは明白だ。
バロール諸共、イズンも殺す。
それにしても……。
「役に立たん奴らだったよ」
今まで自分のために粉骨砕身尽くしてきたブロスたちを、短く切り捨てた。
彼にとって、もはや役に立たない連中は必要ない。
評価も厳しくなるというものだ。
さて、次はどのようにバロールたちを追い詰めようか。
悩んでいる彼のもとに、部下が声をかけてくる。
「ケルファイン様、貴族議会の招集がかかっております」
「なに?」
怪訝そうに眉を上げる。
「……あまりにも頻繁過ぎる。どういうことだ?」
貴族議会は、月一度の定例会。
そして、臨時に開かれるものとがある。
すでに定例会は済んでいるため、臨時会ということになる。
先日行われた、バロール・アポフィスに対する内乱の質問に関しても臨時会だ。
こうまでも頻繁に期間を空けず開かれるのは、そうそうないことだ。
それこそ、国家にとっての一大事かもしれない。
「欠席なされますか?」
「四大貴族が欠席するわけにもいかん。出るぞ」
「はっ」
それが、大きな選択ミスであることを知らず、ケルファインは貴族議会に向かうのであった。
◆
「お待ちしておりました。上座へどうぞ」
貴族議会の議場を訪れれば、仰々しく出迎えられる。
ケルファインは当然のように上座へと向かい、座った。
四大貴族であるから、当然だ。
周りを見れば、自分以外の四大貴族はすでに席についている。
「……珍しいな」
それは、自分以外の四大貴族が先にいたということではない。
議場にある席が、ほぼすべて埋まっていることが原因である。
いくつかある欠席は、ケルファインの派閥の分だけだった。
そもそも、貴族議会で全員出席することはほとんどない。
欠席者が現れるのは当たり前だし、出席率半分程度が普通である。
それなのに、レスクの派閥も、シルティアの派閥も、ヨルダクの派閥も、全員が出席しているではないか。
何があるのかと怪訝そうに眉を顰めるが、司会が言葉を発したことで、その疑念を頭の隅に追いやる。
「それでは、ケルファイン様も来られたことですので、本日の議題を発表させていただきます」
こんなにも頻繁に貴族議会を開くには、それ相応の理由がある。
国家の一大事がそれにあたるが、そういったことはケルファインの耳に事前に入ってこないわけがないので、それは除外される。
ならば、次に考えられるのは、四大貴族が貴族議会の開催を求めたということ。
だが、いったいどういった理由で?
「それは、バロール・アポフィス様に差し向けられた、暗殺者のことです」
「っ!?」
言葉が詰まる。
まさか、それが議題になるとは思っていなかった。
隠し通せるとは思っていなかった。
情報はとても重要だ。
迅速に正確な情報を集めるために、宮廷貴族は情報網を広げている。
四大貴族ともなれば、他の宮廷貴族とは比べものにならないほど広大な網を広げているし、それはケルファインも同様だ。
とくに、四大貴族の中でも頭の抜けた諜報力を持つシルティアにはばれると思っていたが、まさかそれが議題になるとは思っていなかった。
いったい、どういうつもりだ?
いったい、誰の働きかけだ?
「それでは、アポフィス様からご説明をお願いします」
さらに、この場に憎きバロールが現れる。
やはり、死んでいなかった。
ブロスたちが相討ちにでも持ち込めていたらよかったのに、それすらできなかったようだ。
内心忌々しく思いながらも、それを表に出すことはない。
「私が貴族議会に手配してもらった宿に泊まっていた時のことです。歴史のある宿だというのに、突然従業員と他の客が消えました。代わりに現れたのは、私の命を狙う暗殺者たちでした」
眼下では、バロールが説明を始めている。
なるほど。
どのように貴族議会の開催まで持ち込んだのかは分からないが、これは悪い手段ではない。
むしろ、この手段をとらなければ、四大貴族である自分を止めることはできないだろう。
しかし、他の四大貴族もタダでこの貴族議会を開いてやったわけではないだろう。
いったい、何を差し出したのか。
多少興味がわいてくる。
「何とか撃退することができましたが、元を絶たねばいつまでも命を狙われ続けることになる。なので、ご本人の口から直接理由をお聞きしておきたいと思っておりまして……」
チラリとバロールの目がケルファインを捉える。
しかし、ケルファインに動揺はない。
そうくるであろうことは、彼が説明を始めた段階で分かっていたからだ。
「それで、どうして私に暗殺者なんて差し向けたのですか、ケルファイン様?」
宮廷貴族たちの目が、一斉にケルファインをむく。
人の視線を感じれば、自然と身体がこわばる者が多いが、彼に限ってはそうではない。
この場を乗り切る方法は、すでに思いついているからだ。
「……はて? 何のことかわからんな。どうしてそこで俺の名前が出てくる?」
乗り切る方法とは、知らんぷりである。
すっとぼけたことを言っていれば、ケルファインが勝つ。
この議会で明らかにバロールより影響力は強いし、黙殺も可能だ。
「貴様、無礼だぞ! 我らがケルファイン様に、暗殺の疑いをかけようなどと……!」
「しかし、私を襲った暗殺者が、ケルファイン様の名前を呼んでいました」
ケルファインの派閥の貴族が声を荒げるが、それを意に介さず、バロールは言葉を続ける。
「(ブロスめ。目的を果たせず、余計なことまで口走りやがって……)」
そう毒づくが、しかし今のバロールの言葉は、ケルファインを切り裂くナイフにはなりえない。
「そんなものは証拠にならない。俺を陥れようとする者が、俺の名前を呼んだだけかもしれないだろう」
言いがかりだと言ってとぼけることは容易だ。
実際、四大貴族という非常に高い地位にいるケルファインを、表立ってではさすがにないが、裏から蹴落とそうとする者は大勢いる。
それこそ、自分の派閥の中にもいるだろう。
そのため、陥れられている、という言葉には、強い説得力があった。
一方で、バロールの言葉は証拠力に乏しい。
彼が嘘をついていないという証明ができないからだ。
「まさか、それだけでこの俺を呼び付け、冤罪を吹っ掛けようとしたのか?」
「…………」
むしろ、逆にバロールを責め立てる武器になる。
バロールは何も言うことはできないだろう。
冤罪ではないという証拠は、自分の言葉しかないのだから。
ケルファインは、にやりと笑う。
「だとしたら、許せないな。ああ、許せない。この屈辱、無礼、絶対に忘れないぞ」
幸運だ。
ブロスたちが失敗しても、憎き忌み子をかくまう男を殺すことができるのだから。
四大貴族に、貴族議会で、多くの宮廷貴族の前で、自分を愚弄したということを印象付けられた。
これから、ケルファインが報復としてバロールを様々な方法で攻撃しても、強い批判は生じないだろう。
この勝負、自分の勝ちである。
いったい誰がバロールに協力して貴族議会を開いたのかは知らないが、それも突き止め、攻撃する手段にしよう。
「さあ、さっさと評決をとろう。早く終わらせろ。俺も暇じゃないんでな」
貴族議会は多数決だ。
自分が有罪か無罪か。
その多数決をとり、無罪が確定してから、徹底的にバロールたちを追い詰めよう。
「…………では、評決を。ケルファイン様の無罪を支持する方は、そのまま着席。ケルファイン様の有罪を支持する方は、ご起立願います」
司会から簡単な説明が入る。
ケルファインは余裕の笑みだ。
自分の勝利は決定事項だ。
ブロスたちが暗殺に失敗した時はどうしたものかと思ったが、やはり自分の思い通りに動くものである。
だから……。
「では、評決!」
だから、自分以外のすべての宮廷貴族が、一斉に立ち上がったのを見て、ケルファインは……。
「――――――は?」
バロールは誰にも見えないように、裂けんばかりに口角を上げるのであった。
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