第40話 殺します

 俺の姿は、立派な造りの建物の中にあった。

 貴族議会の議場とは違って、無駄に豪華絢爛な装飾などは施されておらず、質素であるが荘厳さを失わない上品な建物だ。


 この王都で、これだけの建物を持つことができるのは限られている。

 絶大な権力を持つ宮廷貴族……その中でも上位に位置する者しか許されない。


 ……まあ、すぐ目の前にそいつが座っているんだけどさ。


「私の招待を受けてくれて、感謝する。急な誘いだったから、断っても問題にはしなかったのだがな」


 四大貴族の一人、レスク。

 落ち着いた言動と声音であり、激高したケルファインとは比べものにならないほど貴族然としている。


 まあ、ケルファインも感情を爆発させなければ普通の貴族みたいなのだろうが。


「いえ。せっかくお誘いをいただけたのであれば、ぜひとも参加させていただきますとも」


 え、問題にならなかったの?

 俺はニッコリと愛想笑いをしながら、愕然としていた。


 イズンが、レスクが俺に会談を申し込んでいるという情報を持ってきたから、急いでやってきたというのに。

 じゃあ、先に言っておけよ。来なかったよ。


 情報は全部出しとけよ。つっかえねえなあ!

 ケルファインに続いて、もう一人四大貴族を敵に回せるはずないだろ。いい加減にしろ。


「もう領地に戻るつもりだったのではないかな? 私たちと違い、君の帰りを待つ場所があるのだから」


 いえ、もっと遊んでから帰ろうと思っていました。

 仕事したくなかったので。


「さて、君も忙しいだろうから、グダグダと不要な話はしないようにする。私が君を誘ったのは、君を私の派閥に勧誘したかったからだ」

「勧誘……」


 ぬああああ!

 これ絶対面倒くさいやつじゃん、もおおおおおおおお!


 派閥争いとか、俺がもっとも忌避するものの一つである。

 勝手に喧嘩しているんだったら、どうでもいい。


 それを見て鼻で笑うだけだからだ。

 派閥争いの面倒くさいところは、自分もどちらかの派閥に入っておかなければならないという風潮があることだ。


 入らなければ、どっちつかずのカラスとして、両派閥から攻撃されることになる。

 かといって、どれかの派閥に入れば、もはや高みの見物はできずに当事者である。


 あー、嫌だ嫌だ。


「知っているかもしれないが、私の派閥は改革派に属する。一方で、ケルファインとヨルダクは保守派だ」


 知らねえよ、王都の派閥争いなんてよぉ!

 俺の知らないところで勝手に殴り合ってて、どうぞ。


「では、改革派というのはレスク様だけなのですか?」

「一応、シルティアも改革派に属しているが……あれは真の意味での改革派ではない。ただ、変化があれば面白いことがあるから……という理由で改革派なのだ」


 ああ、あの女……。

 なんか勝手に期待して勝手に失望したあの女。


 あれも改革派に属するのか。

 まあ、大人しくしていそうな感じはなかったが。


「だが、私は違う。この国は、このままでは一向に良くならない。緩やかに滅亡への一途をたどっている。大きな改革が必要だ」


 そう……。

 勝手にしてくれたらいいんじゃないかな?


 俺に迷惑をかけない形で頼むわ。


「その改革とは?」

「……これは、君だから話すことだ。誠意をもって接しなければ、勧誘する資格はないと思っているからね」


 え? 聞いたらマズイことを言うつもり?


『お前は知りすぎてしまった……みたいな展開ですかね?』


 ナナシの念話に震え上がる。

 そういうのは望んでいない!


「私は、貴族議会をなくしたい」

「貴族議会を……」


 レスクは強い決意を秘めた顔で、とんでもないことを言いやがった。

 貴族議会の重鎮が言うことか?


 そもそも、そんなことは宮廷貴族が認めるはずがない。

 俺だったら絶対に断るわ。


 だって、強い権力は人生を楽にしてくれるし。


「この国のすべてを決める貴族議会。なるほど、昔はそれでよかったのかもしれない。だが、年月を経るにつれて、それは巨大で醜悪な既得権益に成り下がった」


 おまいう。

 いや、だからこそ改革しようとしているのか。


 やめてぇ!

 そこまで根本的に改革しようとすると、だいたい敵対勢力も大きくなって、大きな闘争になるから!


「今では、四大貴族の意向にのみ従い、闊達な議論は成り立たない。たった四人で国の行く末を決めるなんて、論外だ。無能が過半数を占めれば、国は終わる。だから、この構造を改革しなければならない」

「それで、どうして私を……」


 これ、聞いちゃったからには何かしら対応しないと……。

 い、いや! 何とか逃げ切ってやる……!


 関わってもメリットがまったくない!


「民のため、家族を殺す。それは、生半可な覚悟と精神力では、決してできないことだ。憎み合っていたならともかく、君の場合はそうでもないようだしね」


 スッと細くなった目で見据えられる。

 いえ、嫌いでした。


 反乱を起こした時、これを理由に押しつぶせるからラッキーとも思っていました。


「それに、君の雇っているメイド。忌み子がいるだろう?」

「ええ、まあ……」

「忌み子は呪いを振りまく。常人では、傍に置こうなんて思わない。私でもそうだ。そんな常識にとらわれない君だからこそ、私と共に歩んでほしいと、そう思った」


 まあ?

 俺は特別な存在だから?


 うんうん、分かっていますね、このおじさんは。


「……そう簡単には答えられません」


 とはいえ、俺がレスクの味方をするかと言われたらノーである。

 そもそも、俺は誰の味方にもならない。


 俺だけの味方である。


「もちろんだとも。時間は有限だか、切迫しているわけではない。よく考えてくれたまえ」


 考えねえよ。

 俺は苦笑いしながら立ち上がり、レスク邸を後にする。


「私は君を高く評価している。レスク派閥に来てくれるのであれば、心から歓迎しよう」










 ◆



 レスクと会談して、その足で向かったのはもう一人の四大貴族。

 レスクと同じく改革派に属するシルティアである。


 ……なんでこんなに俺の意を痛めつけなければならないんですかねぇ。


「ねえ。今、とっても面白いことになっているんじゃない?」

「はい?」


 いきなりニヤニヤといたずらそうな笑みを浮かべ、シルティアは尋ねてくる。

 何も面白いことなんてねえよ。


 俺の気分は常時下降気味だ。


「とぼけなくてもいいわよ。私、こういうことを聞き逃さないように、耳だけはいいようにしているの」


 ウインクしてくる。

 様になっているが、俺は頬を引きつらせることしかできない。


 それって、スパイをあちこちにばらまいているってことですよね?

 よ、よかったぁ、こいつの悪口を表に出していなくて。


 心の中ではぼろくそだったんだけど、口に出していないからセーフ。


「あなた、殺されかけたんだって?」

「ええ、まあ」


 誰でも聞きづらいことを平然と尋ねてくる。

 そういうとこだぞ、お前。


「それ、誰が黒幕か分かっているの? 分からなかったら、教えてあげようか?」

「いえ、ケルファイン様ですよね?」

「あら、知っていたの。驚いたり絶望したりする顔が見られなくて残念だわ」


 ちぇーっと唇を尖らせる。

 イズンとかなら様になるけど、もうやめた方がいいですよシルティアさん。


 年齢的に……。


「でも、ケルファインが仕向けたって知っていてその態度……。どういうことかしら?」


 じっと窺うように見てくる。

 おん? 何か文句でもあるの?


「四大貴族は、まあ私自身が言うのもなんだけど、この国では絶大な力を持っているわ。ケルファイン単体でも、あなたという地方貴族を立ち行かなくするよう圧力をかけるのは容易でしょうね」


 知っている。

 だから、これ以上四大貴族に嫌われまいと、レスクに続いてシルティアのところにも来たのだ。


 まったく、イズンは……。

 余計なものばかり持ち込んでくる。


 捨ててやろうか。


「あなただけではないわ。アポフィス領の民たちはみな苦しむことになるでしょう。重税、兵役……取り潰しだってあるかもしれないわ」


 でも、俺は苦しまないから。

 俺が苦しまなかったら、別によくね?


「それなのに、どうしてそんな余裕なのかしら?」


 俺を見定めるように凝視する。

 余裕、余裕ねぇ……。


「助けてもらえるかもしれない、からでしょうか」

「はあ?」


 怪訝そうに、あるいは不愉快そうに眉を顰めるシルティア。


「私があなたのことを助けるとでも? そりゃあ、多少の興味があったけど、そこまでする義理はないわよ。四大貴族同士が敵対する意味、ちゃんと理解しているの?」

「でも、あなたは面白ければその常識にとらわれない。違いますか?」

「……そんなばくちを撃つほどの面白いこと、あなたに提供できるのかしら?」


 シルティアは、おそらく退屈なのだろう。

 退屈で退屈で……だから、面白いことが好きなのだ。


 切望しているのだ。

 それは、まさに飢えている人間と同じ。


 食べ物を目の前で振ってやれば、すぐに食いつこうとする。

 シルティアは、それを我慢しているだけだ。


 だから、彼女の前に極上の餌を見せつけてやれば、必ず食いつく。

 卑しい奴め。


 恥を知れ。

 そんなシルティアが切望してやまないとっておきの餌を、つるしてやる。


「ケルファインを殺します」

「…………は?」


 ポカンと口を開く。

 四大貴族とは思えないほど、威厳のない気の抜けた表情だ。


 しばらく沈黙が続く。

 そして、ようやくシルティアは確認するように口を開いた。


「一介の地方貴族であるあなたが?」

「殺します」

「王国を動かす四大貴族の一角を?」

「殺します」


 問いかけに短く答えていく。

 まあ、殺すのは俺じゃなく誰かほかの奴だけどな。


 やだよ、直接手を下すなんて。

 危ないし、人殺しとかしたくないし。


 死ねばいいとは思うけど、殺してやるとは思わないのが俺である。


「それが、どれほどの影響を産むか分かっているの? ケルファインの息がかかった者たちから、一生恨まれ狙われるわよ?」

「殺します」


 そもそも、俺の命を狙った奴を生かしておくはずないんだよなあ。

 一度見逃せば、絶対に同じことを繰り返すぞ。


 忘れたころに復讐でもされてみろ。

 最悪だろ。


 だから、この機会に根本から断ち切る。

 俺以外がな!


「ふっ……あははははははははははははっ!」


 シルティアは心底楽しそうに、腹を抱えて笑う。

 なに笑ってんだ。ぶっ飛ばすぞ。


「あはっ、はははっ! お、お腹痛いわ……! あなたなんかに、そんな大層なことができるはずないじゃない!」

「…………」


 こいつも俺の報復リストに追加だ。

 この俺を見くびることは、誰であろうと許さん。


 内心怒り狂っている俺をしり目に、涙を浮かべてまで笑っていたシルティアは、スッと顔を上げて……嘲笑ではない笑みを浮かべていた。


「でも、面白いわ」



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