第42話 なお、本人はまったく理解できていない模様
「ど、どういう……」
愕然とするケルファイン。
この異常な光景が、目に焼き付く。
起きたこと自体は、簡単な話だ。
有罪か無罪かを決める評決で、自分以外のすべての宮廷貴族が有罪を選択した。
これで、ケルファインはめでたく有罪。
実際に暗殺者を差し向けていることもある。
だが……。
「どういうことだ、これは!?」
だが、ありえないのだ。
自分が暗殺者を差し向けたことを知るのは、まだ自分自身だけのはず。
そして、先ほどのバロールとの舌戦では、明らかにケルファインが有利だった。
終始優勢を保ったまま、評決に持って行った。
だからこそ、ケルファインは有罪になるなんて微塵も思わず、余裕で評決を待ったのである。
なのに、なのに!
「貴族議会の評決により、ケルファイン様は有罪と判断できます」
「黙れ!!」
司会を怒鳴りつけ、彼の目は同じ上座にいる四大貴族へと向けられる。
一介の宮廷貴族が、自分に歯向かうようなことを堂々とできるはずもない。
これは、すべて自分と同じ地位にある四大貴族の……派閥のトップによる命令だろう。
出来レースだったのだ。
最初から、ケルファインは有罪になることが決まっていた。
「レスク! シルティア! 貴様ら……四大貴族の暗黙の了解を破るつもりか!?」
四大貴族同士は、表立って対立しない。
派閥間争いは意図的に行ってガス抜きをしているが、決して頭同士はぶつからない。
だから、定期的に四大貴族のみ集まる談合もあったのだ。
なのに、これは明らかに協定違反ではないか!
「暗黙の了解? そんなものは初耳ですね」
「こういう展開も面白いと思わない?」
「なっ……!?」
しかし、レスクもシルティアも、まったく悪びれるしぐさすら見せない。
こんなことがあり得るのか?
しかも……。
「き、貴様ら……! アポフィス風情に使われるつもりか……!?」
四大貴族ともあろうものが、宮廷貴族ですらない地方貴族の言いなりになるというのか?
それは、ケルファインにとって信じがたいことだった。
「よ、ヨルダク!」
最後に、すがるように見るのはヨルダク。
自分と同じ保守派であり、最大派閥。
彼が味方してくれれば、まだ逆転の余地はある。
しかし……。
「……私の派閥は自主投票ですよ、ケルファイン。今の話を聞いて、あなたが有罪だと思った者が多かったということでしょうなあ」
「この狸が……!」
ヨルダクは積極的にケルファインを攻撃したわけではない。
どちらかに有利に傾いた際に、そちら側につくということを、今回の方針にしていた。
もし、レスクとシルティアのどちらかがケルファイン側……いや、中立であれば、ヨルダクもケルファインに牙をむくことはなかっただろう。
だが、今回、まぎれもなく敗者はケルファインである。
泥船に乗るバカが、どこにいるというのだろうか。
「そ、それよりも、貴様らぁ! どういうことだ!?」
他派閥は分かる。
トップは本気ではなかったとはいえ、貴族議会では対立する間柄だからだ。
だが……自分の派閥の宮廷貴族たちですら、一斉に立ち上がったことは理解できない。
そう、あまりにも異常なことで、頭が受け入れないのだ。
それゆえ、怒りよりも驚愕の方がはるかに大きい。
「この俺を陥れるつもりか? どれほど俺から恩を受けたと思っている……。その恩を、仇で返すか!?」
「…………」
絶対的な強者であるはずのケルファインに怒鳴られても、彼らは無機質な目で見返す。
自分の派閥のトップに歯向かう。
狭い世界である貴族議会で、それは死を意味する。
だから、今まで四大貴族に逆らう者は現れなかった。
今日という日を除いて。
「ケルファイン様、あなたは我々を庇護する代わりに、数という大きな力を持っていた。我々はあなたの派閥に入って後ろ盾を得る代わりに、あなたの意向に必ず賛同してきた。つまり、共存共栄の関係だった。一方的に恩を受けたことはありません」
「あっ、あぁっ!?」
淡々と。
何の感情も見せずに話す派閥の貴族に、糾弾すべきケルファインの方が気圧される。
つい先ほど、バロールに怒鳴っていたではないか!
なのに、その変わりようはなんだ!?
「そして、あなたでは、もはや我々に利益を与えることはできない。そう判断してのこと」
「き、貴様あああああああああああああ!!」
怒りが爆発する。
本来では武装を許されていないが、四大貴族の特権で剣を持ち込んでいるケルファイン。
それを抜き放てば、貴族議会もざわめく。
貴族の中には、ただ見栄えを良くしたいというだけで帯刀することがままある。
だが、ケルファインは違う。
彼は、正真正銘武を嗜む貴族である。
武人。
彼のことを表するなら、この言葉が一番似合っているだろう。
へっぴり腰の弱い斬撃でなく、人を殺すことのできる剣を振るうことができる。
そして、その矛先は……。
「これもすべて、貴様のせいだああああああああああ!!」
「(はっ!?)」
高みの見物を決め込み、ケルファインが追い詰められていく様を、内心でニヤニヤとして眺めていたバロールである。
上座から一気に駆け下り、バロールに剣を振るう。
ケルファインは武人である。
その突進スピードは、何でもサボるバロールに対応させることを許さないほどだ。
事実、バロールもポカンと口を開けて唖然としているだけで、身体の動きはまるで間に合っていない。
ケルファインをして、彼がただの素人であることは明らかだった。
ならば、一刀のもとに切り捨ててくれる。
有罪と決まった自分がこのようなことをすれば、タダでは済まないだろう。
だが、バロールは……バロールだけは、生かしておくことはできない!
爆発的なスピードで彼に迫り、その首をはねようと剣を振るって……。
バロールの目が、赤く輝いた。
「――――――」
まばゆい赤い光が、議場を照らす。
誰もが目を覆って、その光を直視しない。
いや、直視してはいけないと、本能的な警鐘が頭の中で鳴り響いていた。
全員、その警鐘に従ったまでである。
だが、ケルファインだけは殺意のこもった目で睨みつけていたので、それができなかった。
結果として、悲鳴すら上げることができず、ケルファインは崩れ落ちた。
その皮膚は黒ずみ、まるで焼き鏝を全身に押し付けられたかのような、悍ましい姿になって。
「な、んだ、今の力は……?」
誰もが唖然とする。
ケルファインが凋落することは、先ほどの評決で決まっていた。
だが、まさか四大貴族の一角が、こんな終わり方をするとは、誰が想像できただろうか。
バロール・アポフィス。
彼の名前は……彼の異質な力は、間違いなくこの国の中枢である貴族議会に強く印象付けられた。
一介の地方貴族が、貴族議会に影響を与えることになる。
前代未聞にして、本来であればありえない現実となる。
「……やっぱり、面白いじゃない!」
シルティアのバロールに対する興味は、より一層強くなる。
「(急に叫んで襲い掛かってきたと思ったら、急に寝るとか情緒不安定なの?)」
なお、本人はまったく理解できていない模様。
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