第31話 だから、俺に言われても!



 白髪で白い肌。

 そして、赤い目。


 色素が薄く、容姿が他の大勢の者とは異なるから、忌み子と呼ばれる。

 実を言うと、そういうわけではない。


 確かに、イズンのような見た目の者が忌み子と呼ばれているのは事実だし、そうした容姿の者は、まともに育てられることがないことも虚偽ではない。

 見た目が違うから、忌み子と呼ばれる……という理由が違うのだ。


 白髪赤目という見た目だけならば、忌み子と呼ばれて忌避され、排斥されるだけではない。

 人は見た目が重要な印象を与えるが、それだけでこんなにも嫌われることはありえない。


 イズンのような見た目の者が忌避される理由は、彼ら彼女らが、生まれながらにして特別な力を持っているからである。

 それらは、すべて強大な力。


 周りの者に影響を及ぼす、特別な力だ。

 それは、うまく使うことができれば、周りの者にとっても有益になるだろう。


 だが、【生まれながら】である。

 その力は、赤子の……何も考えることのできない状態から、その小さな身体に宿されているのだ。


 そんな赤子に、強大な力をうまく扱えるだろうか?

 答えは、否。


 それは、イズンが悪いとか、忌み子と呼ばれるアルビノが悪いとか、そういうことではない。

 高い知能を持つからこそ世界の支配者となった人類だが、赤子はその知能は残念ながら低いと言わざるを得ない。


 ならば、その赤子がうまく力をコントロールすることができないのは自明であり……その力を暴走させてしまうことも、何ら不思議ではない。

 だから、忌み子と呼ばれるのである。


 だから、生まれたその時に殺されることがほとんどなのである。

 その容姿が異質だからとか、気味が悪いからだとか、そういうことではない。


 ただ、力の暴走が恐ろしいから。

 赤子の癇癪で強大な力が吹き荒れれば、なすすべなく蹂躙されるから。


 それゆえに、忌み子は嫌われるのである。










 ◆



「ぐっ……!?」


 ぶわっと風が吹き荒れる。

 顔を隠すための布が、大きくはためく。


 ブロスはまだ一番イズンから距離が離れていたからマシだが、彼らに近づいて刺し殺そうとしていた部下たちは、なおさら強烈な風にあたっていた。

 目も開けていられないほどだったが、意外にもその風はすぐに収まった。


「な、なんだ? 今の風は……」


 目を瞬かせ、ブロスは状況の把握に努めようとする。

 あの忌み子のメイドが何らかの魔法や力を使ったことは間違いない。


 攻撃だろうか?

 しかし、見る限り何も影響はない。


 自分の身体に傷もないし、部下たちも倒れているようなことはない。


「魔法の不発か? ならば……今だ! バロール諸共、全員殺せ!」


 魔法の不発だろう。

 精神が整っていなければ、よくあることだ。


 そして、その後の硬直は、明確な隙となる。

 ブロスは当然のように、部下たちに命令を下す。


『私もですか、ご主人様?』

「(当たり前だよなあ)」


 バロールとナナシが、ブロスの言った【諸共】という部分で激論を繰り広げていると……。

 ブロスはふと違和感に気づく。


 部下たちが、自分の命令に動かないのである。

 これは、今までなかったことだ。


 暗殺者として、忠実に命令通りに動く。

 だからこそ、自分たちは有能で、今まで失敗したことがなかった。


 だというのに、どうして……。


「あ、ああ……」

「ぶ、ブロス、様……」


 しかも、うめき声のようなものを上げながら、なぜかブロスの方に向かってくるではないか。

 向かうべきは正反対のバロールたちの方である。


「なぜこちらに向かってくる? 私はバロールを殺せと命令を……」


 ブロスは怪訝な顔を隠せない。

 何が起きているのかと、目を凝らし……。


「なっ!?」


 月明かりに浮かぶ部下たちの容姿に、驚愕した。


「あ、ああああああ……!」

「身体に、力が……入ら、な……」

「ブロス様、助け……」


 助けを求め、幽鬼のように近づいてくる部下たち。

 顔を隠し、素性を分からないものとしていた布は、はらりと垂れ落ちている。


 それもそうだろう。

 本来、肉の詰まっていた頬などは削げ落ち、まるでミイラのようにやせ細っていたのだから。


 目はくぼみ、今にも目玉が飛び出してしまいそうだ。

 そんなミイラに変貌してしまった部下たち。


 ……いや、今もだ。

 今も、みるみるうちに身体はやせ細り、衰弱していっている。


 まるで、生命力そのものを吸い取られているかのように。


「なんだ、これは……なんだこれはぁ!?」


 アンデッドのように近づいてくる部下たちにおののきながら、ブロスは叫ぶ。

 本来であれば、肩を並べ、背中を預け、信頼するはずの仲間。


 それが、ゆっくりと助けを求めて近づいてくる姿は、生者から生命力を貪ろうとするアンエッドのように変貌してしまっていて……。

 ブロスは、彼らを受け止めることができなかった。


 ついに、ブロスの下にたどり着くことができなかった部下たちが、倒れていく。

 その倒れる音は、数十キロある人間の身体とは思えないほど、弱弱しく軽いものだった。


「き、貴様、いったいこいつらに何をしたぁ!?」

「…………?」

「いや、俺を見上げても……」


 イズンがキョトンと赤い目でバロールを見上げる。

 気配を消して関係ない感じを醸し出していたバロールは、巻き込まれたことに憤慨する。


 もともと、自分のせいでナナシやイズンが巻き込まれていることは、すでに彼の中で抜け落ちている。


「バロール!」

「だから、俺に言われても!」


 イズンに言ってもらちが明かないと判断したブロスに怒鳴られるバロール。

 彼女の力なんて完全に知らなかった彼は、答えようもない。


「分からなイ。イズン、自分の力をしっかり把握していないシ」

「(ひぇっ)」


 自分でも把握できていない力を使うなと心が叫びたがっているバロール。

 なお、怖いから黙っている模様。


「ただ、昔から、こうして嫌なことを遠ざけようとしたら、こんなふうになル。理由は分からないけど、結果がこうなることは分かっていタ」

「ば、バカな……。だとしたら、この男は、こんな得体のしれない不発弾を、ずっと懐に入れ続けて……メイドとして雇っているのか……!?」


 驚愕の目でバロールを見る。

 この男の懐の深さは、いったいどれほどなのだろうか?


 なんだか褒められている感じだったので、どや顔を披露するバロール。

 ちなみに、イズンにこんな力があると知っていれば、雇ったりはしていない。


「だから、バロール殿は凄イ。バロール殿は、イズンの恩人。これからも、ずっと一緒にいたイ」


 真っ白な肌は、少し赤らむだけで可愛らしく染まる。

 誰が見ても分かるイズンの好意。


 忌み子とはいえ、端整に整った容姿の彼女から好意を向けられると、男なら少しでも舞い上がりそうになるものだ。

 だが、自分を養ってくれる領地経営才能の持ち主以外に興味のないバロールは、見事なスルーである。


「邪魔する奴は、皆殺し」

「(時折話し方が流ちょうになるのが怖い……)」


 ブロス以上に怯えるバロール。

 守ってもらっているのに警戒を示すのは、自分以外誰も信用していない猜疑心の塊だからこそである。


「くっ……!」


 冷たく据わった赤い目に、背筋が凍り付く。

 そして、ブロスが選んだのは……倒れた部下たちのかたき討ちではなく、逃亡だった。


 いや、自分の命が惜しいだけではない。

 それも多分に含まれているが、それだけではない。


 逃げなければ! 伝えなければ!

 主に、バロールに手を出すべきでないと。


 彼と……彼に仕えるメイドと、敵対するべきでないと。


「もう遅いヨ」

「がっ!?」


 ブロスが倒れ込む。

 何かに引っかかったというわけではない。


 脚に力が入らなくなったというのが正しいだろう。

 恐る恐る足に目を向ければ……自分の見慣れたそれとは比べものにならないほどやせ細った、枝のような足があった。


「わ、私の、脚が……!!」

「ほかの人よりちょっと距離が遠かったから遅いけど、イズンの力はちゃんととらえていタ。だから、あなたも死ヌ」


 これが、生命力を搾り取られていくという感覚。

 自分の身体から、形容しがたいものが……しかし、欠けてはならないものが抜き取られ、どんどんとしなびていく。


 それは、生命の危機という、生物としての根源的な恐怖を強烈なまでに叩きつけてきた。


「ま、待って……待ってくれ……! 私には、帰りを待つ……家族がぁ……!」


 それは、命乞い。

 いつも、それは自分がされる側だった。


 それを嘲笑し、一切聞き入れることなく、命を奪ってきた。

 その報いを、今、まさに受けていた。


「……家族がいるのに、こんな仕事していたらダメ。いつか報いを受けることになるのは分かっていたでしょウ?」


 キョトンと首を傾げる。

 イズンの表情に、嘲りも、怒りも、何もない。


 ブロスは、その感情を知っている。

 興味がないのだ。


 ブロスの生死なんて、微塵も興味がない。

 だから、彼の言葉を聞きいれることも、決してないのだ。


「あ、ぁ……ケルファイン、様……――」


 ブロスの身体は、みるみるうちにやせ細る。

 そして、その目から光が失われるのであった。


「家族がいるなんて、贅沢」


 イズンの羨むような声が、小さく響くのであった。



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