第26話 一瞬で沸騰した



 宮廷貴族という存在に微塵も興味がない俺だが、それでもさすがに四大貴族くらいは知っている。

 なにせ、この国を動かしている貴族たちだ。


 まったく知り合いたくない連中である。

 それゆえに、危うきには近寄らずということで、いそうなところは全力で回避するのだが……。


 なんで強制参加じゃない貴族議会にお前も来てんだよ。

 暇なの?


 働けよ、クソが。


『貴族議会に出ることが仕事なのでは?』


 言い訳はいらない。


『えぇ……』


 心底ふてくされながらも、俺たちは廊下の端により、頭を下げる。

 なんかこうしておかないと、プライドしかない宮廷貴族共はすぐに喧嘩を吹っ掛けてくる。


 自分たちがどれほどの存在だと言うのだろうか。

 俺以外はすべて無価値なのに。


 とはいえ、四大貴族から不興を買うのは面倒くさい。

 嫌な気持ちになりながらも、さっさと通り過ぎるのを待つ。


「…………」


 ……だと言うのに、だ。

 ケルファインは、あろうことか俺の前に立ったまま動こうとしない。


 下げた状態で見える視界で、ケルファインの足が動かない。

 なんだこいつ!?


 俺に頭を下げさせるのがそんなに楽しいのか?

 許せねえ。ぶっ殺してやる。


「……貴様は、貴族議会に召集されていた貴族だな?」


 またまたあろうことか、俺に話しかけてきやがった。

 お前にその資格があると思っているのか?


 あんまり調子に乗るなよ、クソ貴族。


「はい。アポフィス領を治めております」

「ふむ。では、アポフィスよ。貴様は使用人の教育、どのようにしているのだ?」

「は?」


 適当にやり過ごそうとしていれば、予想もしていない問いかけが。

 意味が分からん。


 俺は心底不思議に思いながら、ちらりと横を見る。

 同じく、まったくもって関わりたくないと雰囲気で示しながら頭を下げているナナシ。


 そして……堂々と胸を張り、キョトンと首を傾げながらケルファインを見上げるイズン。

 い、いいいいいイズンさん!?


 どうして一切頭を下げずに、ケルファインを見ているんですか!?


『あ、私トイレに……』


 構わん。

 ここで漏らせ。


『!?』

「い、イズン?」

「? ナニ、バロール殿?」


 声をかければ、どうかしたのかと小首をかしげる。

 いや、何ってお前が何だよ。


「いや、端によって頭を下げないと……」


 四大貴族のみならず、宮廷貴族の対応方法はこれだ。

 相手が正面から来れば、端によって頭を下げる。


 それだけで、あいつらのみっともない自尊心は満たされるのだから、そうしてやり過ごすのが一番である。

 それは、この国の貴族の間では常識中の常識だ。


 だというのに……このメイドは、その常識に正面から殴りかかったのである。

 ひぇぇ……。


「イズンのご主人様はバロール殿ダヨ? だから、バロール殿以外に頭を下げる必要はナイ」


 何を言っているのかと言わんばかりの表情である。

 ちょっとおおおお!


 この子変な方向で忠誠心発揮しちゃっているんですけどお!

 いや、まあ事実なんだけどね。


 ケルファインだって、俺と比べたらゴミ同然の価値しかないわけだし。

 でもさあ!


 古臭いこの国では、こういうマナー(笑)は大切でさあ!


「も、申し訳ありません。しっかりと言い聞かせておきますので」

「むぐ?」


 余計なことを言わせまいと口を押える。

 唇柔らかいなあ、おい。


「いや、構わんよ。まあ、常人であれば私も思うところがあっただろうが……」


 おや?

 なんだか乗り切れそうだぞ?


 ケルファイン、ちょろいな。

 ……と思っていたのだが、次の言葉でそう簡単に終わらないことを悟る。


「しょせん、忌み子だしな」


 そういうケルファインの目は、俺……ではなく、イズンを捉えていた。

 イズンは、いわゆる忌み子と呼ばれる存在である。


 それは、彼女の容姿にある。

 透き通るような白髪に、陽光に当たったことがないような真っ白な肌。


 そして、血のように赤い瞳。

 アルビノと言うのは、この国では不吉の前兆である。


 遠く離れた別の国では、逆に神の遣いとして丁重に扱われるようである。

 地理と文化でこんなにも変わるものなのかと思うが、それはともかく。


 この国では、イズンは忌避され、恐れられ、排斥される存在である。

 後天的ではなく先天的だったため、俺と出会うまではなかなかにえぐい人生を送っていたようだ。


 少し普通とは違う話し方も、それが影響しているのかもしれない。

 ……それにしても、よくもまあ本人を前にして忌み子なんて言えるよな。


 俺は絶対に言えない。

 復讐されそうで怖い。


「…………?」


 とはいえ、イズンは自分がとんでもない言葉で罵倒されているにも関わらず、首を傾げているだけだ。

 言い返したりするよりも、むしろこれが一番強いかもしれない。


 まったく効いていないもんな。

 まあ、イズンがこの対応なら、俺も適当にやり過ごして……。


「いいかね、アポフィス。まだ若い貴様には分からんかもしれんが、使用人は主の映す鏡だ。使用人に忌み子がいれば、それだけで貴様の価値、格は下がる。覚えておきたまえ」


 …………ん?

 今、俺の格が下がるって言った?


「まあ、貴様も弟殺しの忌むべき貴族になったわけだが」


 ――――――は?

 イズンが何を言われても右から左だった俺だが、一瞬で沸騰した。


 この野郎……!

 イズンのことはどう言っても構わない。


 だが、俺の悪口だけは絶対に許さねえ!


「ええ、ご忠告痛み入ります」


 下げていた頭を上げ、にっこりと笑う。


「しかし、余計なお世話です」

「なに?」


 ピクッと頬を引きつらせるケルファイン。

 それだけでも、俺的には爆笑ものだ。


 だが、この程度でこの俺様をバカにしたことが済むと思うな!


「私はともかく、この子はとてもよく働いてくれています。今では、アポフィス領になくてはならない存在。そう、私にとっても」


 しかし、自分のためにキレれば、それは何ともみっともない。

 だから、イズンのために怒っていますよアピール。


 こうすれば、いざというときに自分のためではなく他人のために義憤を抱いたということになる。

 意外とこういう感じだと味方ができやすいんだよな、この国。


 ほんと、意味わからねえ。


「引きこもって指図するしか能のないあなたに言われる筋合いはない」

「……っ!!」


 キリッと顔を作って、ケルファインを糾弾する。

 おほぉぉっ!


 あの四大貴族に、こうまでも一方的に……!

 き、気持ちいい……!


『引きこもって指図するしかない無能……自己紹介ですか?』


 誰のことを言っているのかな?

 いったい誰のことなのか……っていうか、俺は無能とまでは言っていないだろ!


「この私にそこまでの口をたたいたこと、心の底から後悔させてやる……!」


 ナナシに怒りを膨れ上がらせていると、ケルファインも憤怒の様子だった。

 最初に煽った方が負けなんだぞ。


 だから、お前は負け。

 敗北者である。


「その忌み子諸共、この世界から消してやる!」


 そう負け犬の遠吠えを発すると、ケルファインはさっさと歩いて行ってしまった。

 その背中を見送り、俺の胸に去来したのは……充実感。


 あー……しばらく枕を高くして寝られるわ。

 なにせ、あの四大貴族を口論で打ち負かしてしまったのだから。


「バロール殿!」


 そんなことを考えていたら、イズンにタックルされる。

 抱き着きのつもりかもしれないが、もはやこれは攻撃である。


 処刑案件かな?


「イズン、嬉しかったカモ! イズンも頑張るからネ!」

「ふっ……」


 イズンが抱き着きながら言う言葉に、俺が思わず笑顔になる。

 無邪気な笑みは、心底喜んでいるようだ。


 俺が自分のために怒って、誰も逆らうことのできない四大貴族に立ち向かったように見えているのだろう。

 完璧である。


 完璧なのだが……。


「(あそこまでは言わなきゃよかった……)」


 そう思わずにはいられない俺だった。

 あれ、絶対めちゃくちゃ敵視されたよな。


 これから、何があっても助けてくれないだろうし、むしろ殺しにかかってくるだろうな。

 ……憂鬱だ……。


「ふーん、おもしろっ」


 がっくりと肩を落とす俺は、物陰に隠れてほくそ笑む存在に気づくことはなかった。


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