第25話 げっ
ガタガタと馬車の中が軽く揺れる。
ある程度舗装されている道だからまだマシだが、これが獣道とかだったら、マジで大変なことになっていただろうな。
俺のケツが死んでいたに違いない。
まあ、そんな道だったら、絶対に貴族議会なんか行かないけど。
それに加え、俺は馬車の改良をさせ、あまり振動が伝わらないようなものを利用している。
もちろん、税金を投資し、領民に働かせて、だ。
俺の移動のために税を使ってもらえるとか、アポフィス領の連中は幸せ者だな。
『どうして私まで連れ出したんですか、ご主人様。そんな危険なところに、よくも私を……』
表情は変えずとも、心底不満だと雰囲気で表しているのは、ナナシである。
完全に引きこもる気満々だったこいつは、俺に連れ出されて苛立たし気だ。
そんな危険な所に、主一人だけで突っ込ませる気満々だったお前ってなんなの?
『だいたい、不在時の屋敷の管理はどうするんですか。私の素晴らしい家事能力がないと、大変なことになりますよ』
かなり自意識過剰な発言だが、意外にも間違いではないので腹立たしい。
こいつ、性格はヘドロだが、家事能力だけは一級品。
どこでもメイドを務めることができるだろう。
屋敷の管理は、アシュヴィンを残してきたから大丈夫。
お前と二人でいる時よりは管理も甘くなるだろうが、まあ少しの期間だし大丈夫だろ。
『そもそも、他のメイドもまともに家事をやれって話ですが』
本当だわ。
珍しくナナシの意見と合致する。
そもそも、あまり税を使いたくないから、雇っている使用人は少ないのだ。
で、なぜか俺のところに集まる使用人は、普通の使用人と違うというか……。
家事ができないメイド衆である。
変だな……。
俺の望むべき寄生先が現れた暁には、ナナシもろともクビにしてくれる。
『と、とばっちり……』
いや、そうでもないだろ……。
ここで、少し俺の雇っているメイドのことを思い出す。
ナナシに次いで家事ができるアシュヴィンは居残り。
ただし、肉盾要員がナナシだけだと心もとないのも事実。
スペアを用意しておかなければならない。
『私たちのこと、いざというときの囮としか見ていない感じがえぐいですね、ご主人様』
へへっ、照れるぜ。
アルテミスはギャアギャアやかましいからアウト。
もう一人の【あれ】は俺の言うことをまともに聞かなそうだからアウト。
それゆえに、消去法で選ばれたメイドは……。
「うワー。すっごい早いヨ、バロール殿!」
キラキラと目を輝かせて馬車の外を見ているイズンだった。
彼女もまた、俺に仕えているメイドの一人である。
肩にかからない程度のボブカット。
コロコロと変わる表情。
アシュヴィンは柔和という印象だが、イズンは快活。
好奇心旺盛な子供のようである。
あまりにも特徴的なのは、真っ白な髪である。
アシュヴィンのような輝く銀髪ではなく、透き通るような白い髪だ。
肌はずっと太陽の光に当たったことがないような白さ。
血管が浮かび上がっていそうだ。
そして、真っ赤な瞳。
まるで、血のようだ。
アルビノと呼ばれるらしいが、異民族と同じく外見で普通の王国民とは異なることから、イズンも排斥されていた人間である。
……俺の周りって、そういう奴しかいないの?
いや、別にいいんだけどね。
俺の役に立つんだったら、どんな人種でもどんな見た目でも構いやしない。
しかし、俺のことをバロール殿って……。
普通、様付けじゃん?
許せないじゃん?
『器がいちいち小さいですね、ご主人様』
逆に大きすぎるくらいだわ。
「久々の外! バロール殿も一緒ダシ、すっごく楽しみカモ!」
「ははっ。あんまりはしゃいで勝手なことはしないようにな」
少し特徴的な話し方のイズンに、俺は笑いかける。
肉盾が自分勝手に行動し、いざというとき手元から離れていたら最悪だからな。
勝手なことはするなよ。
『最悪なのはご主人様の頭では?』
人類史上最高の頭脳になんてことを……。
「ウン! もちろん、バロール殿から離れないヨ。ずっと一緒だしネ」
え……ずっとはちょっと……。
近寄ってきて、ぎゅっと抱き着いてくる。
まるで、懐いた兎のようだ。
「ウワァ、ウワァ……」
俺の言ったことに頷いていたイズンだったが、王都の中に入ると、馬車から見える街並みにくぎ付けになっていた。
さすがに首都ということもあって、その発展は王国一だ。
物珍しく思っても仕方ないかもしれないが……。
てか、お前王都出身じゃなかったっけ?
そんな珍しいものでもないだろ。
「……用事が終わったら、少し王都を見て回ろうか」
そう思っているにもかかわらず、俺はそうイズンに提案していた。
「いいノ!?」
「ああ」
赤い目を輝かせるイズンに、俺は笑いかける。
仕事サボれるし。
せっかくここまで来たら、できる限り帰りたくない。
仕事、したくない。
イズンの要望に応えるという形なら、俺のわがままで王都に滞在したということはなくなる。
ふっ、完璧だ。
「ありがトウ! 大好き、バロール殿!」
「はっはっはっ」
抱き着くな、暑苦しい。
随分とスキンシップが激しいイズン。
過去のことと関係があるかもしれないが、俺は関係ないから勘弁してほしい。
そんなことを考えながら、貴族議会へと向かうのであった。
◆
貴族議会は、王城のすぐ近くにある。
それほどこの王国にとって重要だとアピールしたいのだろう。
そういう自己顕示も鬱陶しい。
「少し時間は空くんですか?」
「今回は全員宮廷貴族の参加が強制されるわけじゃなく、参加したい者だけ参加するらしいから、待たされることはないな。そもそも、あっちが指定してきた日時だし」
国の重要な選択をする際には、宮廷貴族は全員参加の上で採決をとる。
だが、今回のように……言ってみれば、領地持ちの貴族をいびるためなら、全員参加とはならず、参加したい者だけが参加し、罵詈雑言を浴びせるのだ。
まあ、俺にそんなことをしたら許さんが。
絶対に地獄を見せてやる。
そんな考えをしながら長く広い廊下を歩いていると……。
「げっ」
小さく声を漏らす。
それは、前から歩いてきた奴が問題だ。
ケルファイン。
宮廷貴族の中でも最上位……四大貴族の一人が、歩いてきたのであった。
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