第18話 ふっ、ちょろいぜ
「戦況は?」
「万事滞りなく、順調ですわ」
尋ねれば、にっこりと笑ってアシュヴィンが言う。
実は戦況は悪化の一途をたどっていて、嘘をついて誤魔化している……ということはなさそうだ。
『まったく他人を信用しませんね、ご主人様』
この世で信じられるのは、俺だけだ。
しかし、アシュヴィンが嘘をつく理由もないだろう。
……いや、マルセルのスパイとかだったら、ありうるかもしれない。
戦況が優位だと俺に言って、調子に乗らせ、そして……。
ひぇっ……。
とはいえ、アシュヴィンがマルセルに与するようなことはないだろう。
こいつ、なかなかひどいことをマルセルにされていたみたいだしな。
弟を殺されたんだっけ?
やりすぎだろ……。
「先日も申し上げましたが、もともとこちらに敗戦など万に一つもない戦です。人員、練度、士気……どれをとっても、バロール様の兵たちの方が高いですわ。いずれ、押しつぶすことができるでしょう」
アシュヴィンがスラスラと述べる。
確かに、俺が負けることはないだろう。
常に勝利を約束された存在が俺だからな。
だが、この戦争、勝ち負け以外にも重要なものがあった。
「だが、問題は時間だ」
「はい。あまり時間をかけていると、中央からの干渉も始まるでしょう」
そう、時間だ。
幸いにして、マルセルについて蜂起した勢力は、それほど大きくない。
それゆえに、今はまだアポフィス領のみの問題として捉えられているし、中央に情報が行くこともない。
このまますんなりと鎮圧できれば、何も問題はない。
だが、この情報が中央に広まれば?
そうなると、確実に中央は動く。
なにせ、大事な税を納める土台なのだから、荒れるのは望まないだろう。
そして、奴らが動いたとして、俺の敵に回ることはない。
この戦争、どう見てもマルセルに正当性がないからだ。
領民たちからも好かれているのは俺だし、間違いなく善政を敷いていた。
俺に収められる税が減ったら嫌だしな。
もともと、変化をあまり好まないのが中央だ。
領主を変更するとなると、なかなかに大がかりなので、中央もやりたがらない。
そう考えると、別に悪いこともないのではと思うだろう。
「(だが、である)」
中央は、陰険な奴らの巣窟だ。
マルセルの蜂起を、『領地をしっかりと治められない領主』として俺の評価につなげるだろう。
他人から見下されること自体我慢ならず、死ねとしか思わないが、さらに問題がある。
中央から嫌われてしまうと、何かと不都合を押し付けてくるようになるのだ。
たとえば、領主から中央に収める税負担が少し重くなったり、兵を出さなければならない事態になれば、他よりも多くの兵を出すことを求められたり……。
ちょっとした意地悪かもしれないが、それが続くとおぞましさを覚えるほどに面倒である。
それゆえに、できる限りさっさとこの戦いを終わらせ、マルセルを亡き者にしなければならないのだが……。
「俺は、このアポフィス領が好きだ。領民たちが、何よりも大切だ。俺がいなくなっても、彼らが幸せに暮らせるのであれば、喜んで領主の座を退こう」
とりあえず、いい領主アピールはしておこう。
ちなみに、俺よりも優れた領主は存在しないから考えるだけ無駄なのだが、仮にそんなのがいたとしても、俺は絶対にアポフィス領を明け渡したりなんかしない。
俺を養ってくれる領地を手放すバカがどこにいるというのだ。
「だが、万が一にも悪人が領主をすることになれば、目も当てられない。そんなことは、許容できない」
あくまでも自分のためじゃなく、領民のためですよアピール。
「だから、この戦いは中央の介入の前に、必ず終わらせるぞ」
「はっ!」
アシュヴィンは感極まったように目を潤ませている。
ふっ、ちょろいぜ。
俺の演技、イケメンがあれば、これくらい容易いことよ。
さて、しかし時間をあまりかけていられないのも事実。
さあ、どうするか考えろ、アシュヴィン。
俺は知らないぞ。
少し悩むしぐさを見せていたアシュヴィンは、顔を上げる。
「では、相手の主力を潰してしまいましょう」
「主力……マルセルの護衛か?」
マルセルの奴、明らかに堅気でない連中で周りを固めているから怖いんだよなあ。
俺みたいな善良な人間がかかわってはいけないような連中。
見た目がやばいから中身もやばい。
絶対そうだわ。
そんな恐ろしい護衛たちを倒すことができれば、確かにマルセルも諦めそう。
「いいえ、彼らはただの雑魚ですわ。いつでも捻り潰せます」
ひぇっ。
君、メイドのくせにバイオレンスすぎない?
というか、あんな強そうな奴ら、華奢な身体のアシュヴィンたちにはどうしようもできないと思うんですけど。
18禁凌辱シーンの突入じゃないの?
俺は興味ないから見ないけど。
「今、アポフィス領でマルセルに味方しバロール様に剣を向ける者は、愚者か常識知らず。そして……」
アシュヴィンの目は、ゾッとするほど冷たく……。
「傭兵ですわ」
ちょっと漏らしかけた。
◆
「ついに……ついに、僕が頂点に立つ時が来た!」
歓喜の笑みを浮かべているのは、マルセルだ。
当然であるが、バロールに殴られた顔面は回復している。
元の整った顔つきだ。
しかし、バロールに殴り飛ばされたという事実は変わりない。
領民にも目撃されたそれは、マルセルの中では許しがたいことだった。
きっと、領民たちから自分が避けられているのも、すべてあの時の事件のせいだ、とマルセルは思っている。
だから、今回の蜂起は、そのうっ憤を晴らすためでもあった。
「ですがぁ、現在押されているようですがぁ」
ニヤニヤと笑いながら、マルセルに問いかける男。
本来、彼にそんな都合の悪いことを言えば、虐殺されても不思議ではない。
だから、男がそんなことを言うのは、自分が殺されるはずがないと確信しているからである。
事実、マルセルは不快そうに顔を歪めながらも、怒りをぶつけることはなかった。
「誰が正面からあんな馬鹿と顔を合わせてやるかよ。しょせん、そいつらは捨て駒。本命は君たちだよ、『異民族』」
ただ、言い返すことは必ずやるのがマルセルである。
黙ってやられるだけのはずがなかった。
異民族。
そう言われた男は、褐色の肌という分かりやすい特徴を持っていた。
彼もまた、アシュヴィンと同じく、忌み嫌われている異民族である。
「マルセル様ぁ。その言葉に、嘲りを含まないでくれませんかねぇ。私たちは、異民族であることに誇りを持っているんですからぁ」
「あ、ああ……」
ただし、その異民族は王国で見られる弱い存在ではなく、確かな力を持った『集団』だった。
その冷たい言葉に、マルセルですらも冷や汗を垂らすことしかできない。
他の一般的な異民族と違い、自分たちの種族を忌避するようなことはなく、誇りを持っていた。
「とにかく、正面から馬鹿正直にバロールに付き合ってやる必要はない。一気に本丸であるバロールを殺せれば、このアポフィス領は僕のものだ」
マルセルは、彼ら異民族の暗殺部隊を用い、バロールを直接殺そうと画策していた。
正面から武力衝突をすれば、それは敵わない。
マルセルに人望がないということを除いても、革命側が正面衝突で打ち勝つことは、ほぼない。
革命側が勝つには、ゲリラ戦。
そして、暗殺である。
「そうしたら、私たちにも光を当てていただけますよねぇ?」
「もちろん。これは、取引なんだからな。持ちつ持たれつでいこう」
「はいなぁ」
ヘラヘラと笑う異民族の男は消える。
彼だけではない。
複数の異民族の男女が、スッと一瞬で消え去った。
マルセルの指令通り、バロールを暗殺しに向かったのである。
彼らは王国で忌避される異民族。
それゆえに、徒党を組み、能力を磨き、こうして生き残ってきた。
その任務達成率は、驚異の百パーセント。
確実に任務を遂行するがゆえに、この王国でも成功を収めた恐るべき組織だった。
マルセルは狂喜の笑みを浮かべる。
「さあ、バロール。首を洗って待っていろよ。はははははっ!」
なお、のちに凍り付く模様。
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