第17話 内乱は死ね



「すやぁ……」


 執務室の机に頬をへばりつかせながら、俺は惰眠を貪っていた。

 寝室で寝るよりも、執務室で居眠りする方が気持ちいいんだよな。


 やっぱり、本来は仕事をする場ということがあるのだろうか?

 寝てはいけない場所で寝ることができるという至福。


 うーん、堪らない。

 そんな時、コンコンと扉をノックされる。


『バロール様、アシュヴィンです』

「ああ、入ってくれ」

『切り替え早いですね、ご主人様』


 同じく『すやぁ』していたナナシが突っ込んでくる。

 よだれの痕がついているぞ。


 惰眠を妨害されたことに多少イラっとはするものの、まさか居眠りしている様子をアシュヴィンに見せられるはずもない。

 俺は一瞬でペンを手に取り、書類を眺める。


「あら、お仕事中でしたのね。邪魔をしてしまい、申し訳ありません」

「気にしないでくれ。少しは息抜きもしないとね」

『さっきまでサボって寝ていましたよね』


 アシュヴィンはそれを知らないから、今俺が言ったことが真実になるんだよなあ……。

 ニッコリと微笑みあう俺とアシュヴィン。


「それで、どうかしたかい?」

「ええ、先日にやってきた方なんですけど……」

「ああ、マルセルの……」


 思い出されるのは、先日この屋敷の前にやってきて、やかましく騒いでいた男のことだった。

 まったく……ルールも守れない奴が偉そうに自分の意見だけ押し切ろうとしやがって……!


 俺だって、ちゃんと領主の仕事をしながら、甘やかして領地をうまく回せる人材を探しているというのに。

 アシュヴィンいわく、普通の領民ではなく、マルセルの息がかかった人間だったらしい。


 だとしたら、そもそも俺が丁寧に応対してやる必要もなかったのだが。

 どうせ、マルセル側って、俺がどんなことをしても反発するし。


 そんな奴らのために割く時間なんて微塵もない。

 寝ていた方が建設的である。


「でも、納得して帰ってくれたのだろう?」


 俺が対応せずとも、アシュヴィンがうまくしてくれた……と報告を聞いている。

 実際に、すぐに騒ぎ声は聞こえなくなったし。


 ……いや、あの時も居眠りしていたから、いまいちよく分からないけど。

 目が覚めたらナナシがかなり近くで『すやぁ』していたからビビった。


 よだれついたんだぞ、テメエ。


「はい。ですが、どうやら消息を絶たれたみたいで……」


 なんで?

 あまりにも強烈な報告に、目を見開く。


 どうして俺の屋敷に来てから消息を絶つんだよ。


「そのことで、マルセル様がバロール様の仕業だと言い、蜂起しました」

「なんで!?」


 今度こそ我慢できずに、口に出してしまった。

 いや、そりゃビビるわ!


 もうめちゃくちゃじゃねえか!

 勝手に消息を絶っているそいつもそいつだが、いきなり俺のせいにして蜂起するマルセルもマルセルだ。


 お前……!

 内乱のこと簡単に考えすぎだろ……!


 間違いなく内乱の首謀者は処刑だぞ!

 ……別にいいか。


 俺じゃないし。


「ですが、すぐに対応しておりますわ。私兵たちを、アルテミスたちが指揮しております。蜂起した人数もそれほど多くはありませんわ」

「お、おう……」


 ……行動早くない?

 アシュヴィン、優秀すぎない?


 いや、ありがたいんだけどね。

 すっごく助かるし。


 ……ただ、なんというか……うーん。

 もやっとした感覚がある。


 まるで、こうなることが分かっていたかのような、迅速な対応。

 ……まあ、俺とマルセル、びっくりするくらい仲が悪かったし、予想はできるか。


 でも、内乱は死ね。


「そもそも、アポフィス領の領民たちは、ほとんどがバロール様を支持しております。ここでマルセル側についている者を一網打尽にできれば、バロール様の地位は盤石なものとなりますわ」

「そ、そうか……」


 俺よりも俺のことを考えていて、何か怖い。

 しかし、俺は嫌というほど領民に媚びを売っているのだから、逆に領民をいじめるようなマルセルより人気があるのは当然と言えるだろう。


 胸を張る。


「……はあ」

「あら、ナナシ。何か?」

「いいえ、何も」


 ため息をつくナナシ。

 アシュヴィンには何でもないと言いながら、俺を見て『こいつ、何も分かってねえなあ』みたいな顔をしてくる。


 止めろ。

 俺はすべてを知り尽くした賢者である。


「こちらが敗北することは万に一つもありませんが、バロール様の護衛として、メイドのいずれかを常時配備することになりますわ。窮屈を感じさせてしまいますが、ご容赦くださいませ」

「わかった」


 ……護衛にメイドって、やっぱりなんかおかしいよなあ。

 というか、君たち俺を守れるくらい強いわけ?


 いざというときの肉壁?

 だとしたら、ありがたくいただくけれども。


 まあ、安心しろ。

 一番に盾になるのは、ナナシだから。


『その後、ご主人様を盾にして、遺った財産は私のものに……』


 俺を屠る算段をつけないでくれる?

 っていうか、盾がご主人様を盾にしようとするな。


 呪いの装備か。


「しかし、マルセルがこんな短絡的な行動を起こすなんて……。残念だよ」


 愁いを秘めた顔を作り、ため息をつく。

 もちろん、まったくそんなことは思っていない。


 あのバカは短絡的だし、残念でも何でもない。

 こうして、『弟と戦うのは望んでいないよー』とアピールをしておくと、悲劇の領主となる。


 嬉々として弟を殺そうとする領主の方がやばい。


「バロール様、しかし……」

「ああ、分かっている。あいつに領地を……領民たちを任せるわけにはいかない」


 ひいては、俺の財産を渡すわけにはいかない。

 たとえ、領主の座を退いたとしても、財産だけは俺のものである。


「この戦い、勝とう」

「はい!」


 俺が言えば、アシュヴィンが強く頷く。

 まあ、目の上のたん瘤だったしなあ、マルセル。


 前領主の血を引く奴がいると、そいつが望まなくても、他の奴が反バロールとして担ぎ上げかねない。

 なら、ここで完全に断ち切るのも悪くない。


 俺は手を出さないけど。

 戦争、怖いし。


『うーん、このご主人様……』


 そんなこんなで、アポフィス領の領主権をかけた戦争が始まったのであった。



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