第19話 異民族の地位の向上

 


 マルセルに雇われた異民族の傭兵集団。

 彼らの名前を、『シルケイア』と呼んだ。


 王国では迫害を受ける異民族。

 基本的に、彼らは王国で普通の生活を送ることはできない。


 なにせ、王国にいる異民族というのは、往々にして捕らえられ、奴隷として売り飛ばされているのだから。

 そして、その奴隷としても、かなり厳しい生活を強いられている。


 異民族を同じ人として見ていない者も多いのが王国だ。

 ならば、人としての生活を送れるはずもない。


 捕まえられたら、死ぬ。

 それが、異民族たちの常識だったし、事実でもあった。


 しかし、時折その主人から逃げ出す異民族たちもいる。

 幸運にもその後捕まらず、逃げ切ることのできた異民族たちは、徒党を組む。


 王国は、一人で生きていけるような優しく甘い場所ではない。

『シルケイア』は、そんな経緯から生まれた。


 一人では生きていけない異民族が、身を寄せあい、生きていくための組織。

 最初は、人数も少ない小さな組織だった。


 しかし、少しずつ、少しずつ人が増えていった。

 人が増えると、組織化されていく。


 そして、組織として生きる糧を見つけていく。

 それは、誰もがやりたがらず、しかし需要が確実にあるもの。


 つまり、非合法。

 暗殺を筆頭にした、後ろ暗い仕事である。


 決してこの世からなくならず、しかも報酬もかなり高額になる。

 こうして、異民族はこの王国で生きていた。


「でも、リーダー。なんであんなアホガキの味方をするんだ? 俺、正直嫌なんだけど」


 リーダーと呼ばれた男――――シジルクは、苦笑いする。

 そう声をかけてきたのはシルケイアのメンバーだが、どうにも直接的すぎる。


 この感想を聞かれていたら、また面倒なことになるのだが……。

 まあ、マルセルにシルケイアを監視するだけの人材は残っていないので、問題はない。


「まあ、そう言わずに。あれでも金払いはいいんですよぉ。あと、少しでも私たちの地位を向上させるには、あのバカを扱っている方がいいですよぉ」

「俺たちは結構うまくやっていけてるよな? それでも、地位の向上とか考えないといけないのか?」


 疑問を覚えるメンバー。

 事実、シルケイアは非常に好調だ。


 異民族が、衣食住に困ることなく、普通の王国民よりも財産を持っていられているのは、この組織に所属している者だけだろう。

 奴隷として地獄のような日々を経験したことがある者たちなら、この環境に満足するのも悪くないし、普通のことだろう。


 だが、シジルクは首を横に振る。


「私たちはねぇ? ただ、今も逃れらず、奴隷として捕まっている異民族。そして、これから捕まるであろう異民族。彼らはどうですか?」

「あ……」


 確かに、シルケイアの異民族たちなら、これ以上の地位の向上は不要かもしれない。

 だが、この組織にたどり着くこともできず、野垂れ死ぬ異民族も大勢いる。


 取りこぼしている数は、かなりのものだろう。

 そんな同胞を少しでも減らすためには、組織だけではなく、異民族という種族全体の扱いを向上させなければならないのだ。


「彼らのためにも、少しでも地位を向上し、過ごしやすい王国を作る。……まあ、略奪なんてしまくっていたら、そりゃ嫌われますよねって話ですがぁ」

「どっちの味方だよ!」

「あははぁ」


 シジルクは、他の多くの異民族たちと違い、自分たちが一方的な被害者だとは思っていない。

 被害者であることは間違いないだろう。


 人権を踏みにじられ、尊厳を奪われ、人間として扱われないことは、間違いなく被害者と言っていい。

 だが、そうなるまでの過程では、異民族は被害者ではなく加害者である。


 他人が汗水たらして形成した財産を、暴力によって略奪するのだ。

 それを止めようとすれば、殺すことだってある。


 なら、自分たちだけが被害者だと騒ぎ立てることを、シジルクはできなかった。


「でも、なんでまたアホガキの味方を? ぶっちゃけ、勝てる見込みゼロだろ。絶対に領主が勝つぞ」

「ええ。ですがぁ、確実に勝つと思われている方に味方をして、何の得があるでしょうか? こういうのは、絶対に不利だと、負けると思われている方に味方し、逆転してみせることで、その価値を上げることができるのですよぉ」


 今バロール……領主側に付いたとしても、シルケイアはそれほど利益がない。

 圧倒的優勢であるのに、今から功績を立てようとするのも難しい。


 そもそも、シルケイアは胸を張って日の下を歩けるような正当な組織ではない。

 後ろ暗い組織である。


 領主がそんな組織と堂々と手を結ぶことなんて、できるはずもない。

 だから、彼らはマルセルに協力しているのだ。


「だからって、アホガキと心中なんて御免だぞ?」

「だからこそ、暗殺なんですよ。前衛として最前線に送り込まれて、潰されないようにねぇ」


 もちろん、マルセルと一緒に死んでやるつもりなんて毛頭ない。

 シルケイアはかなり戦闘能力に特化している傭兵集団であるが、この劣勢で最前線に赴き、逆転することはさすがに難しい。


 かすかな勝機が残っているとすれば、それは暗殺以外にないのである。


「まあ、リーダーのことは信用しているし、ついていくだけでいいっていうのは分かっているんだけどな。余計なことを聞いてしまって、悪かった」

「いえいえ。それに、私たちがマルセル様の味方をする理由は、もう一つ大きなものがあります」

「それは?」


 首を傾げるメンバーに、シジルクは笑顔を消して言う。


「今の領主が、異民族をメイドとして雇っているからです」

「――――――!!」


 息をのむメンバーたち。

 異民族が雇われるということ。


 それは、すなわち……。


「おい、それって……」

「あなたたちが経験しているから、分かっているでしょう? 異民族を使用人として雇っている者が、まともなことがありましたかぁ?」


 雇うという言葉は、異民族たちにとってはまったく別の意味になる。

 それは、奴隷として飼われていることに他ならない。


 そして、異民族たちの扱いは、王国では人間とみなされないことからもひどいものだ。


「……つまり、今の領主は、俺たち異民族を下に見て迫害する、クソ野郎ってことだな」

「ええ。ですからぁ、私たちの地位を上げることと同時に、そんな不心得者は消しちゃいましょう」


 彼らは信じる。

 自分たちの行為が、異民族のためになるのだと。


 それこそが、正義であると。


「さあ、『シルケイア』のお仕事ですよぉ」

『おぉっ!』











 ◆



「異民族の地位の向上、ですか……」


 ポツリとアシュヴィンは呟く。

 彼女も異民族だ。


 そして、地獄を見ている。

 シルケイアの思想に共感し、感動し、協力する。


 そんな未来があっても、決して不思議ではない。

 だから、彼女は言った。


「本当に、くだらないですわ」

「ぐ、あ……」


 倒れ伏すシルケイアの面々を冷たく見下ろし、吐き捨てた。



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