第6話 ええんやで



 「バロール様、本日は見事でしたわ。困る領民を見捨てない領主が、いったいどれほどいるでしょうか? わたくし、バロール様にお仕えできて、本当に幸せですわ」

 「ええんやで」


 時刻は夜。

 クソくだらないマルセルの取り巻きの騒動は終わり、俺の評価は爆上がり。


 優しい領主がいじめられる領民を救った形になったからね。

 マルセルの評価は落ち、俺の領主としての立場はさらに強固なものとなったのである。


 やったぜ。

 俺も、できる限り領民が苦しむ状況は避けたいと思っている。


 なにせ、俺を養う血税を作り出す奴らだからな。

 まあ、俺が危険なら当然助けないが。


 天秤にかけるまでもなく、俺の方が大切だからだ。


「しかし、彼らはどうしたものか……」


 俺は顎に手をやって悩む。

 どうやって牢獄にぶち込んでやろう。


 俺は、俺に害意を向けた者を許さない。

 絶対に許さない。


 刃物を向けられる恐怖を知らないのか?

 本当ふざけるなよ。


 この俺に恐怖を感じさせたという時点で、万死に値する。

 さすがに殺すのはあれだけど、牢獄にぶち込むくらいは絶対にしてやる。


 どんな冤罪を吹っ掛けてやろうか……。


「彼らは大丈夫ですわ。わたくしたちが対応しますので」

「そうか? じゃあ、任せるよ」


 俺を見て、にっこりと微笑むアシュヴィン。

 彼女以外のメイドとも協力して、何とかしてくれるのだろうか?


 ラッキー。

 取り巻き共、ガキにぶっ飛ばされるくせに外見は怖いから、できる限り顔を合わせたくないし。


 やってくれるんだったら、任せるわ。


『……知らぬが仏ですね』


 ナナシが意味深なことを言ってくる。

 止めろ。


 なんか不安になるだろ。


「ささ、お酒はいかがですか、バロール様?」


 そう言うアシュヴィンの手には、酒瓶が持たれていた。


「え、いいのか? 普段はできる限り飲まないようにって言われているが……」

「ええ。今日は特別ですわ。細かいことに気づけなくなるほど、飲んでいいですわよ」

「ははっ。そこまでは飲まないよ」


 俺は微笑みながら、グラスを差し出す。

 アシュヴィンもまた笑みを浮かべながら、注いでくれる。


 ほっほー!

 なんか知らないが、今日はいい日だ!


 よっしゃあ!

 飲んで明日は二日酔いのふりをして仕事をさぼるぞ!


 俺はアシュヴィンの思惑など知る由もなく、上機嫌の酒を飲み下していくのであった。










 ◆



「お、おい、本当にやるのか?」

「ああ。このままだと、あのメイドに殺されちまう。やられる前にやるしかねえ」


 ヨルダたちの姿は、バロール邸の前にあった。

 夜の闇に紛れて、彼らの姿は非常に見えづらい。


 彼らがここに来た理由は、至極簡単。

 あの異民族のメイド――――アシュヴィンを、ひいては領主バロールを暗殺しに来たのである。


「本当にあのメイドにそんなことできるのかよ? 異民族で、しかも女だぞ?」

「テメエらはあいつに直接見られてねえから分からねえんだ! 俺は分かる……。あいつは、俺たちのことを人間なんて思ってねえ! そこらに落ちている石と、一緒の価値だと思ってやがる! そんなの、殺す気がなくても、踏みつぶされることだってあるだろうが!」


 この暗殺を強く推し進めたのが、ヨルダである。

 彼はアシュヴィンの脅威を強く訴え、この凶行に及ぼうとしている。


 だが、他の仲間たちからすれば、ヨルダがこれほどまでに怯える理由が分からなかった。

 見た目も強そうには見えなかったし、普通のメイドだった。


 そんな彼女を殺すためだけに、領主に刃を向けるというのは、荒くれ者でも躊躇するところがあった。


「で、でもよ、いくら何でも領主の館に忍び込んで、暗殺なんて……。こ、これが成功しても、俺たちはタダじゃ済まねえだろ!」

「じゃあ、お前らはマルセル様に何て言って戻るんだ!? バロールどころか、そのメイドに気圧されて逃げ出したとでも言うのか!?」

「……っ!」


 言葉を詰まらせる。

 領主の館に忍び込むだけでも重罪なのに、領主を害するつもりだということになれば、処刑されても何ら不思議ではない。


 怖気づくが、しかしバロールにしっぽを巻いて逃げたということがマルセルに知られれば、それもタダでは済まない。


「どちらにせよ、俺たちは崖っぷちにいるんだよ。生き残りたけりゃ、バロールを殺せ」


 ヨルダの言葉に、荒くれ者たちが覚悟を決めようとした、その時だった。


「殺すのはよくないヨ!」

「っ!?」


 キン、と甲高い声音が響いた。

 静かな夜で、自分たち以外の声が聞こえてくるとは思っていなかったヨルダたちは、ぎょっと目をむく。


 視線の先には、メイドがいた。

 アシュヴィンと似ているが、輝きがないため、銀ではなく白髪。


 それをボブカットに切りそろえているメイドは、夜の闇に映えるように真っ白だった。

 髪も、肌も、純白である。


 一方で、目はまるで血のように赤い。

 アルビノ。


 彼女もまた、異民族と並んで忌避される容姿である。

 儚さを訴えかけてくるような白さだが、プンプンと頬を膨らませていることからも、感情豊かなメイドだと分かる。


 ロングスカートのエプロンドレスを身に着け、腰に手を当てて子供に注意するように指を立てる。


「とくに、あの人は大切な人ダヨ。殺したり傷つけたりしたら、ダメなんだからネ!」

「め、メイド?」


 プリプリと怒る彼女に、ヨルダたちは唖然とする。

 そして、サッと顔を青ざめさせる。


 彼女にばれてしまったということは、それはバロールにも伝わるということで……。


「ビビるな! あの異民族のメイドじゃねえ。ただの使用人なら、俺たちでも余裕で殺せる。騒がれないうちに、仕留めるぞ」


 たとえ、戦うすべを持たなさそうなメイドでも関係ない。

 自分たちのためなら、殺す。


 ヨルダはそう言ってのけた。


「あ、あいつの見た目、おかしいぞ。真っ白じゃねえか。気味が悪いぜ……」

「ひどいヨ! 人の見た目を悪く言うのはよくないヨ。悲しいヨ……」


 殺すと言われていることよりも、そっちの方がショックを受けているようで、メイドはしくしくと泣く……ふりをしていた。

 そのしぐさに気味悪さをさらに感じる。


 この国では、アルビノは異民族同様、忌み嫌われている。

 異民族の場合は彼らの所業が原因なのだが、アルビノは【ただ見た目が違うから】という理由だ。


 それゆえに、生まれてすぐに捨てられたり殺されたりといったことが往々にして起きている。

 このメイドが、この年齢まで成長できているのは、奇跡としか言いようがなかった。


 まあ、この場にいる誰もが、そんなことは考えもしないのだが。


「でもよ、見た目は悪くねえじゃん。たまには、ああいうのも相手にしてみたいな」

「おい、ここのメイドはまともじゃねえんだ! 見た目に騙されんな!」


 仲間の言葉に、ヨルダはギョッとする。

 確かに、今の言葉を吐いた男は好色だったが、今それを発揮されても困るのである。


 だが、ヨルダに対して、彼はせせら笑う。


「そうはいってもよぉ。俺は、ヨルダがあの異民族のメイドにビビっていたのも意味わからねえんだよ。普通のメイドじゃねえか。何をそこまでビビる必要があるんだ?」

「だから、それは俺たちを……!」

「見る目が異質だってか? そんなの、お前の捉え方の問題だろ? 俺たちは何とも思ってねえし」

「くっ……! このバカどもが……!」


 アシュヴィンの異質さを、異常さを悟ることができたのは、ヨルダだけだった。

 他の仲間たちは、ただマルセルが怖いから手柄を上げようとしているだけである。


 意識の差が、明確にあった。


「よし、あいつを捕まえて、少し遊ばせてもらおうぜ。そんで、人質にすれば、バロールにも使える。一石二鳥だ」

「へへっ、そうだな。おい、こっちに来い!」


 男たちはニヤニヤと嗜虐的にほくそ笑み、メイドの腕をつかむ。

 それにビクッと震えるメイド。


「あっ、ダメダヨ! イズンに触ったラ……」


 悲鳴を上げるメイド――――イズン。

 今までの会話と、男たちの下賤な笑顔。


 それに加えて腕をがっしりと掴まれれば、悲鳴を上げるのも当然だ。

 しかし、イズンが悲鳴を上げたのは、自分が害されるからではない。


「あ……?」


 ゴトリと、受け身も取らずに腕をつかんでいた男が倒れ伏す。

 何をしているのかと苛立ち混じりに覗き込んで……悲鳴を上げた。


「ひっ、ひいいいいいいいいいいいいっ!?」


 なにせ、その男は死んでから数百年も経ったように、ミイラ状態となっていたのだから。



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