第7話 囲うメイドたち
「なっ、なんっ、なんで……!?」
常軌を逸した出来事が起きれば、言葉も碌に出てこない。
ヨルダはそれを実感していた。
先ほどまで、自分と普通に会話をしていた仲間が、一瞬でミイラ化したのである。
そんな現象、理解しようとしてもできるはずがなかった。
「あー……だから、イズンに触っちゃダメって言ったのニ……」
「お、お前がこいつを……こんなふうにしたのか!?」
眉尻を下げ、シュンとするイズン。
その言動から、彼女が何かをしたことは明白だった。
「ひっ、ひいっ!? こんな化物がいるなんて聞いてねえよ! うわあああああ!!」
「あ、ま、待て!」
ヨルダよりも精神力が弱かった仲間の二人が、一斉に逃げ出す。
大声を上げているため、もはや暗殺もくそもない。
舌打ちをしつつ、ヨルダもどうやってこの状況を乗り切るか考えていたところ……。
「にゃ」
走っていた男たちの身体が倒れる。
首から上を失い、血を噴水のように噴き出させながら。
代わりにどこからか現れたのは、これまたメイド服の女だった。
「そうにゃ。お客さんをしっかり接待しないと、みゃあたちが怒られちゃうにゃ。歓迎されろ」
黒い髪は闇に溶けそうなほど。
短く切りそろえられたそれは、軽くウェーブがかっている。
ギラギラと闇夜に輝く金色の目は、イズンのアルビノとはまた別個に人の目を強く引き付ける。
例にもれずロングのエプロンドレスを着用しており、彼女もまたバロールに仕えるメイドの一人だと知ることができる。
何より特徴的なのは、ぴょこぴょことウェーブがかった黒髪から覗く猫耳としっぽだった。
それが示すのは、獣人。
これまた、この国では忌避される種族だった。
そんな彼女は、血に濡れた短剣を二つ握っている。
彼女が二人の首をはねたことは明白だった。
「は、は……?」
ヨルダは、目の前で起きたことを理解も飲み込むこともできていなかった。
仲間たちが、この短時間で皆殺しにされたのだから。
それも、ただのメイドに。
「普通はこのようなことを歓迎とは言いませんわよ、アルテミス」
「にゃ?」
その声が聞こえて、ヨルダの身体はビクッと震える。
それは、彼を恐怖に陥れ、領主邸襲撃を決意させた女の声だったからだ。
血だらけの惨状に似つかわしくない柔和な笑みを浮かべて歩いてきたのは、異民族のメイド――――アシュヴィンだった。
「そういえば、他の二人は何しているにゃ?」
「ナナシは寝ましたわ。コノハはどこにいるのか見当もつきません」
「どうしてメイドがどこにいるか分からないにゃ……」
「イズンも眠いから寝てもいイ?」
「もう少しだけ我慢してくださいまし」
三人のメイドの会話。
あまりにも気が抜けている。
隙だらけだ。
不意打ちを仕掛けてもいいし、何なら逃げ出してもいい。
だが、ヨルダがそうしなかったのは、どちらを選んだとしても殺されると、本能的に悟っていたからである。
すると、アシュヴィンの目がヨルダを捉えた。
「先ほどぶりですわね」
「テメエ……! 俺たちが来るってこと、知ってやがったのか……!?」
「いえ? ですが、屋敷の前でそんなに騒がれたら、当然気づきますわよ」
クスクスと楽し気に笑うアシュヴィン。
上品で美しいのだが、だからこそ恐ろしい。
死体が転がり、血だまりのあるこの場所で、そんな気品を見せつけているのだから。
「バロールの指示か? はっ! メイドなんかに守られて、情けねえなあ!」
それは、ヨルダの悪あがきだったかもしれない。
脂汗を大量ににじませ、バロールをけなす。
それは、自分を勇気づけるための虚勢だったかもしれない。
しかし、それは最悪の下策だった。
「…………」
彼女たち三人のメイドは、全員が感情豊かだった。
だというのに、今ヨルダを見る彼女たちの目は、まさしく無機質。
人間を見る目ではない。
道中を転がる小石のように、何の価値もないものを見る目で、ヨルダを見ていた。
完全なる無表情で、彼の顔を三人が凝視していた。
柔和な笑みを浮かべていたアシュヴィンも。
コロコロと表情を変えていたイズンも。
気まぐれにほくそ笑んでいたアルテミスも。
全員が感情を失ったように、人形のような無機質な表情でヨルダを捉えていた。
ゾッと背筋が凍り付く。
直接手で心臓を撫でまわされるような悍ましさが、ヨルダを襲う。
「バロール様はとてもお忙しいんですの。あなたみたいなつまらないことに、いちいち対応されていては、気苦労が絶えませんわ。だから、ゆっくりお休みになられている間に、わたくしたちで処理しようとしていますの」
「まあ、ご主人が気づいていないっていうのも怪しいけどにゃあ」
「怪しいヨ!」
しかし、次の瞬間にはコロコロと表情豊かな三人が戻ってくる。
だが、その表情通りに受け止める者は誰もいないだろう。
バロールを害そうとしていた時点でも決まっていたことだが、今の言葉でヨルダは確実に命を奪われることになった。
「ですから、バロール様がわたくしたちにお任せしてくれていると捉えることもできますわね。バロール様の信頼を裏切る、失望される……それが一番恐ろしいことですの。だから、早く終わりにしましょう」
「ま、待て! 俺はマルセル様の護衛だぞ!? そんな俺に手を出したら、本格的にこの領内で内戦が起こる……! 関係ない領民も巻き込まれる、内戦だ! それなのに、俺を殺すのか!?」
尻もちをつき、後ずさりしながらヨルダは叫ぶ。
そうだ。
領主はバロールで、もはや盤石ともいえる地位を築いているが、だからと言ってマルセルにまったく影響力がないわけではない。
彼もまた、領主となる資格は持っている。
そんな彼とバロールが衝突すれば、間違いなく大きな戦争となる。
領内だけでなく、領外にも影響を及ぼし、下手をすれば中央も重い腰を上げるかもしれない。
それは、マルセル側よりも、支配者側のバロールにとって悪いことだろう。
領内を穏やかに治められなかったとなれば、評価だって下がる。
悪ければ、領主追放。取り潰しだってある。
だから、自分を殺すな。
騒ぎを大きくするな。
そう言った彼に対し、アシュヴィンは満面の笑みを浮かべる。
「ええ、戦争をしましょう」
「――――――っ!?」
何を言われたのか、理解できなかった。
戦争を……望んでいる……?
「いい加減、アポフィス領にマルセルがいるのも邪魔ですもの。バロール様がいらっしゃれば、それでいいのですわ。だから、戦争を起こしましょう。戦争をして、アポフィス領を完全にバロール様のものに」
アシュヴィンにとって、マルセルは邪魔者以外のなにものでもない。
このアポフィス領は、バロールのものだ。
いや、こんな狭い領域だけなんて、もったいない。
バロールの威光ならば、この国……いや、この世界を手中に収めることだって容易である。
だというのに、そんな彼を邪魔する連中なんて、この世に必要だろうか?
いや、必要ない。
さっさと殺すべきだ。
アシュヴィンは、柔和な笑みを浮かべながら、そんなことを考えていた。
「そ、んな……そんなことをして、ただで済むと思っているのか!? 中央だって黙って……!」
「大丈夫ですわ。バロール様を、わたくしたちが支えますもの。だから……」
アシュヴィンの浮かべる笑みは、まさしくヨルダが恐怖した、あの無機質なものだった。
「あなたは、何の心配もせず、戦争の引き金となってくださいまし」
「う、うわああああああああ!!」
ヨルダの悲鳴が、闇夜に高く響き渡るのであった。
◆
「すやー」
「むにゃむにゃ……財産横取り……」
なお、バロールとナナシは深酒していたため、スヤスヤだった模様。
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