第4話 ぎゃ、逆切れだああああああああ!!
俺の身体は屋敷の方角へと反転していた。
グルリと急速回転をしたものだから、腰がゴキゴキと鳴る。
これも、あのクソガキどもに抱き着かれたせいだ。
やっぱり処刑ですね……。
よし、屋敷で書類仕事が俺を待っている。
領民たちのために、休む暇もなく一生懸命仕事に取り掛かるぞ!
「ご主人様。何か悲鳴が聞こえますが?」
そんな俺を呼び留めるのは、ナナシ。
この世界が産み落とした、存在してはならない異物である。
こ、こいつ……!
俺の心と身体が完全に屋敷に戻っているというのに……!
あからさま!
あからさまに、俺を陥れに来やがった……!
そんな言い方をされたら、助けに行かない方が問題みたいになるだろうが!
他の領民たちはまだいい。
だが、ナナシの声を確実に聞いたのがいる。
「あ、ああ……」
「…………」
アシュヴィン。
彼女は俺の近くにいたため、ナナシの言葉も聞こえているだろう。
アシュヴィンは何も言わない。
おそらく、俺が帰ったとしても、彼女は何かを言うことはないだろう。
だが、こいつの過去や境遇を考えると、ここで知らんぷりをするのは明らかな下策……!
そもそも、そんなそこら辺の男がやるような知らんぷりは、スーパーイケメンハイブリット領主たる俺ができるはずもなかった。
「もちろん、知っていたさ。行こうか」
「……っ! はい!」
アシュヴィンは満面の笑みを浮かべる。
俺の傍にいてはいけないほどの善性。
いい子ちゃんである。
他人に優しくするより、俺に優しくしようよ。
「やれやれ……」
首を横に振る。
そのしぐさも、格好いい。
俺ってやっぱりイケメンだわ。
まあ、いざとなればナナシを盾にすればいいだけだしな。
あまり気負わずに、俺は騒動の場所へと向かうのであった。
◆
「す、すみません! この子にはちゃんと言い聞かせておきますので!」
「おいおい、すみませんで済むわけねえだろ? 俺はぶっ飛ばされたんだぜ?」
騒動の場所には、すでに俺たち以外の人が大勢集まっていた。
ちょっ……邪魔ぁ!
野次馬、邪魔ぁ!
しかし、幸いにもその騒動に全員目を向けているため、俺がいることには誰にも気づかれていないようだ。
よし、ならこっそりと様子を窺うとしよう。
対応できそうなら格好つけて対応し、無理そうなら退却である。
円のようになっている騒動の中心に目を向ければ、尻もちをついた子供とそれに寄り添う母親らしき女。
そして、彼らを嗜虐的な笑みを浮かべながら見下ろす、いかつい大男たちだった。
……悪者がはっきり分かるんだね。
そして、その悪者に俺は敵いそうにない。
諦めよう。
「あいつら、自分たちからあの子供にぶつかりに行っておいて……」
「ああ、ひどすぎる……」
野次馬たちが状況説明してくれる。
ご苦労。
しかし、先ほどあの大男は、ぶっ飛ばされたって言っていたな。
ガキとぶつかってぶっ飛ばされる大人っていったい……。
「おい、聞こえてんぞぉ!?」
一瞬、俺の考えていることかと思って心臓が2秒ほど止まったが、ぼそぼそと話していた野次馬たちに向かって言われたようだった。
よかった。
無駄に俺をビビらせやがって……。
処刑だ、処刑。
「俺たちが誰か分かって言ってんのか? マルセル様の護衛だぞ!」
護衛がガキにぶっ飛ばされるのはどうなの?
ニヤニヤしている大男に、俺は思わず失笑する。
もちろん、絶対にばれないようにする。
バレたら怖いし。
しかし、マルセルか。
久しぶりに聞いた名前だ。
「領主様の弟だからって調子に乗りやがって……!」
領民たちは、忌々しそうに顔を歪める。
そう、マルセルは俺の弟である。
腹違いだから、血はつながっていないが。
よって、俺は家族だとか思ったことは一度もないし、情も微塵も持ち合わせていない。
むしろ、俺の立場を危うくしようとしている奴なので、さっさと死ねばいいと思っている。
アポフィス領を引き継いだのは俺なのに、マルセルはどうもそれが腹立たしいらしく、時折ちょっかいをかけてくるのだ。
バカだ、あいつは。
俺は領主の仕事は嫌いだが、領主という立場は大好きである。
基本的に安全だし、生活も領民よりいいし。
それゆえに、マルセルには絶対にこの立場は譲らない。
……とカヤの外から見ているのだが、正直行きたくない。
だって、ガキにぶっ飛ばされたと主張している奴、見た目めっちゃ怖いんだもん。
俺、ろくに戦えないぞ?
貴族だし。軍人じゃないし。
基本的に、領主の俺に手荒なことをしようとする者はいないが、マルセル一派は別だ。
なにせ、めっちゃ仲が悪いからな、俺たち。
俺を引きずり降ろして領主になろうとしているし。
絶対認めないわ。
俺が何のために領主頑張っていると思ってんだ、ぶっ飛ばすぞ。
『ご主人様? どうして小鹿のように震えて身体を小さくしているんですか? 出番ですよ』
頭の中でナナシの声がする。
キモイ。
『まだその時じゃない』
『じゃあいつですか?』
『明日とか』
『終わってるじゃねえか』
罵倒が飛んでくる。
この会話の間、俺たちは目すら合わせていない。
だというのに、こうして会話ができているのは、念話という魔法のおかげである。
直接口にしなくても会話ができる、優れた魔法である。
波長が合う人間同士しか使えないのが難点だが。
……いや、ナナシと波長が合うっておかしいわ。
この魔法、バグってるわ。
「おら、言ってみろよ。マルセル様の護衛の俺たちによぉ!?」
「ぐっ……」
男たちの暴論に、しかし領民たちは言葉を返すことができない。
あれでも、領主の弟の関係者だ。
そう敵対することはできないだろう。
というか、こういうバカなことをするから、マルセルは人気がなく、俺の立場は不動のものなんだ。
力さえあれば領主になれるとでも思っているのだろうか?
領民たちから好かれなければ、立ち行かない立場が領主である。
まったく、そんなことにも気づかないバカだから、俺はとくに何もしていなくても相対的に評価が上がっていくんだよなあ。
他の貴族もそうだけど、本当、周りはバカで囲って置いた方がいいわ。
「…………」
それにしても、と俺は騒動を見る。
……めっちゃおぜん立てしてくれてない?
俺の見せ場のおぜん立て、してくれてない?
「ほう。なら、俺は言ってもいいのかな?」
「あ?」
そうと分かれば話は早い。
俺は野次馬たちの間を通りながら、声をかけた。
ドスの利いた声と共に睨まれて、一瞬心臓が飛び跳ねるが、何とか抑え込む。
俺はイケメンクール領主、イケメンクール領主……。
「お、お前は……バロール!?」
俺を視認した男たちが、ぎょっと目を見開く。
野次馬たちも、一斉に歓喜の声を上げる。
ここで前に出たら、俺の評価爆上がりじゃん……。
「どうしてお前がこんなところに……」
「領民の意見を生で聞くことができるのは、領主にとってこれ以上のことはない。だから、俺はよく街を歩いているんだよ」
『書類仕事が嫌だから、頻繁に逃げ出しているだけでは?』
うるせえ。
「ほら、引け。今すぐこの場を引き下がるのであれば、俺もこれ以上のことはしない」
そう言って、ひらひらと手を振る。
っていうか、どっか行け。
無駄にここに居座られて歯向かわれた方が困る。
俺、こいつらに余裕で負けそうだし。
「くっ……!」
ガキには威勢が良かった男たちだが、俺には強く出られない。
まあ、敬語使っていない時点で処刑なんだけどね。
あいつらは領主の弟が上にいることで威張っていたが、そのさらに上が出張ってきたら、威張れるはずもない。
おら、さっさと逃げろよ。
みっともなくケツを振りながらよぉ!
『絶対に安全だと思えば、この言動。さすがはご主人様です』
ふっ、まあな。
俺はせせら笑いながら奴らを見ていると……。
「ちっ……! 上から目線でものを言いやがって……! テメエなんざ、怖くねえんだよ!!」
ひえええええええええええええええ!?
ぎゃ、逆切れだああああああああ!!
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