第2話 バカか?
貴族というのは、案外しんどいものである。
何も理解していない愚かな愚民どもは、貴族だから幸せなんだろう、なんてバカな考えを持っている者も多い。
だが、実際は違う。
そんなはずはないのだ。
まず、仕事の責任が非常に重たい。
施策で領地の繁栄が決まるので、あまりよくない景気なら、即座に領主が悪いということになってしまう。
また、領主は領民と国の中枢貴族たちの間に挟まれているような、中間管理職である。
下から突き上げられ、上から押さえつけられ……まともな精神力だと、すぐに病んでしまうだろう。
そして、意外にも領民のご機嫌もしっかりと取らなければならない。
ヘタをすれば、領主を殺す、なんてことだってある。
だから、俺はいい領主を演技する。
正直言って、この国の貴族はバカばっかりだ。
俺が先ほど考えたことを、一ミリも理解していない連中がほとんどである。
それゆえに、当たり前のように領民を虐げ、圧制を敷いている者の多さよ。
だから、俺は特別なことをしていなくても、ごく普通なことをしているだけで、相対的に見て素晴らしい領主に見えるようになっているのである。
バカが周りにいるのは本当に助かる。
俺の評価が爆上がりだからな。
愛してる。
「まあ、だからと言って、領主をしたいわけじゃないんだけど」
先ほども考えたが、それでも領主の仕事はしんどい。
たとえ、普通のことをしているだけでいいとしても、その普通がしんどいのだ。
本当に領民のことを思い、領地の繁栄を考えている人間からすれば、領主というのは面白い立場だろう。
自分のやりたい政策を、ほとんどすることができるのだから。
だが、俺は嫌だ。
別にやりたいことなんてない。
しんどいこととかつらいこととか何もしたくない。
甘い汁だけ吸っていたい。
だが、そんな俺も貴族の血を引き、領主をしなければならない立場である。
では、どうしてその甘い汁を啜る、楽な人生を送るのか。
俺は考えた。
考えて考えて考えて……たどり着いた。
「俺以外の奴に領主をやらせて、俺を養わせればいいんじゃね?」
天才か。
思わず俺は自分の頭脳に恐怖する。
そうだ。
俺がやる必要はない。
名前だけ貸してやる、みたいな感じでもいいのだ。
優秀でかつ俺を甘えさせてくれる奴を祭り上げ、領地を繁栄させて、俺を養わせる。
うーん、完璧だ。
思わず鼻息も荒くなる。
そのため、俺は優しくて領民思いの領主という演技をしている。
ぶっちゃけ、貴族らしい貴族をしていても、俺の望む人材は現れないだろう。
クズにも優秀な奴はいるかもしれないが、甘えさせてくれるかと言われれば、クズに甘えるほど俺は警戒心が薄くない。
善良で、しかし俺のことを最優先に考えてくれる身代わり。
それを求めているのである。
「目的も明確で、その過程の努力も完璧。俺の野望に微塵も陰りはなかったのに……」
俺はジロリと睨みつける。
そこにいるのは、ナナシ。
いつからか、俺の屋敷のメイドに住み着いていた、諸悪の根源である。
このハイライトまったくないクレイジーウーマン、ことごとく俺の邪魔をするのである。
邪魔をするのである!
許せねえ……許せねえ……!
人が夢に向かって必死に努力をしているというのに、その積み重ねてきたものを横から蹴りつける行為を、ナナシは平然としているのだ。
そんなこと、許せるだろうか!?
おかしいだろう!
普通、夢を追いかける人がいれば応援するだろう!?
俺はそうする。俺ならそうする。
だが、この女は違うのである。
「なにジロジロ見ているんですか? 気持ちが悪い……」
心底嫌そうに顔を歪めるナナシ。
お前をそういう目で見ることはないから安心しろ、自意識過剰女。
「俺みたいなイケメンに見つめられて気持ち悪いとか、お前の目は腐っているの?」
「正常ですが?」
「いや、正常ならそんな闇よりもどす黒い瞳をしていないと思うんですけど……」
一度見たスラムにいたガキよりもどす黒いんですけど。
この世の闇を垣間見たような、深淵だ。
怖い。
「だいたい、私がご主人様の野望を邪魔する理由なんて、至極簡単じゃないですか」
「なんだよ」
知っている。
知ってはいるが、もう一度聞いてしまう。
勘違いであるように祈って。
そんな俺に、ナナシはない胸を張って言う。
「だって、私がアポフィス家の財産を根こそぎ自分のものにしたいのに、優秀な人が来たらうまく手中に収めることができなくなるじゃないですか」
あけすけ……!
そして、絶対に胸を張って言うことじゃない。
とんでもなさすぎる欲望を吐き出したこいつに、俺は辟易とする。
そう、この女は、俺のためだけに使われるべき領民の血税を、すべて自分のものにしようとする度を超えた醜い女だった。
信じられない……。
よくも領民たちの涙をのんだ税金を、自分の欲望のために使おうとできるな……。
それに、どうしてそれを張本人である俺に堂々と言えるのか。
お前、普通に考えて処刑されてもおかしくないことを言っているんだからな?
「ご主人様も血税を自分のために使っていますよね? ダブルスタンダードですよね?」
「バカか? 俺のために使われるとか、むしろ誇りに思うべきじゃん?」
「バカか?」
お、おま……ご主人様にして貴族にして領主の俺に、バカって……。
このクソメイド、すぐに処分してやりたいのだが……。
さっさとこいつを追い出せばいいと、誰でも思うだろう。
俺も思っている。
だが、こいつ、本当に優秀なんだよな。
家事能力は卓越しており、それなりの広さのある屋敷の掃除や庭の手入れなど、ほとんど一手に引き受けている。
つまり、こいつを首にしてしまえば、この屋敷はかなり薄汚れてしまうというわけだ。
俺が自分自身でやる気はまったくない。
当たり前だよなあ。
四六時中演技をするのが嫌だから、ほとんど人を雇っていないんだよな。
まあ、領民からは、無駄に人を雇って威張っていないという高評価をもらっているから、別にいいんだけど。
ふっ、ちょろいぜ。
やっぱり、愚民って俺に尽くすべきだわ。
そんなことを思いながら、仕事をする。
あー……面倒くさい……。
早く俺の代わりにこういう仕事をして、俺のことを養わせてあげる人を見つけなければ。
コンコンと扉がノックされ、ナナシ以外のメイドが入ってくる。
「バロール様。追加の嘆願書をお持ちしましたわ」
「ああ、ありがとう」
にっこりと笑みを浮かべて迎え入れる。
スーパーイケメン貴族モードである。
俺の本性を知るのは、ナナシしかいない。
他の連中……それこそ、俺に仕えるメイドにも、それは知られてはならないのだ。
少なくとも、俺の寄生先を見つけるまでは!
「…………」
なんだその目は、ナナシ。
お前も大概なんだからな。反省しろ。
「こちらはスレ村、こちらはケイ村からの嘆願書になりますわ」
かいがいしく書類を振り分けしてくれるメイド。
彼女の名前は、アシュヴィンといった。
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