腹黒悪徳領主さま、訳ありメイドたちに囲われる

溝上 良

第1話 心優しき領主さま



「本当、貴族って腹立たしいよな」


 片割れの言葉に、思わず苦笑いする男。

 それなりに長い付き合いで、友人関係を築いているからこそ、時折聞いているほうがヒヤリとするようなことを言うのは知っていた。


「おい、あんま大きい声で言うなよ。密告させて処刑する、なんて貴族もいるらしいからな」

「そういうのだよ。俺たちって同じ人間だろ? どうして生まれなんかでこんな怯える必要があるんだ?」

「もうそこまでいくと、国の構造まで考える必要があるだろ。止めとけ」


 片割れの言葉を制止する。

 この国では、貴族というのは非常に力が強い。


 彼らが黒と言えば白いものでも黒くなる。

 司法に介入することなんてザラで、気に入られなければ、無実の罪を着せられて処刑されるということだって多々あるのが現状だ。


「税金もだよ。一生懸命、汗水たらして農作物を作ったのは俺たちだ。だってのに、何もしてくれない貴族様が、平気で7割とかもっていきやがる。それで何人冬を超えられずに死んだよ」


 止めとけと言っているのに、どうやら彼はよっぽど虫の居所が悪いらしい。

 とはいえ、その制度に不満を抱いていないというわけでもない。


 男だって、貴族が威張っているのは腹立たしいし、せっかく作ったものを当たり前のように半分以上取られるのは嫌だ。


「……そういう他の領地の話を聞いていると、俺たちは改めて恵まれているなって思うよ」

「ああ、そうだな。ここ、アポフィス領だけは別だ。ここは、俺たち庶民の天国さ」


 散々貴族の悪口を言っていた男だが、自分たちのいる領地のことを言われれば、笑みを浮かべる。

 当然、ここも貴族が治めている土地だ。


 しかし、彼らは笑顔。

 その理由は、ひとえにこの領地を治めている貴族が、他の貴族とはまったく異なるからである。


「それもこれも、全部名君バロール様のおかげだ。俺たちがこうして普通に生活できていることが、どれほど幸せなことか……」

「バロール様さえいてくだされば、俺たちは幸せに生きていける」


 このアポフィス領を治めているのが、バロール。

 若き天才。


 妖しさすら感じられるほどの美貌と穏やかな気風は、多くの領民たちに慕われている。

 貴族に対して強い反感を抱いている二人が、こうも無条件で褒めていることからも、そのことが分かるだろう。


「治安もいい。俺たちと同じ目線でいてくれる。理不尽に民をいじめない。税金は安い。陳情はすぐに通る。……本当、貴族がああいう人だらけだったらなあ」

「それに加えて、あの人に仕えるメイドよ。全員美人ぞろいだぜ? 俺も傅かれてみてえなあ」


 バロールだけでなく、彼に仕えるメイドにも話は及ぶ。

 アポフィス家を支えるメイド衆は、領内だけでなく、それも飛び越えて有名である。


 なにせ、一人一人がとても美しく、絶世の美女だらけ。

 加えて、かなり能力も優秀であるという噂だ。


 一説によると、領地経営の仕事の多くはメイドたちがやっているのではないかと言われているほど。


「バカ言うな。バロール様があれだけの人格者だからこそ、あれだけの美人さんがメイドをしているんだよ。お前が主だったら、全員一週間でいなくなるぜ」

「ひでえな。まあ、バロール様が凄いってことは分かっているが」


 美しい容姿と高い能力を兼ね備えながら、それでも彼女たちはこの辺境ともいえるアポフィス領を支え続けている。

 彼女たちがその気になれば、王国の大貴族に娶られることだってありうるだろう。


 実際、末端とはいえ、王族の一人から側室にと誘われた者もいると聞く。

 しかし、彼女たちは誰一人としてこの領地を去り、バロールの傍から離れようとしない。


 それは、ひとえにバロールに彼女たちを留めさせる魅力があるのだろう。


「ただ、俺はあのメイドさんたち、ちょっと怖いんだよなあ」


 片割れがポツリと呟く。

 それに首を傾げる男。


「美人で、しかも俺たちのことを気にかけて話してくれたりするじゃねえか。何が怖いんだ?」


 貴族の権威を借りて大きな態度をとる使用人のうわさも、別の領地から聞こえてくる。

 そういったことが一切ないので、メイドたちはその美しさも相まってとても慕われている。


 バロールよりもメイドの方が人気があるほどだ。

 なのに、何が怖いのだろうか?


「あー……」


 男は少し言いづらそうにすると、ゆっくりと口を開いた。


「俺たちを見ているようで、一切眼中にないっていう目かな」


 彼の脳裏に浮かぶのは、自分を見て笑顔を浮かべてくれているにもかかわらず、無機質で鈍い目を向けてくる美しい人形のようなメイドの姿であった。










 ◆



「……主人様。ご主人様、起きてください。朝です」


 ゆらゆらと優しく身体を揺らされる。

 冷たい無機質な声音は、俺の顔を気味悪そうにゆがめる。


 せっかく惰眠を貪っていたというのに、それを邪魔されて心底うんざりする。

 それが、知っている【あの女】であることがさらに助長させる。


「うるせー。もっと寝かせろぉ……」


 枕に顔を埋め、ゴロゴロとする。

 この屋敷の中で最も立場が高いのは俺である。


 当然、彼女も従う他なく……。


「寝ても構いませんよ。永遠に」

「起きたわ」


 これほど素早い起床もそうそうないだろう。

 シュバッと擬音が生まれるほどの速度で起き上がった俺。


 その目に映るのは、忌々しそうにこちらを見下ろすメイド姿の少女だった。


「おはようございます、ご主人様」

「おはよう。……はいいんだけどさ、朝から何をとんでもないこと言ってくれてるの?」

「小粋な挨拶です」

「死ねって言っただろ、主人に向かって」

「いえ、言っていませんが?」

「何をバカなことを言ってんの? みたいな顔止めろよ」


 思わず騙されそうになる。

 あれ、俺が間違っていた? みたいな気持ちになってしまう。


「だいたい、いきなり死なれても困ります。ちゃんとこのナナシに全財産を譲渡する旨を書いていただいた後じゃないと……」

「拷問されても断る」


 メイドだと言うのに、処刑されても不思議ではないほどのとんでもないことをのたまうのは、ナナシといった。

 頭で丸めた髪に白いカバーをかけ、長いロングスカートのエプロンドレスを着用した小柄な少女である。


 バロールが目を覚ました時に露骨に嫌そうに顔を歪めた以外は、無表情である。

 それゆえに、整った美貌も相まって、まるで人形のようだ。


 彼女の特徴は、その主を主とも思わない露骨な嫌そうな態度以外にもある。

 それは、真っ黒な瞳だ。


 ハイライトがなく、光は一切宿していない。

 深淵の闇だ。


 見る者を恐怖するその目は、整った顔立ちをある意味で恐ろしいものに仕立て上げていた。


「さあ、早く執務室へ。ご主人様の助けを待つ領民たちが、たくさんの陳情を届けてくれていますよ」

「マジかよ、面倒くせえ……。自分で何とかしろよな。自分のことくらい自分でやろうぜ」


 鼻をほじりながら言う。

 まったく……なんでもかんでも俺に言ってきやがって……。


 ふざけるなよ。なんで俺がそこまで他人のために何かをしてやらないといけないんだ。

 領民のため?


 そんな殊勝な考え、まったくなかった。

 俺は貴族だぞ?


 ん? 貴族だぞ?

 好き勝手自分の欲望のままに生きることが許されるのが貴族である。


「家事全般を私たちにやらせているご主人様が何を……」

「俺はいいんだよ。貴族だし」

「クソ貴族……」

「おい」


 堂々と俺に向かって暴言を吐くナナシ。

 なんだこいつ。


 本当にメイドか?

 俺は激しく困惑しつつも、嫌々執務室に向かって歩き始める。


 ナナシも俺の斜め後ろをついてくる。

 ……のだが、正直こいつに後ろに立たれたくない。


 背後から背中をグサッとされそう。

 まったく信用していないんだな、俺はナナシのこと。


 まあ、信用できるところ、まったくないし。

 そんなことを考えながら歩いていると、執務室の前につく。


「さてと、演技モードに入るか」

「…………」


 いちいち口に出す俺に対して、呆れたような目を向けてくるナナシ。

 スーパーイケメンモードと言った方がよかったか?


 まあ、俺はいつでもイケメンなんだが。

 俺は扉を開く。


 すると、しずしずと頭を下げるメイドがいた。

 ナナシよりもちゃんとメイドしているメイドである。


「おはようございます、バロール様」

「ああ、おはようアシュヴィン。今日も民たちのために頑張ろうか」

「はいっ」


 満面の笑みを浮かべるアシュヴィン。

 俺もイケメンスマイルをニッコリである。


「…………」


 ナナシのジトッとした目が突き刺さり続ける。

 何見てんだおらぁん!



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