第8話
◇
「え~~!聞かないでよ~!」
夏の日射しが射し込む灯りのない浴室に、女性の拒絶の声が響いた。
「いや、少し気になってしまって。」
「な~んで、アンリ君はそんな事聞きたいの~?今、君が一緒に裸んぼでお風呂に入ってる目の前の女性が、もしアンリ君の想像してるよりず~~っと年上だったら、アンリ君嬉し~い?」
「いやぁ、それは、年齢次第・・・ですかね?」
「・・・五十五!」
「えぇ!?!?ハァ!?!?ごじゅう・・・えぇ!?」
「ほら~!」
「それは極端じゃないですか!蘭さんの見た目でその数字は・・・美容というより妖術じゃ・・・。」
「う~ん、なんか複雑!」
「なんで!褒めてるのに。」
「『女の子に年齢聞いちゃいけない。』なんてことくらい、君なら心得てると思ってたけどな~。」
「すみません・・・。でも、蘭さんは今だってこんなに綺麗だし、か、可愛いし・・・。」
「あ~!ふふ、可愛い。可愛いから~?」
「あっ!ちょっといきなりっ!」
「おばさんでこ~んなにしちゃって。いけないんだ~。」
「・・・んんっ。」
湯舟の中ではいけないとは分かっているのに、彼女の小さいのに指の股が深い白い手が、さっきまでぼんやりと眺めていた湯舟に2つ浮かぶ尻の小島と、その中央で時折姿を現すモノクロな影によってすっかりいきり立っていた自分の男根を擦り始めていた。
「蘭さんが自分から晒してくるからでしょう。」
「え~ん。何のことかしら~。」
最近、観察の成果が徐々に実を結んできている。今の彼女の目付き、横目に顎を引きながら上目遣いで送ってくる熱い視線と物欲しそうに期待を帯びた声が示す時は、
「じゃあ、今日は、どうしますか?」
強めに尻の肉を揉み上げながら、端の指で肛門の皺を軽く掻くように指を曲げ畳んでいく。それを驚き拒むようにも見せながら、しかし、脚に跨って閉じれずにいた股をグリグリと太腿に押し付けてくる。彼女が意図しているのか無意識にしているのかは分からない。分からないけれど、彼女の胎の奥に疼いている被虐の赴きを身体に擦りつけてきて、少なくともそれが2人の間に時折出現する冗長で無粋な会話劇を終わらせる為の手っ取り早い方法であることには、共通の認識を作る事ができていた。
「んっ・・・。そのままの体勢ね。」
「わかりました・・・。」
「両手でして。」
「・・・こんな感じですか?」
「優しくしてね。」
これを履き違えちゃいけないんだ。彼女が俺に求めてるのは、刺激だ。永遠に続けばいいような愛じゃない。一時の悪ふざけ。ただ手の平で揺らして遊んでるような奴はお呼びじゃない。爪を立てなければいいらしい。喰い込ませ、挟み、引っかけて、気まぐれに弾く、彼女の刺激的な入浴に寝落ちを許さないような絶えない刺激と快感を、子供に弄ばれていることを強く意識させ、その背徳感と恥辱に心を濡らす手伝いをしてあげる。そうすれば、自分もずっと気持ち良くしてもらえる。報酬と応酬の循環。快楽の尾喰い蛇になる気分。
「んん。広げちゃ・・・。」
嫌とは言わない人なのだ。
「嫌なら、嫌って言ってください。しませんから。」
「んふ。君のそういう所が可愛くて好き。」
可愛さへの賛辞にキスの応酬。彼女の優しさに挿し込まれる舌先を舌で回す快楽のループ。
「んはっ!・・・ねぇアンリ君。」
「はい?」
彼女は教えるのが好き。秘密はいつも口元に。仕舞い込めるのは耳介の溝だけ。
「・・・三十二よ。」
「本当に!?」
「何歳だと思ってた?」
太腿をわざと少し立てて持ち上げた。彼女の控えめで薄い陰毛の感触の奥に、柔らかく折り重なり閉じた2枚の花弁が潰れる感触を感じる。この感触にすっかり嵌まってしまいそうになるけれど、自制が肝要。
「んぁん!」
太腿に乗っかる体重のくねりが甘く脚を揺らす。やはり刺激が強すぎるのかもしれない。まだ怒られたことは無いけれど、考えよう。
「・・・実は、僕の母さんの方が若いかもしれません。」
「まぁ!・・・おいくつ?」
「実は恐くてハッキリ聞いた事がなくて・・・。」
「・・・あなたは、聞いたっていいんじゃないの?私には教えなくていいわ・・・。」
「そうですか・・・。」
「なんだか今日は2人ともお喋りね。」
「慣れ、ですかね。」
「私はず~っとドキドキよ。」
「本当に?」
「あら、手が休まってた。」
「あぁ・・・!」
「明日、連理が帰ってくるわ。」
「多分、明後日は連理の旅の土産話を聞く為に来ると思います。来いと言われているので。」
「もうすっかり通いの生活ね。宿題はちゃんとやってる?」
「・・・その面倒も連理に診てもらいたくて。あいつの言う事は難しいですが、期末の点数は驚くほど上がりました。」
「嬉しい・・・。」
「いやぁ・・・。」
「ねぇ、連理のこと、好き?」
「・・・。」
「友達としてっ!」
「勿論!」
「ありがと~!」
「わっ・・・。」
「私とイチャイチャしてくれるのも嬉しいけど、いっぱい気持ち良くしてくれたら、連理の相手もいっぱいしてね。連理ほっぽってたら、私もアンリ君のこと嫌いになっちゃうから。」
「言われなくたって。」
「・・・ねぇ、胸も。」
「はい・・・。」
「ふふ。連理もあなたの事好きよ。」
「・・・嬉しいです。」
連理はどんな土産話を持って帰ってくるだろうか。あいつの事だ、沢山携えてくるに違いない。早く連理に会いたい。普段学校と屋敷の往復で如何にも運動不足なあいつが虫捕り網を持って野山を駆け回っているのを想像するのは愉快で堪らない。従兄というのも、連理に似たような学芸肌の人なのだろうか。それとももっと野性的な、連理の日頃の気分転換になるような人なのだろうか。どっちにしろ、まだ知り合って日の浅い自分なんかよりもよっぽど気が知れてるんだろう。少し羨ましい。
「アンリ君?ねぇ、アンリ君?」
「なんですか?」
「私自信失くしちゃうわ・・・。」
「今度はなんのことです。」
「あ~ん・・・。連理の話を振った私が馬鹿なんだわ・・・。」
「・・・あ。」
気付けば先程から彼女の白い指に揉み擦られていた自分の浅黒い棒きれは情けないくらいしぼみきっていた。
「えい、えい、元気になれ~。」
「すいません。」
「ねぇ、今日これくらいにしない?折角2人でのんびりできる最後の日だし、私、してみたい事があるの。」
「わかりました。お手伝いします。」
「ふふ、申し訳なくなっちゃって、可愛い。でも、これはお手伝いなんていらないかも。むしろ・・・」
「むしろ?」
「上がっちゃお。」
10cmほどの距離で立ち上がった裸体は、その丸みやら眼前にに突き出される薄い恥毛の控えめな草原を晒して湯船から脚を引き出す。もうそれ程の事に驚きも無いけれど、この縮まった距離感がなんとなく感じさせる親しみが自分にはとても心地いいのだと気付ける。
「で、何がしたいんです。」
「私が午後いっぱい君としたいのはねぇ・・・。」
◇
「蘭さん、ちょっと暑くないですか・・・?」
「私の薄手の寝巻着物貸そうか。袖通るかも。」
「いや、蘭さんが大丈夫なら僕はこのままでも・・・凄いくっ付くから。」
「んふ。私本当は何か抱いてた方が落ち着くタイプなのよ。」
「いますよね、そういう人。」
「小さい頃はこうして連理をギュってしてたなぁ。可愛かった~。」
「自分にその位置が務まる自信ないっす・・・。」
「ねぇ、あんまりドギマギしないね。アンリ君。」
「実はよく酔った母に羽交い絞めにされてるもんで・・・。」
「あはは、なるほど~?」
「でも、蘭さんの方が優しい。」
「ふふ。褒めちゃって。・・・さぁ、ねんね、ねんね。」
「・・・。」
目を閉じて頭を抱き寄せてくる胸にそのまま頭を埋める心地よさは、確かに裸で絡むのとはまた別の心地よさだ。ふわふわして、ぽかぽかする。
彼女の希望というのは、ずばり昼寝だった。たしかに、よく風の通る純和風邸宅の畳の平野で、日陰の涼しさの中、敷布団だけ1枚敷いて寝転がるのはこんなに気持ちが良い。よく日なたの縁側で心地よさそうに昼寝をする猫の絵や写真を見るけれど、その気持ち良さの正体を今掴んだ気分だ。
横になってからの蘭さんの所作は、いつもの無邪気で色事に夢中な少女の様ではなく、明らかに1人の母親の面影だった。といっても、こんなに美しい母親なんて物語の中でなければ許されないような気もするけれど、不意に頭を腕で支え上げてくれたり、自分の後頭部で結ばれた腕の、縛り上げるでもない優しい枷は、すっかり自分も心を許さない訳にはいかないという気分にさせるくらい、庇護下の安心感そのものである。
気付けば先に寝息を立て始めた彼女の寝顔を、谷間に半分埋まった視界の端で見上げている。さっきは少しドキドキさせ過ぎてしまったかも知れない。今でも腕を伸ばせば簡単に揉みしだける位置にある彼女の尻の柔らかさが一瞬に脳裏に思い出される。それもこれも、この夏の熱さを助長するように蒸れた彼女の胸の薫りが自分を惑わせるのが悪いんだ。
「・・・母さん。」
「んん・・・。ゆっくりお休み。」
夢心地とは沈む事。寝息を吸った。
夏の午後。
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