クレーム対応

夏目 漱一郎

第1話 クレーム対応

 全国の数ある飲食店の中からより良い店を厳選し、三段階の星の数で紹介する世界的にも権威ある雑誌『』。


その記者である私は、毎日その身分を伏せ、色んな店で客として食事をするのが仕事だ。


今日はとある県の郊外にある、わりとリーズナブルで美味しい料理を出すと評判の店、レストラン【クイ・ダ・オーレ】で少し遅い夕食を採っていた。


流行りのデザインを取り入れた洒落た外観の建物にベージュとブラウンを基調とした落ち着いた雰囲気の内装。店のランクをを考えれば、この店のデザインはかなりセンスが良いと評価するべきだろう。


メニューも豊富であり、価格帯の範囲も広い。訪れた客の希望に合わせ、万単位のコースから、二千円で釣りの来るセットメニューまで好きな料理を選ぶ事が出来る。この手軽さがレストラン~クイ・ダ・オーレ~を人気レストランに押し上げている要因のひとつなのかもしれない。


私はこの店でも人気の中間の価格帯のメニューを注文し、そのそれを食べていた。そんな時、突然、店内でこの店には不釣り合いなが聴こえてきた。


「おいっ! なんだこりゃあ~っ! オーナーはどこだ! オーナー呼んでこいっ!」


私の向かい側のテーブルに座っていた二人組の男性客の一人が、突然大声を上げて喚き始めた。


いったい何事があったのかと、周りの客が小声で囁く。すぐさま、レストランのオーナーらしき人物が小走りでその二人組のところへと駆けつけて来た。



「どうかなさいましたか? お客様」


「どうかなさいましたかじゃねえ! これを見ろ! んだよっ!」


こういうのは、いけない。食品の衛生上の問題は、料理の旨い不味い以前の基本的な要件である。


ただ、今回に限ってはこの店に同情すべきところがある。何故なら、私は見ていたのだ。


今、大声で喚いているあの男が自分で髪の毛を抜いて、カレーの中に入れた瞬間を。

どうしてそんな事をするのか?オールバックにサングラス、趣味の悪い金色のブレスレット……あの二人組の風体を見ればおよその想像はつく。この二人組は、髪の毛混入をネタにこの店を強請ゆすろうとしているのだ。


まあ、私が証言して店の味方になってやってもいいのだが、正直こんな時のこの店の対応がどんなものなのか興味があるので、敢えて証言はしない。


それにあの二人、恐いし……


私は、しばし店側の対応を興味を持って見物する事にした。



店のオーナーは、神妙な顔をして暫くカレーに入っていたという髪の毛を眺めていた。


「オラオラ~、このおとしまえどうつけてくれるんだよ~~っ!」


「……………」


通常であれば、お客様に謝罪し、迅速に新しい料理を用意する……そんなところが妥当だが、この二人組がそんな事では納得する筈が無い。あのオーナー、果してどんな対応をするのだろう……



「これ、ウチの店の者の髪の毛じゃありませんな」


「ぬわあにいぃぃぃぃ~~っ!」


あ~あ、やっちまったな。バカなオーナーだ。あのヤクザ者の怒りを煽るような事を言って……


「てめえ! 何すっとぼけてやがんだ! てめえの店のカレーに入ってたんだぞっ!」


「そうだ、そうだ! この店じゃないっていう何か証拠でもあんのかゴラァ~~!」



二人組のもう片方まで加勢してきた。これは最悪の事態だな……


「証拠と言うと、DNA鑑定とかでしょうか?」


「バカヤロウ! そんなの悠長に待ってられるかっ! ふざけてんじゃねえぞてめえ!」


「しかし、この髪の毛。長さは10センチ程で黒いですよね?ウチのウエイトレスの髪はもっと長くて茶髪ですから」


そんな理由で否定したのか……しかし、そんな理屈は『火に油を注ぐ』ようなものだ。その料理にたずさわっていたのは何もウエイトレスだけでは無いだろうに……


「じゃあ、コックだ! っ!」


「ああ、なるほど! そういう可能性もありますな! いやあ、気付きませんで」


「つべこべ言ってね~でコックをここに連れてこいっ! ぶん殴るぞこの野郎~っ!」


「かしこまりました。それでは少々お待ち下さい」


本当に間抜けなオーナーだ。こんなに客を怒らせておいて、いったいどう収拾をつけるつもりだ。


そして、オーナーが厨房に行ってから待たせる事10分が経過した。



「おいっ!いつまで待たせるつもりだ! いい加減にしやがれ!」


本当に……コックを連れて来るのに何分かかっているんだ。この状況では迅速な対応は基本中の基本なのに。



やがて、オーナーとともに一人の男がやって来た。



☆☆☆




「大変お待たせしました。この男が、コック長の吉田です」


吉田と紹介されたそのコックは、この状況にもかかわらず落ち着いた様子でやくざ者の二人に対していた。


「どうも……それで、カレーに何が入っていたんでしたっけ?」



「あ…………」





















コック長の吉田は、見事なだった。


髪の毛の長さ云々以前に、このコック長には落ちるべき髪の毛が無い。


二人組のヤクザ者も、さすがにこれには驚いた。


「うっ……」


「どうです? 疑いは晴れましたかな?」


コック長がスキンヘッドとは、運が良かった。これで二人組は引き下がるかも……


そう思った私だったが、ヤクザ者は執拗にもまだ食い下がって来たのだ。


「おい、この店のコックはお前だけじゃねぇ筈だ! 他の奴らも連れてこいっ!」


「えっ、他のコックもですか?」


「そうだ! 全員連れてこいっ!」



まさか、この二人組がここまで食い下がるとは……どうするオーナー、まさか全員がスキンヘッドなんて事はあるまい。


オーナーは暫く考えていたが、ヤクザ者の二人も半分意地になっているふしがある。このまま引き下がる事はないだろう。


「分かりました。では少々お待ち下さい


そう言って、オーナーは再び厨房の方へと消えていった。



そしてまた10分ほど待たされる。



「おいっ! いったい何やってんだ! 早くしろバカヤロウ!」


ヤクザ者の言う通りだ。さっきといい、厨房でいったい何やってんだ?


そして、オーナーは厨房から三人の男を連れて戻って来た。



☆☆☆  



「お待たせしました。この三人がコックの田中、前田、高橋です」








「あり得ねぇ……」
















コックの三人……だった。


「どうも、俺達三人プライベートでバンド組んでまして……」


私は、ある事に気が付いた。これはもう、考えられる事はひとつしか無い。


オーナーは、あの待っていた10分の間に厨房でコック長の髪の毛を剃り、そして三人のコック達の髪をモヒカンにして染めていたのだ!


よく見れば、スキンヘッドのコック長の後頭部には、出来たばかりのカミソリ負けの跡がある。


普通そこまでやるか!オーナー!




「あの、これで疑いは晴れましたか?」


「もういい!俺達は帰る!」


ヤクザ者二人は、すっかり戦意を喪失していた。


「そうですか。またお越し下さいませ」


「二度と来るかっ!」


二人組のヤクザ者は、肩を落として帰ってしまった。


「どうも、お食事中のお客様、大変お騒がせいたしました。引き続きごゆっくりとおくつろぎくださいませ」


ヤクザ者を撃退したオーナーは、そう言って食事中の客に対して謝罪をし、丁寧に頭を下げた。それと同時に周りの客からは、見事にヤクザ者達を追い払ったオーナーに、温かい労いの拍手が送られた。


やり方はとんでもないが、恐喝をして金をむしり取ろうとするヤクザ者を撃退したこの店の対応に、私はなんだか清々しい気分になった。


出された料理もそんなに悪くない。


会社に出す報告書には、星五つ付けてやろうかしらん♪


そう思いながら、私は食後に頼んだコーヒーに口をつけようとした。



あ…………








このコーヒー、ハエが浮いてるんですけど………



――おわり――


   


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