第9話 人間として

 またしても、目玉を抉る音は鳴らなかった。

 何故か手に力が入らず、破片を地面へと落としてしまったのだ。

 だが、その理由はすぐに分かることになる。


「……力を使いすぎたか」


 我の両手は震え、再び破片を拾い直せるような状態では無かった。

 元より、今までやっていたことは赤子の身で為せる事では無い。

 魔力の使い方を熟知している我が、僅かに宿るこの身の魔力を使い、本来の力以上の動きをしていただけに過ぎない。

 それに、少し感情的になりすぎた。

 ここで二匹を殺したところで、こちらにとっては不利益しかないは明白だ。

 今回はこれまでにしておくとしよう。


「おい、小童」


「……あ、あぃ……」


「今日の所は逃してやろう。だがこの事を口外でもしようものなら、死よりも惨い苦痛が貴様を待っていると知れ」


 小童は震えながら首を縦に何度も振る。


「そして、仮にケライド共が貴様に何かを言ってきたとしても、我の事を口にするな。些細な事でもだ。それを破れば即刻処刑するからな」


 刺すような殺意を込めた目で睨み付けて脅すと、小童は弱々しく頷いた。


「……分かったのなら消え失せろ」


 小童はよろけながらも立ち上がると、振り返ることなく走って行った。


「……ギル……」


 小娘は無表情で、我を見下ろしていた。

 そのまま黙ったまま歩み寄ると、腰を下ろし、強く抱きしめてきた。

 だが先程とは違い、恐怖心は薄れているように感じた。


「……理解したか?これが魔族としての在り方だ」


 我が声をかけると、小娘はビクッと身体を震わせた。


「……魔族の生き方とか、私には分かんないし、分かりたくないよ……」


「貴様が腑抜けすぎなのだ。あのような下劣な獣に遅れを取るな。魔族の品位が下がるだろう」


「……ああやって、人を傷付けて脅すのが魔族やり方なの?」


「当然だ。それこそが正義だ」


「…………」


 返す言葉がないのか、小娘は何も言わなかった。

 ただ、黙って我の頭を支えている。そこにどのような感情が宿っているのか、見当も付かなかった。

 やがてそのままで居ると、小娘は黙り込んだまま我を背負い、歩みを進めた。


「……何処に行くつもりだ?」


「…………」


 やはり何も言わない。

 その表情から感情は読めない。

 怒っているように見えるが、どちらかと言えば悲壮の意の方が強いようにも見える。

 そもそも抵抗する力など残っていないので、大人しくされるがままにすることにした。

 やがて村を抜けると、小娘は木々が揺れる森の方へと入っていく。

 最終的に辿り着いたのは、鬱蒼な森とは打って変わる、花畑のような場所だった。

 植物は風に吹かれ、子鳥のさえずりや暖かい日差しが五感を穏やかに落ち着かせる。


「……ここはね、私が一人になりたい時に来る場所なの」


 小娘は独り言のように呟く。


「何故そんなところに我を連れてきた?」


「お話したいから」


 小娘は花に囲まれた地面に座り込むと、我を膝の上に乗せて頭を撫でてくる。


「私は魔族としての記憶とか力が無いし、ギルの言う正義っていうのが分からないよ」


「…………」


「でもさ、それと同じくらい、ギルは人間の事を分かっていないと思うよ」


「……何故下等生物の事を理解せねばならんのだ。貴様も理不尽に虐げられていただろう」


「あの子もさ、生きるのに必死なんだよ。家族を殺したも同然の魔族が怖いんだよ。ああやってるのも、自分を守る為の強がりなんだと思うの」


「だからこそくだらんと言っている。力無き者が強者を相手に優位に立とうとするのが間違っているのだ。まるで理解が出来ん」


「私に魔族のルールとか常識は分かんないけど、強者だからって、弱者が必死に生きているのを踏みにじるのも違うと思うよ」


 小娘は我の頭を撫でながら続ける。


「結局は人間も魔族も、そんなに変わらないんじゃないのかなぁ。悪い人間とか、優しい人間とか、色々な人間が居るんだから。ギルは魔王様だった頃、人間とちゃんと話したことはある?」


「……何が言いたい?」


「ギルはさ、まだ何も知らないだけなんだよ。だから理解できないし、しようとも思えない。それってとても悲しいことだよ」


 優しく諭すように囁かれる。


「今のギルはただの人間で、赤ちゃんで、強い魔族なんかじゃないんだから。いつかはきっと人間の気持ちも理解出来るはずだよ」


「……ふん、魔族である貴様が言うな」


「私は魔族として生きた記憶がないから、実質人間みたいなもんだよ。前ギルが言ってたことでしょ?姿形がどうあれ、自分は自分だって。だったら、私は私でしょ?」


 小娘は何処までも食い下がってくる。

 何を訴えかけようとしているのか、まるで分からない。


「……貴様は結局何が言いたい。我をどうしたいのだ」


「え?うーん、そうだなぁ……」


 小娘は唸りながら空を眺める。

 数秒の沈黙の末に出てきた言葉は、何とも無責任なものだった。


「……あはは、分かんないや」


 小娘は飛んでいた蝶々を指に止めると、穏やかに笑う。

 通常の魔族が見せることない、無防備で温かい笑み。

 何故か、その笑顔から目が離せなかった。


「…………」


 人間と魔族、その境界線。

 我は、一体何を以てして魔族と人間を選り分けている?

 この小娘は、我の知る魔族とは違いすぎる。

 残虐非道で、慈愛などなく、言葉よりも先に殺しを選ぶ我々とは、全く別の存在だ。

 角が生えていれば、肉しか食わなければ、力があれば、それは魔族なのだろうか。

 ならば、今の我は人間ということになってしまう。

 角がなく、ミルクを飲み、人間に育てられ、かつての力など微塵も残っていない。

 今の我は、人間そのものでは無いのか?

 考えれば考えるほど、頭が痛くなる。


「……調子が狂うな」


 小娘の膝から下りようとすると、両腕でしっかりと抱き締められた。


「……おい、離せ」


 返事は無い。

 よく耳を澄ませてみると、規則的な呼吸音が聞こえる。

 確認するまでもなく、小娘が眠りについていることが分かった。

 我を優しく包み込み、穏やかな笑みを浮かべながら目を閉じている。


「呑気なものだな」


 勇者に育てられた魔族。

 飾り付けたようなわざとらしい言動が気に食わなかったが、その言葉には並々ならぬ信念が宿っているのも事実だ。

 生前の決戦時、勇者ケライドから感じたものによく似ている。

 相容れぬはずだった人間と魔族。こやつはそれを覆そうとしているのかもしれぬ。

 人間の頂点に立つ勇者達でさえ諦めていたことを、魔族である小娘が願っているのは、何とも皮肉なことだがな。

 だが、少しだけ興味が湧いてきた。

 魔族でありながら人間の感性を持つこの娘が、我に何を見せてくれるのか。

 それは我の掲げる信念に何か影響を及ぼすものなのか。


「──せいぜい我を楽しませるのだな。ミア」


 そっと、頭を撫でた。人間達がそうしていたように。

 少しだけ、ミアの表情が緩んだような気がした。







 あとがき

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