第10話 人ならざる者(1)

 暗雲から月明かりを覗かせる満月に照らされ、夜の霧に包まれた城が不気味にそびえ立つ。

 城内ではエルフや獣人などが忙しく動き回っており、静かな夜には似合わぬ喧騒が起こっていた。

 城の奥深くの一室では、小さな円卓と椅子のみが置かれている簡素な部屋が広がっていた。

 円卓に置かれた蝋燭の弱々しい火だけが光源となる中、それを囲んでいるのは三人の人影だった。


「おやおや、一人姿が見えないねぇ。もしや殺られてしまったかい?」


 だらしなく椅子の背もたれにもたれかかっているのは、ボサボサの癖毛が目立つ女だった。


「どうでしょうか。彼女の事ですから、また何処かで遊び回っているんじゃないですか?」


 背筋を伸ばして、ニコニコと温和な笑みを浮かべている男。

 髪を綺麗に整えていて、清潔感のある好漢だが、何処か不気味な雰囲気を漂わせていた。


「ちっ、あのクソ女が、次会ったらぶっ殺してやる」


 苛立った様子で円卓に拳を叩きつけたのは、短髪を逆立て、大きな鎌を肩にかけた男だった。

 異色な三者共に共通しているのは、頭に特徴的な角が生えているということだ。

 人ならざるものである証である。


「まぁまぁ、そうカリカリするもんじゃないよ。これでも食べて落ち着きたまえ。比較的新鮮な男の腕だよ」


 女は何処からか腕を取り出すと、喜々として差し出した。


「……あぁ?」


 瞬間、鎌の男は円卓に身を乗り出し、女の首を斬り落とした。

 身体から一瞬にして分離された首は、無機質に床へと転がり落ちる。

 暫く沈黙が続くと、唐突に女の首が反転し、鎌の男の方へと視線を向けた。


「……あはっ」


 女は首だけでケタケタと笑い出した。

 その笑い声は徐々に大きくなり、遂には城中に響くほどになった。


「あははははっ!酷いねぇ!いきなり切り落とすなんてさ!あははははっ!」


「うるせぇな。黙ってろ」


 鎌の男は鬱陶しそうに女の首を蹴飛ばした。首が勢い良く壁に叩きつけられる。

 それでも女の首は動じることなく、乾いた笑い声を上げる。


「おっと、これは相当お怒りのようだねぇ。失敬失敬」


 次の瞬間、首を失った女の身体がむくりと立ち上がり、落ちた首を左腕で拾い上げては、切断面同士を接触させた。

 数秒も経たない内に、すっかり元通りになった女は不敵な笑みを浮かべている。


「全く、酷いじゃあないか。君は何をそんなにイライラしているんだい?」


「てめぇの声を聞くだけでも虫酸が走るんだよ。黙ってろ」


「ふぅん、そんなこと言うんだねぇ。魔王様が居た頃は、まだ君も私に優しかったのにねぇ。とてもショックだよ……」


「変わんねぇよクズが」


「酷いなぁ、言い過ぎだよ。ツンデレってやつかい?ん?」


「……もういっぺん頭飛ばされねぇと分かんねぇのか?」


「おや?いいのかい?次は流石の私でも怒るかもしれないよ?」


 二人の視線の間に火花が散る。

 女の方は飄々としているが、その瞳の中に好意の類のものは宿っていない。

 殺伐とした空気が流れ、部屋中を重圧感で満たしていく。

 手を叩いて二人の牽制を断ち切ったのは、未だ笑顔を保つ男だった。


「仲睦まじいのは良い事ですが、雑談はここまでにしましょう。そろそろ本題に入った方が良いかと」


「私はその意見に賛成だよ。彼はこの上なく機嫌が悪いらしいからね」


「てめぇのせいだろうが。話すならさっさと終わらせろ。こんな奴と一緒に居てられるか」


 二人は悪態をつきつつも、男の言葉に同意する。

 男は頷くと、ゆっくりと口を開いた。


「早速ですが、皆さんにお集まりいただいた理由は分かりますね?」


「勿論さ。本格的に人間の領土を侵略するって話だろう?いつも暇そうにしてる部下達が、ここ最近は必死に動き回ってるからねぇ。せっせと戦争の準備をやっている訳だ」


「ご明瞭です。最近は人間側も動きを見せませんし、お二方も退屈でしょう。そろそろ我々から仕掛けるべきかと」


「あぁ?その為に呼んだって訳か?御託はいいからさっさと攻めればいいだろうが」


「そうも行きません。確かに我々の戦力は充分に勝算が見える程度には整っていますが、人間側は飽くまでも魔王様を討ち取った連中ですからね。無闇に攻めるのは賢い選択とは言えないでしょう」


「雑魚共相手なんざ正面突破でいいだろうが。実際魔王を殺したのに攻めてこねぇしな。元より大した連中じゃねぇんだよ」


 鎌の男は苛立った様子で円卓に拳を叩きつけた。


「ふふっ、脳筋だねぇ」


 女は楽しげに笑う。


「人間側が危惧しているのは、未だ未知数である私たちの兵力でしょうからね。魔王様を討ち取ったとはいえ、あちらは飽くまでも慎重に立ち回ざるを得ない。対する我々が警戒すべきは、勇者やそれに匹敵する実力者の存在ですかね。彼らは単体で戦況を覆すことも可能でしょうから」


「あ?勇者に匹敵する実力者?」


「王国騎士団最強と謳われるレイラ。謎多き漆黒の騎士ヨハネ。白雪の大魔法使いロスナリャ。私が知る限りでは、この三人が特に危険でしょう」


「ちっ、結局は勇者の仲間に選ばれなかったカス共だろうが。くだらねぇ」


「そうかい?私は面白いと思うけどねぇ。強い敵がいるのは大賛成さ」


 女はケタケタと笑いながら人間の男の生首を取り出すと、指で眼球をほじくり出して口の中へと放り込んだ。

 やがて咀嚼を終えて喉を鳴らすと、男へと視線を移した。


「それで?君はどう考えるんだい?」


 男は少し考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。


「我々四天王が欠けずに残っていると言えど、正面からというのは厳しいでしょうね。大軍を動かそうにも、領土の境界線を超えるのは容易ではありません。それは分かっていることでしょう」


 男は懐から地図を取り出し、円卓の上に広げた。

 魔物と人間の領土は、地図の境界で綺麗に線引きされるようにして分かれている。

 地図上の中央に点在する広大な森を挟むと、東側は魔物の領土。西側は人間の領土。といった様子だ。

 あとは、大雑把な地名や街の場所などが記されていた。


「まぁ、確かに大勢でこの森を超えるのは難しいねぇ。勇者達が少人数で来たわけだ」


「ですから、我々も少数で攻め込む必要があります。抑えるべき重要箇所を効率良く陥落させなければなりません。こちらを見てください」


 男は地図上の一点に人差し指を置いた。


「まずは、北にある雪国ですね。かつてはエルフの国でしたが、その殆どが魔王軍に平伏し姿を消した為、現在は亜人種が移り住んでいます。噂によると、大魔法使いロスナリャ率いる魔物討伐隊がここで育成されているとか」


 続くように、南を指差す。


「南はドワーフの国です。魔王軍だけでなく人間派閥にすら反発するほど、独自の文化を重んじる種族です。唯一の中立種族と言ったところでしょうか。排他的意識が異常に強い国であるが故に、独立した強固な軍事力を誇っています。漆黒の騎士の活動地域でもありますね」


「それは面白そうだねぇ。私が行ってもいいかい?ドワーフの肉は特別美味しいんだよ」


「構いませんよ。元よりそのつもりでしたから」


「ありがとうねぇー」


 女は上機嫌に鼻を鳴らしながら、両目を失った生首を部屋の隅に投げ捨てた。


「最後に、こちらをご覧ください」


 男が指を差したのは、西側の更に西側、王国から大きく離れた辺境の地にある小さな森だった。

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