第8話 何が為に

 そうして、場所を村の隅にある古びた小屋の影に移す。

 我は小娘の腕から飛び降り、萎縮している小童に向き直る。


「あ、あの──」


「黙れ。貴様からの質問は許さん。我の要求にだけ応えろ」


「は、はい……」


 小童は怯えるように目を泳がせた。

 構わず尋問を開始する。


「そうだな。まずは一つ目の質問だ。貴様はどうやってこの村に来た?ケライド達の事をどれほど知っている?」


「それってどういう……」


 小童は質問の意図を理解しかねている様子だったが、我が黙ったままでいると、次第に大人しく口を開いた。


「……え、えっと、俺は移民なんだ。魔物に村を襲われて、家族がみんな殺されて、俺一人だけ生き残って途方に暮れているところをケライドさんに見つけてもらったんだ。ケライドさんは本当にいい人でさ、何の仕事も出来ない俺を受け入れて、居場所を与えてくれてる。それに、時間があれば面白い話なんかもいっぱいしてくれるんだ。昔は仲間と一緒に色んなところを旅してたらしくてさ、多分腕の立つ冒険者とかだったんだろうな」


ケライドの話になった途端、小童の口調から緊張が抜けていく。

やはり自身が勇者であることは隠しているようだが、それに関連しない情報については堂々と晒しているらしい。


「ほう、ならば話は早い。その旅の仲間とやらは何人だ?どう言った人間だ?今何をしている?」


「確か四人だったかな。ケライドさんと、ラミウムさんと、アリウスさんと、グレンさん」


アリウスは僧侶、グレンは戦士の名前だろう。


「ラミウムさんは旅の後にケライドさんと恋人になって、そのまま一緒にこの村で暮らすことになったらしいんだ。アリウスさんって人は王国の教会で働いてるらしいけど、忙しくてあんまり会えないらしい。グレンさんは多分……はっきりは言われてないけど、死んじゃったんだと思う」


「そうか。それは辛いだろうな」


「あぁ、本当だよ。ケライドさんはグレンさんの話をする時は露骨に表情が暗くなるしな」


奴らに復讐するに当たって、僧侶は十分な脅威になりそうだな。


「次の質問だ。貴様らは魔物に住処を追われたと言っていたが、魔族と人間の争いの情勢、魔王の存在はどうなっている?」


「今言っただろ。俺たちは魔物のせいで途方に暮れてたんだ。親玉の魔王ってのは死んだって言われてるけど、魔物の数は全然減らない。寧ろ増えてるくらいだ。その癖王国の騎士団とかは全然役に立ってくれないんだ」


「何?魔物が増えているのか?」


「あぁ、魔王が死んだってなった途端にだ。それでも、王国はそこら辺の魔物を倒そうと動いてはくれないんだ。小さい村なんてほとんど見向きもされない」


 小童は苦虫を噛み潰したような顔をした。余程、国の対応に不満があるらしいな。


「何より、勇者様ってのが何もしないのが悪いんだ」


「……なに?貴様、勇者が誰か知っているのか?」


「いや、大人達が話していることくらいしか知らないけど。すっごく強いんだってな。ただ、魔王ってのを倒してから全然活動してないらしい。大人達が言うには、魔王を倒した報酬がいっぱいあるから、わざわざ命をかけて働かなくなったんだろうって」


「ふん、白々しい奴だ」


 だがその発言が強ち嘘では無いと思えるほどに、今の奴等は腑抜けている。短命種の人間とはいえ、まだ充分戦える身体のはずだ。

 片田舎の村で身分を隠し、子をなしていたずらに時間を潰す暇はないはず。

 まるでやりたいことが分からない。魔族にまで肩入れする理由もだ。


「ふむ、聞きたいことは幾らでもあるが、いざその時となると浮かばぬな」


我は少しばかり質問を考えたあと、例のアレについて思い出す。


「質問というほどではないが、この辺りに少女は住んでいないか?丁度貴様ら程度の歳だ」


我がこの身体になった直後に聞こえた謎の少女の声。

現状得るべき情報としての優先順位は低いだろうが、個人的にはその内容が気になるところだ。

まるで我を意図的にこの状態へと追いやったような口ぶりだったからな。


「一人居るけど……」


「ほう。ではそやつを今すぐ連れて来い」


「……それは難しいかもな。アイツはずっと引きこもってて外に出ないし」


「なら無理にでも連れ出せ」


「無茶言わないでくれよ。そもそも会ったとして何するんだ。あんたの正体も分からないし……」


我に対する恐怖心が薄れてきたのか、かなり大きな口を叩くようになった。

即刻処刑してやりたいところだが、”まだ”耐える必要があるな。今はこやつに合わせてやらねば。


「ふん、まぁ今は良い。次の質問だ──」



 それから暫く問答が続くと、矮小ながらも少しは使えそうな情報を得ることは出来た。

 まず、人間の領土は幾つもの独立した国家によって成り立っていること。

 北に亜人種の雪国。西に人間の王都。南にドワーフの砂漠国。

 と、種族ごとに独自の生活圏を持っているようだが、今や魔物との争いでバランスが崩れ、矮小な都市や村は魔王軍によって統治されているようだ。

 この村は王都から最も離れた安全な場所に位置しており、国からの支援を受けながら成り立っているようだ。ケライド達は村の長として、度々王都に出向いて近況の報告等をしているらしい。

 今日の遠出もそれを兼ねてのことなのだろう。

 そして、魔王の死後、人間共はさほど大きな侵攻を進めていないこと。

 理由は魔物による被害が過去類に見ぬほど増加しているから、と小童は言っていたが、我の管理下を外れた魔物達が何者かによって指揮されているのは明白だろう。

 人間を本格的に滅する為に動き出した、と言ったところだろうか。

 ……だが、それは何かと不都合だ。


「──最後の質問だ。貴様は何故この魔族を虐げている?」


 我が口にすると、今まで黙って話を聞いていた小娘がビクッと身体を震わせた。


「な、なんでって言われても……」


「何を躊躇っている?れっきとした理由があるのだろう?早く言え」


 我は小童から目を離さずに問う。


「ぎ、ギル──」


「貴様は黙れ」


「……っ」


 口を突っ込んできた小娘を静止させる。

 小童は顔を黙り込むが、しばらくすると、渋々と言った様子で話し始めた。


「……そりゃあ、魔族は俺らの全てを奪った元凶だからだよ。こんな化け物と一緒に暮らしてるなんて、尊敬してるケライドさん達の唯一理解出来ないところだ」


「ほう。魔族は化け物なのか?」


「だってそうだろ!楽しそうに人を殺して、その後は食っちまうんだろ!汚い化け物以外の何物でもない!そんなヤツ消えちまえばいいんだよ!」


「汚ければ殺して良いと?それが貴様らの正義なのか?」


「あ、あぁ、そうだよ……」


 最後までは自信が続かぬようだったが、小童は確かに言い切った。


「そうかそうか。貴様の言い分はよく分かった」


 深く頷き、共感の意を示す。

 予想外の反応だったのか、小童は口を結んでいた。

 ──刹那、我は小童の指を掴むと、勢いよく地面へと引っ張り、強引に平伏の姿勢を取らせた。


「な、何するんだ──」


 の頭を掴んで地面に叩きつける。


「うぉぇ……!」


 汚い嗚咽が鬱陶しいので、何度も何度も叩きつけていると、次第に大人しくなった。

 口の中まで血で満たされたことを確認すると、髪の毛を掴み、顔を寄せた。


「奇遇だな、我も貴様のような下等で卑劣な生物が嫌いなのだ。殺したくて殺したくて仕方が無くてな。貴様なら分かるのだろう?我の胸中が」


 そこらに落ちていた石の破片を両手に取ると、血と泥で醜さに磨きがかかった小童の眼球に突き付ける。


「あっ……がっ……」


 状況を理解したのか、小童は途端に恐怖に満ちた面持ちに変わり、硬直する。


「文句は言うまいな?我は汚い化け物を消すだけに過ぎぬ。貴様の正義に則った行動だ。何も問題はあるまい。そうだろう?」


「ま、まってくださ──」


「死ね」


 一切の躊躇なく、破片を眼球に突き入れようとした。

 だが、目玉を抉り取る軽快な音は響かなかった。

 小娘が我の腕を掴み、背後から抱きしめてきたからだ。


「……何をしている。邪魔をするな」


「嫌だ!もうやめてよ!こんなの見たくないよ!」


 小娘は涙を流しながら顔を大きく横に振る。


「断る。元より貴様の為では無いと言ったはずだ。我はただこの獣が気に食わぬだけに過ぎん」


「そんなことするなら、私がギルを傷付けるから!」


 小娘は石の破片を取り上げると、我の眼球に向けてきた。

 だが、その手に殺意は全く宿っていない。

 あるのは恐怖と悲哀だけだ。


「何故そこまでして庇う?貴様は前に言っていたでは無いか。ケライド達と過ごせればそれで満足で、他の人間の事などどうでも良いと」


「そ、それは……」


 言葉が出てこないのか、小娘はすすり泣くだけだ。

 やはり甘い。魔族として有るまじき姿だ。

 我は小娘の腕を掴むと、無理やり破片を目へと近付けさせる。


「どうした?何を躊躇っている?貴様は我を止めたいのだろう?やらねば奴が死ぬのだぞ?」


「……っ」


 我が語りかける度に、小娘の手は震えを帯びていく。

 こやつは未熟であるだけだ。

 一度弱者を蹂躙する感覚を経験さえすれば、魔族としての在り方を自覚することが出来るだろう。

 だが、今すぐに矯正出来るほど甘くは無い。随分とケライド共に感化されているようだからな。

 じっくりと時間をかけて教育していくとしよう。

 魔族としての何たるかを理解するまでな。


「時間切れだ」


「いたっ……!」


 地面から飛び上がるように、小娘の顔面に向けて頭突きをすると、咄嗟の痛みで拘束を緩めた。

 その隙をついて腕の中から抜け出すと、破片を取り返し、再度小童の前に立った。


「小娘、とくと目に焼き付けておけ。魔族として生きるということの意味を教えてやろう」


 石の破片を持ち直す。

 今度は邪魔が入らぬように、明確な殺意を込めて。


「や、やめてっ……!」


 魔族として生きること。


「お願いだから……!」


 何が為に己が在るのか。


「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 これで気付くだろう。

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