第7話 村

「うん、私もそう思う。今日はお父さん達も居ないし、こんな村退屈でしかないよ」


 小娘は神妙な顔をした。


「……ならば、ケライド達と共に王都へ赴けば良かったであろう。わざわざ残る必要性があるとは思えぬが」


「ギルって変だね。魔族がそんなところに行っちゃったら、人間達に殺されちゃうよ」


「それはこの村であろうと同じでは無いのか?」


「そっか。うん、そうだね。じゃあギルに教えてあげるよ。この村での魔族の扱いを」


「ほう、話してみろ」


 小娘は村の中央広場で立ち止まり、我を下ろした。

 そしてその場で屈み込むと、手を後ろに回して顔を持ち上げた。どうやら何かを見ろと言う事らしい。


「ほら、よく見てみて」


「……?」


 言われるがままに周囲を見渡すと、農具を運んでいる数人の人間と目が合った。全員が訝しげな表情を浮かべながら我を──いや、小娘を見つめている。だが何か言葉を発することもなく、視線はすぐに逸らされた。

 だが、そんなことはさほど気にならない。

 何よりも目に止まったのは、奴らの容姿だ。

 異様なほどに小柄な者、耳が尖っている者、獣のような耳が生えている者。

 そして極め付けに、角や羽を生やしている者までいる。

 まるで統一感の無い、多種多様な種族の集団だ。


「エルフにドワーフ、獣人も混ざっているな」


「うん。この村はね、魔物に住処を追われたり、差別を受けたり、色んな事情で普通に暮らせなくなった人達が集まる場所なんだよ」


「魔族である貴様でさえも受け入れているのか。ケライド達の思考は理解出来ぬな」


「うん、そうなんだよね。魔王様なら知ってるでしょ?世の中色々な種族がいるけど、魔族と敵対している種族の方が多いってこと」


「知らぬ訳がなかろう」


 数多くある種族のうち、魔族だけが異質な存在であることは確かだ。

 エルフやドワーフは”人間”に近いが、魔族は本質的には”魔物”に近い存在だ。

 他の種族の血肉を食らい、魔物を配下にしているのは魔族だけだ。

 奴等からしたら獣と変わらぬということだろう。

 だが、魔王軍に平伏している種族も少なくはない。

 武力を重んじる獣人、種族存続に躍起になるエルフなどは圧倒的な軍事力を誇る魔族に下り、ほとんどが人間の領土から消えたと思っていたが、まだ残っているとはな。


「ねぇ、そこの人」


小娘はそこらに居た小汚いドワーフに声をかけるが、返事は返らない。

まるで聞こえていないかのような反応だった。明らかに無視をしている。


「ねぇ、知ってる?お父さん達ってすっごく尊敬されてるんだよ。困っている人たちは村に迷わず受け入れるし、獣とか魔物とかもすぐにやっつけちゃうし、頼りにされてるんだって」


「いきなり何の話だ」


 小娘は我の言葉を無視すると、頭を撫でながら話を続ける。


「そんな二人が魔族を拾っても、文句なんて言えないんだろうね。いつも助けて貰ってるんだから、図々しく追い出せなんて言えないみたい。だから徹底的に影から攻撃するの。異種族同士で助け合う村でも、誰も魔族なんかと仲良くしたくないよね」


「ふん、愚かな者達だな。気に食わぬなら武力で排除すれば良いものを」


「まぁ、基本的には無視されるだけだけど、たまに石を投げられたりはするよ。泥水かけられたり、足引っ掛けられたり、そんな陰湿なことばかりだけど」


「くだらん……無能共め……」


 村の者共を一瞥しながら呟くと、小娘は頭を撫でていた手を止めた。


「……でもね、私は全然気にしてないよ。優しいお父さん達が居るから幸せなの。魔族だからとか関係ない、そのままの私を受けて入れてくれる人達」


 小娘は立ち上がると、我に向かって微笑んできた。その笑みはどこか寂しげで悲哀を感じさせるものだ。


「私ね、ギルのこと結構好きだよ?ここの人達と違って、私のおしゃべり相手になってくれるし。ちょっと生意気だけど、なんだかんだ言って構ってくれるもんね」


「勘違いするな。貴様には利用価値があるというだけだ。用が済めばそれまでの関係だ」


「うん、分かってるよ。だからそれまでの間は、目一杯構ってくれてもいいよね?」


 小娘は我に抱きついてきた。

 まだ幼体故に体温が高い。しかし、不思議と悪い気はしなかった。

 魔族とは思えぬ警戒心の薄さ。過去に例がないであろう境遇。そして、本心から人間に好意を抱いているという事実。

 恐らくこやつは、殺しの経験もないのだろう。我を撫でるこの手からは、隠しきれぬ甘さが溢れ出ている。

 そして、孤独に対する恐怖心も。

 黙ったまま小娘の輝く瞳を見つめる。

 すると突然、背後から小娘の頭目掛けて謎の固形物が飛んできた。


「むっ……」


 寸前で掴んでみると、それは鋭利に尖った石ころだった。


「あーあ!おしい!もう少しで化け物に当たってたのになぁ!」


 我が飛んできた方角に顔を向けると、不愉快な笑い声を上げる獣人が立っていた。

 恐らく村の中の童だろう。小娘を指差しながら叫んでいる。


「ギル、大丈夫?」


「見ればわかるだろう」


「そう、怪我がないなら良かった」


 小娘が微笑んだところで、再び石ころが飛んでくる。

 それをもう一度受け止めようと手を伸ばすと、小娘は我の腕を掴んで静止させ、そのまま覆い被さるように抱き締めてきた。

 石が鈍い音を立てて小娘の頭に直撃する。


「いぇ〜い!汚い魔族にヒット〜!」


 下劣な笑い声が響く。

 小娘は振り向くことなく顔を伏せる。


「おい、何をしている。敵だ。反撃しろ」


「……だめ」


「なに?」


「……私は大丈夫だから」


 小娘は石ころの飛来する方向をじっと見つめている。

 その表情には怒りや悲しみといった感情は浮かんでいない。ただ、堪えるように苦痛に満ちた顔をしている。


「……やめてよ」


「うわ!喋った!化け物が人間のフリすんなよ!さっきから独り言ばっかりで気持ち悪ぃんだよ!赤ん坊なんて連れて、隠れて食うつもりなんだろ!」


 小娘は何も反応を示すことなく、薄汚い笑みをうかべる小童を見つめる。

 しかし、それは向こうにとっては嬉しいことであるらしい。


「ほらほら!抵抗しろよ!人喰いのくせに生意気だぞ!」


 他の村人共はまるで興味が無いようで、元より存在が無いものかのように振舞っている。

 いや、寧ろ関わるまいと各々が何処かへと歩き去って行く。

 そんな状況を眺めていると、我の頬に熱い液体が伝った。

 それは小娘の目から流れたものらしい。


「うっ……うぅ……」


「泣くな。鬱陶しい」


「……ごめん……なさい……」


 小娘は我を強く抱き締めながら泣いていた。

 先程は随分と達観したような口振りだったが、所詮は年端も行かぬ童だ。この体たらくでは先が思いやられる。


「ほらほら!抵抗してみろよ!魔族なんだろ!」


 だから、特別に教えてやるとしよう。

 魔族の常識。魔族のやり方。魔族の生き方を。


「──黙れ」


「……え?」


 小娘の頭を押し退けながら小童の前に立つと、途端に素っ頓狂な声を上げた。


「い、今喋っ──」


「黙れ。二度も言わせるな」


「……っ!!」


 途端に不愉快な薄ら笑いが消え失せ、凍り付いたような表情に変わる。

 周囲に人影はない。元より外に出ている者は少なかったが、騒ぎが起こるなり止める気もなく何処かへと去っていったからな。

 不愉快な虫けらを利用するには好都合だ。


「貴様の甲高い声は聞くに耐えぬが、今だけは許そう。念の為人目の付かぬ場所に移動して、我の質問に答えてもらうぞ」


 小童は大人しく頷く。

 我が赤子の身であれど、本能的に恐怖を感じるのだろう。

 騒ぎ立てようものなら腕の一本でもへし折ろうと思ったが、存外従順なものだな。弱者はこうあるべきだ。

 小娘が使い物にならない分、こやつから聞ける分の情報は入手しておこう。


「小娘、貴様も黙ってないで動け。大人しく我を運ぶのだ」


「……なにするつもりなの?」


「情報収集の為の尋問だ。貴様の為に助けたとでも思ったか?残念だったな。我にその気は微塵も無い」


「……うん」


 小娘は俯きながら頷くと、大人しく我を背負った。

 口元が若干緩んでいたように見えたが、それを確認する気は起きなかった。

 この状況が愉快な訳もあるまい。我の気のせいだろう。

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