第6話 外の世界
赤子に憑依してから早くも数ヶ月が経った頃の朝。
そこそこの大きさを誇る家にある小さな書室の中で、我は書物を乱雑に散らかしていた。
「ふむ……」
勇者ケライドが魔王を打ち倒した後の物語──とどのつまり、我が死んだ後の文献を探しているのだ。
しかし、有用な情報はあまりない。魔法についての本ばかりなのを見るに、これらの本はほとんどラミウムの趣味なのだろう。
我が転生したことについても調べてみたが、そのような魔法についての記述は一切無い。
この状態に至った理由は完全なる謎という事だ。
「この家のものにはほぼ全てに目を通したと思うが、どれもくだらんな。時間の無駄だった」
「んー?もうそんなに読んだのー?ギル凄いねー」
我の隣には、ゴロゴロと寝転びながら分厚い魔法書を読んでいる小娘が居た。
普段の言動からも知性を感じぬこやつが、内容を理解してるのかは怪しいが……。
「あぁ、魔王城に身を置いていた頃は、暇を持て余していることの方が多かったからな。文字の読み書き程度は出来る」
「へー」
小娘はまるで興味がなさそうに、寝返りを打つようにこちらに背を向けた。
この娘とも協力関係になってから数ヶ月が経つ。
有用な情報の一つでも持っていてもおかしくはないが……。
「……小娘よ、今の魔王軍の情勢は分かるか?」
「知らな〜い」
「では、死んだ者が生き返る……。他の者に憑依したりする魔法については?」
「興味な〜い」
「貴様の齢は?」
「数えてな〜い」
「貴様……」
この魔族は全くと言っていいほど役に立たん。働く気を微塵も見せない。
「ていうか、その小娘って言うのやめてよ。私はミアって名前があるんだよ?」
「黙れ、話を逸らすな。元より協力すると言ったのは貴様であろう。ケライド共を殺されたいのか」
「だって分かんないんだもん。本とか難しいのばっかりだし」
「馬鹿者が。本を読むなど我の手で事足りる。貴様にしか出来ぬことをしろ」
「どういうこと?」
「聞きこみ調査だ。魔王討伐を果たしたケライド達なら有用な情報を持っているだろう」
「でも、今日は二人とも王都に行ってるよ?」
小娘は訝しげな顔をした。
ケライド共は度々この家を空けるが、その度に王都へと出向いているらしい。
どうやら衣料品とやらを買い込んでいるようだが、数日間家を空けることが多い以上、それだけとは到底思えぬ。
今の生活がどうであれ、奴らが勇者であったことに変わりは無い。何かしら動いているはずだ。
「ケライド達が居ないのならば、村人達にでも聞けばよかろう。ついでに我も連れ出せ。未だ外に出たことがないからな。人間の村には少しばかり興味がある」
「……村人……」
小娘の表情が露骨に曇った。
面倒事を押し付けられたと思っているのだろう。
だが、協力を申し出たのはこやつからの以上、我の要求を断る道理は無いはずだ。
「ね、ねぇ、ギルはお留守番しない?私一人で聞いてくるからさ」
「貴様……そう言って逃げる気であろう。その手は食わんぞ」
「ち、違うって。お父さん達を守るためにも、ちゃんとギルの言う通りにするよ」
「今連れて行かなければ、貴様との契約は無かったことにする。使えぬ情報収集者など必要ないからな。ケライド達も惨たらしく殺してやる。貴様の目の前でな」
「……魔王様って性格悪いね」
小娘は本を閉じると、ジト目で我を見つめてきた。
「ふん、勘違いするでない。貴様は我に従う側の存在だ。拒否権など元より無いものと知れ」
「そんな偉そうにしてるけど、今のギルは私にも勝てないかもしれないんだよ?口の利き方には気を付けた方がいいんじゃない?」
「やれるものならやってみるがいい」
「……ふーん……」
小娘は途端に無表情になり、我の前に立った。
相手も幼子と言えど、圧倒的な身長差だ。見下ろされると随分と不快に感じる。
「…………」
暫し睨み合ったままの沈黙が続くが、やがて小娘の方から動きを見せる。
我の脇の下に手を差し込んで抱き上げ、無表情のままじーっと見つめてきた。
攻撃される気配もないのでそのままにしていると、我の身体は背中の方へと移動された。
所謂おんぶというやつだ。
「……どうした。怖気付いたか?」
「私から協力するって言っちゃったし、約束破る訳にはいかないでしょ。それに、ギルが傷付いたらお父さん達が悲しむもん」
「ふん、生意気な小娘だ」
「ギルの方が生意気だし子どもじゃん」
「貴様……」
「あはは、ごめんごめん。ちゃんと言う通りにはするから怒らないでよ」
小娘は無邪気に笑いながら言うと、我を背中に背負ったまま家を出た。
こやつの態度こそは最悪だが、情報が枯渇している今、協力が有効に働くのも事実。今だけは耐える他なかろう。
「ねぇ、この村はどう?」
「”どう”とはなんだ」
「えっと、なにか感想とか無いの?初めて見たんでしょ?」
「見たままを言えば、全くもってつまらぬ場所だ」
小娘に背負われながら村の様子を眺めていた我は、率直な感想を述べた。
村には粗末な作りの民家や田畑が広がるだけで、面白味のあるものは見当たらない。
さほど期待はしていなかったが、ここまで退屈そうな場所だとは思いもよらなかった。
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