第4話 怪異

 その日の夜、我は耐え難い拷問を受けていた。


「ギルは本当に可愛いなぁ……。うひひ……いい子いい子……」


 気色の悪い笑みを顔に貼り付けたケライドが、我を抱き上げて頬を擦り付けてくるのだ。


「もー、あんたばっかり構いすぎじゃない?そろそろ私に代わってよ」


 そのケライドの隣にはラミウムの姿があり、恨めしそうに見つめられている。


「むぐぐ……」


 じたばたと暴れてみるも、効果は無いようだ。

 肉体が赤子になってしまっている今、力づくでは抜けられん。


「あぁん、ギルぅ……!可愛いよ……!食べちゃいたい……!」


「……っ!」


 一際強く抱きしめられた瞬間、ゾッとした寒気が体中を走った。

 何だこの男は!本当に我を葬った勇者なのか!?もう耐えられぬ!


「むん!」


 我はケライドの鼻に手を伸ばし、人差し指と親指で思いっきり摘んでやった。


「いてててててて!いたいたいいたい!なんでだぁぁ!?」


「あんたが気持ち悪いからでしょ」


 ケライドが怯んだ隙を狙って、咄嗟に腕から飛び離れる。


「あうっ……!?」


 しかし、その拍子にバランスを崩してしまい、頭から落下してしまう。


「おっとっと」


 重力に従って我の身体が落下していく──が、地面にぶつかる直前でふわりと止まる感覚がした。

 我の身体が宙に浮いていたからだ。

 不格好なポーズのまま空中で停止した我は、徐々に上へと浮遊すると、ラミウムの腕の中へと収まってしまった。


「ちゃんと抱っこしてなきゃ駄目でしょ。今の下手すりゃ大怪我してたよ。あんたがきもいからこうなる」


「す、すまん……。でもきもいは余計じゃないか?」


「事実でしょ」


 ラミウムは悪戯に笑いながら、我の頭を撫でてくる。

 今のは……魔法か。あれほど安定して物を浮かせるには、相当な技量が必要になる。

 知性に欠ける言動のせいでつい忘れてしまうが、こやつらは腐っても我を葬った人間だということか。


「ん〜、可愛い。流石私の子。将来は物凄い美青年になるんだろうね」


 ラミウムはケライドとは違い、過度なスキンシップはしてこない。

 絶妙な温かさと揺られ加減で、徐々に眠気が襲ってくる。

 すると、涙目のケライドが顔を出してきた。


「ギル……こっちを見て……」


「ギルが怖がるからやめて」


「いたい!」


 ラミウムに頭を叩かれるなり、ケライドはすっかり大人しくなる。

 どういう訳か、この女には頭が上がらないらしい。


「少しくらいいいだろ……」


「あんたは愛情表現が過激すぎるの……って、もう寝る時間だね」


 ラミウムは我をベッドに寝かせると、額に軽く口を付けてきた。

 この行為に何の意味があるのかは理解出来ぬが……まぁ、悪い気はせん。害があるわけでも無い。


「おやすみ、ギル。愛してるよ」


「俺も愛してるぞ。勿論母さんもな」


「とっくに知ってる」


 ラミウムはケライドを軽くあしらうと、部屋の明かりを消していく。


「あっ、そうだ。明日は王都に定例報告行くついでに、ミアの服買いに行こうか」


「え?ほんとに!?」


「……変な服選んだらぶっ飛ばすからね」


「分かってる!任せてくれ!いやぁ、楽しみだなぁ〜!」


「本当に分かってんのかね。この男は……」


 二人の他愛無い会話を聞いているうちに、段々と意識が遠くなっていく。


「ほら、ギルも眠そうにしてるし、もう出るよ」


「そうだな」


「おやすみギル。いい夢見なよ」


 ラミウムの囁くような声が脳に浸透していくと同時に、我はゆっくりと目を閉じた。

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