第9話 槌で戦う
そんなこんなで、オレは村とモグラの戦いのど真ん中にいた。まだそんなに動いてないハズなのに疲れてきた。
確認としてモグラから
問題のオレの相手だが、何故かオレの前、モグラ陣営には先ほどオレらに相談を持ち出した張本人であるはずのモグラの獣人がいた。周りのモグラ共に促される様に前に出され、静々とオレと対面する場所に出てきた。丁寧にお辞儀らしい仕草まで見せた。
「状況から察するに、アンタがオレの対戦相手って事か?」
「…はい、そうなります。まさかあなた様とこうして対する事になるとは。」
オレも正直思ってなかった。そもそもオレは戦う気すら無かったからその通りだが。
相手さんは嫌々戦う事になるのかと思ったが、様子を見たらそんな雰囲気ではなかった。むしろオレを見据え構えている状態だ。
「確かにあのまま話を受け入れてくれれば私としても良かったと思います。しかし、私もモグラの仲間で、皆様もそれを認めてくれています。それに答えるため、私は仲間の皆様のために全力を出すつもりです。」
最初はオレに対しての申し訳なさが見られたが、今はモグラの仲間の事を考えてか気合が入っているのもわかった。相手がこうではオレも本気を出さざる負えなくなった。後ろの村側の事は知らない。
好い加減始めないとどやされそうだし、オレも槌を構えた。槌は使い方を一応教わっているが、あまり使わないため少々振り回されるかもしれない。そうして村とモグラの戦いは再開され、カナイの合図によって開始した。
始まった途端に獣人の姿は消えた。比喩では無く本当に消えた。
何があったのか一瞬わからなかったが、別の穴から獣人が頭を出したのが視界の端に映り、咄嗟に槌を勢いよく振り下ろした。が、当たらなかった。
見て分かったが、あの獣人めちゃくちゃ速い!獣人であるためか図体が他のモグラより大きく、オレの相手をしている時もどこか動きに緩慢さが見られたから油断していたが、まさか穴を振り進む速さがここまでとは思わなかった。もしかしたら他のモグラ以上じゃないか?
自分の相手のまさかの能力に意表を突かれたが、それだけ本気だと見せたかったのだろ。どこか命を懸けている気迫すらも感じ、コイツも他者を優先する程の激情家なのかと感服しかけた。
オレは自分がどこかで見下し、慢心していた事を反省しつつ槌を構え直し次に出るであろう場所を探す。しかし目を凝らしても獣人が出てくる穴がどこか予測出来ない。今まではただ見ているだけだったこのモグラ叩き、ヤバい…思っていたより難しいかもしれん。
そう悩んでいる間に刻一刻と時間が迫っている。ヤツがまた頭を出した。直ぐに土を振るったが、槌が斜めに向いていたためにギリギリで当たらなかった。
当たりそうでなかなか当たらないギリギリの攻防が続いて少し手が痺れてきた。モグラ側からは獣人に向けた歓声が響き、オレの後ろの村側からは罵声が聞こえた。言いたい気持ちはわかるが今は黙っていて欲しい。本気で。
だが現実はやっぱりオレに厳しい。槌を振るえど振るえどモグラにかすりもしない。獣人としてはオレが勝つ方が良いハズだが、それだけ仲間の声に応えたいのだろう。獣人である自分を受け入れ、こうして歓声を送る位だ。アイツにも考える事があるんだろう。だがしかし、相手の事を考えてる暇は無いし、もしかしたらオレの命が危ういかもしれない。
アサガオがずっとこっちを見ているのを目にして、以前アサガオがオレの剣の師匠に質問をしていたのを思い出した。
“ふむ…私が振るった剣を当てるコツか。それは簡単なことだ。それは、相手が動いたときに生じる呼吸音を聞きわけるのだよ!
ヒトも動物も生きていれば呼吸をしたり声を出したり色んな音を出すが、とりわけ呼吸の音は動きを察することだって出来るんだ。たとえ相手が100キロ離れた場所にいたって、呼吸の強弱で細かい位置や今どんな動きなのかも一目りょーぜんだ!”
イヤ無理だろ。
100キロも離れたら、さすがに五感の優れた獣人だって聞き分けるなんて無理だろう。だがあの師匠ならやりかねない。あのヒトはそういうヤツだ。そんな無茶な話ではあったが、多少はコツを思い出せた気がする。あの会話を思い出したのは少し遺憾ではあるが。
だが、その前に少しやらねばならぬ事がある。そのためにまず、魔素を練る出し準備をした。
「奏でる音、その響きを、口を閉ざし、
想像をし詠唱を唱える。そしてソレをそのまま村人側に放ち、魔法を発動。結果、効果が出て村人の声が小さくなり聞こえなくなった。立派な音量操作の魔法だ。上手くいった。
「何しとんだお前!?」
「うるせぇ!時間無ぇんだちょっと静かにしてくれ!」
村人達は自分らの声の異常に驚き困惑しているが、あくまで音を小さくしただけでルールには反して無いし、今の村人は興奮していて聞いてくれそうにないから強制的に静かにしてもらった。カナイから叱りを受けるのは当然だが、傷付ける目的の魔法ではないから今回は大目に見て欲しい。
モグラ共の方にも魔法を掛け、なんとか小さな音を聞き分ける事が出来る様になった。モグラ共も村人同様に怒ってはいるがこちらも気にしている場合じゃない。
本当に時間がなくなってきたから集中した。叩いて印を付けるのはたった一度で良い。その一度のために、遠くで
槌を振った。
結果を言うと無事村側の勝利となった。実は時間も結構ギリギリだったらしい。最後に頭を出したのが丁度オレの背後の地面に開いていた穴というところが、この獣人も結構小賢しい性質らしい。さすがモグラ共の仲間だ。
だが、アイツの体が他のモグラよりも大きい事から、前のモグラが掘った穴では小さくて通れない、だから自分で掘って穴を大きくする必要があった。掘った分だけ時間が掛かるハズの時間が短いのは、やはり土堀りを得意とする動物の獣人なだけあった。
それでも掘る時に生じる新しく土を削る音。ソレを聞き取る事が出来て良かった。そんな獣人だが、負けはしたが健闘を
一方村人はオレに駆け寄り小さな声で何かを訴えている。ソコでオレは村人に魔法を掛けて声の音量を変えていたのを思い出し、モグラ共の方も一緒に魔法を解いた。
魔法が解けた村人はいきなりは止めろ、ちゃんと言えと叱りはしたが、それでもよくやったと賞賛の言葉をもらった。オレも少し焦って事を急いた自覚はあったので謝罪した。それでもあの村人の様子を見ると、話を聞くかどうか怪しいと思う。
そうして村人と話しているとモグラ共がこちらに近寄って来た。
「負ケタヨ、アンタナカナカヤルジャナイカ。」
「約束通リアンタノ言ッタ場所ニ移ル事ニスルヨ。」
「アンタニハ迷惑ヲ掛ケタナ。詫ビハ今ハ出来ナイガ新シイ棲スミデ安定シテキタラ改メテ礼ヲサセテモラウヨ。」
村人と対峙している時とは打って変わって穏やかな口調で話し、既に移り住む準備が始まっていた。コイツら話を受ける気満々で、戦いは本当にしたくて戦っていたみたいだ。
向こうの方で村長とリーダーらしいモグラが握手を交わしているのが見えた。村人らの様子からはもうモグラ共に対しての怒りは一切見られず、むしろあの喧騒がウソだとでも言う様に互いに先ほどまでの戦いを讃え合い、これから宴でも始めそうな陽気ささえも見えた。
むしろ本当にあの戦いは必要無く、真摯に話し合えば移住の話も出てきて問題も早く片付いたのではないのかと思えた。もし本当にそうなら、マジでオレの苦労損しただけになるが。
そんな事を思っていると、獣人がオレに近寄り話し掛けてきた。
「守仕さま、今回は我々もぐらのためにご足労して頂きありがとうございます。」
「あぁ…だが実際の功績者は小鬼だから、礼なら小鬼の方に言ってくれ。」
さっきまでの思考を置いておき、諦めたような口調で獣人に吐いた。
「はい!そちらの方々にも後で礼を言いに行かせてもらいます。しかし、まずはあなたさまに言わねばと思った次第です。」
「そうだな。何故か意味無く戦わされるし、戦った相手は相手で手強かったと言うか小賢しかったと言うか。」
直球の文句ともとれる嫌味を言ってやると、獣人は困った様に笑い謝罪を言ってきた。正直さっきの戦いの様子を直接目にしたワケだから、そんな様子さえも裏にまだ何かを隠しているのではと恐ろしく感じた。こういう穏やかな印象なヤツ程油断ならないとは誰が言ったか。
「…アンタでも進んで戦いに出る事があるんだな。」
「それは本当に、自分でも無茶な事をしたと思います。自分を仲間に入れてくれた皆様にために、自分は常日頃から命を掛ける覚悟をしておりましたから、今回また1つ恩を返せて、私も誇らしく思います。」
常日頃から、という言葉を聞いて、オレが眉をひそめた。
「…仲間のためだからっつって、毎日する必要は無い。」
オレの言葉を聞いて、獣人は少し意表を突かれた顔と声を出した。
「仲間になった時点でアンタは十分恩を返せてるハズだ。それに毎日命を掛けるなんて、体力自慢の獣人だって、体がもたねぇぞ。」
「…はははっ、そうですね、はい。ありがとう御座います。以後気を付けます。」
何か、らしくもなく自分がしおらしくなった気がする。このモグラの獣人に同情をしてしまったのかもしれない。それは相手に失礼な事だと反省した。
「あっそうだ。目的の場所川の向こうだけど大丈夫か?」
「あっ大丈夫ですよ。私達は水の中も入れますし、泳ぐことも出来ますし。」
そういやモグラって土の中にいるイメージがあるせいか、泳げる印象が浮かばないが実際泳げるらしい。オレも聞いただけだが当のモグラが言ってるから、そこは心配しなくて良いのだろう。
「本当に今回は私達のために有難うございます。あなたさまとの戦いも私はとても良い経験になりました。それでは私はこれで。仔ども達も待っておりますので、では。」
互いに軽く会釈を済ませ、村人やモグラ共の方もカナイが事後処理をし、無事今回の騒動は幕を閉じた。
村人やモグラ共同様に、戦いの場ともなった畑も、村の雰囲気も普段の
「もう、誰も何もしないで欲しい。」
正直な気持ちを口にし外に出すが、それでも体に貯まった疲労だけは外には出てくる事は無い。そんな風に一休みしているオレにカナイが近寄って来た。
「お疲れだなシュロ。しかしあの槌捌きはなかなか良かったぞ。」
軽い調子で話すカナイに向かって苛立ちを見せるが、どこ吹く風と言った様子でそっぽを向かれた。そもそもコイツがモグラ叩きに参加しなかった事に不満を漏らすが、それも同様に軽く受け流された。
「私はあくまで守る立場で、お前が動く立場だ。今回も良い働きを見せる事が出来たし、村人にいきなり魔法を掛けたのはちょっと頂けないが解決に導く事も出来たし、守仕として立派な働きをしたな。」
魔法は本当もう少し考えて使えよと念を押されたが、もう何を言われても頭に入る気がしない。村人の農家の皆々様は先ほどの戦いなんて知らないのではと思えるほどの平穏な雰囲気で、余韻も何も残ってないこの状態が更にオレの寒心を煽り立つ力も湧いてこない。
そんなオレの横にアサガオがせっせと走り寄って来た。こっちもこっちで一仕事したと、まだ土汚れが付いた状態のままオレを見たままオレの頭を触った。コレはモグラの獣人を慰めていたのと同じでオレも慰めようとしているらしい。するのは良いがちょっと今は返事をするのも億劫で、されるがままにオレは項垂れた。
因みに途中で腰を痛めた女性は、次の日には何事も無く立ち上がり畑仕事に精を出していた。他の参加者も筋肉痛などの症状も無く平穏に過ごしている。腰を痛めた女性もあの戦いの後すぐに立ち上がって自分の足で帰宅して、翌日には普通に自分の畑で農作業をしていたとか。怖い。
「結局アンタ、戦いを見てただけかよ。」
「まぁ狐姿じゃ動きに制限が掛かるがやれん事は無い。…ただな。」
「ただ?」
「私が畑に近づくと、農家の皆様がモグラなどの泥棒をやらかした動物共を見る時と同じ目で私を見て来てな?」
「…あぁ。」
「納得するな!私は何もしてないからな!?」
「あっちもソコはわかっているのか?」
「…わかっていても体が反応するって。」
「条件反射って厄介だな。」
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