第7話 農場で開戦

 畑に忍び込むのはヒトだけじゃない。むしろヒトだと作物に関して素人なヤツが多く、食える作物と食えない肥料用の作物の区別が出来ず失敗する事例が多い。何よりヒト相手なら犯罪に関するルールが適応されるからまだマシかもしれない。だが、そんなヒトのルールも適応しないどころか無視して盗みを働くヤツらがいる。それが野生動物共だ。

 動物と言ってもカナイが守護する森にいるヤツらとは関係無い。むしろソイツらは村で泥棒を働いた後の報復を知っているから盗みを働こうとは絶対しない。絶対に。

 収穫前の時期を察して森とは違う外から来た動物がやって来ては、丁度良く熟したのを見計らってヤツらは遠慮なく貪って行く。食べごろだと狙っていた物が一晩の内に消失するなどザラだ。そういうヤツらなのだ。

 正直オレは農家では無いし、あくまでカナイが守る土地にある畑だというだけでオレが手を出すとか口を挟むの筋違いだ。しかしオレは守仕だ。カナイに言われた以上手伝う他無い。結局オレには自由は無かった。腹が立つ。そして何と言っても今のこの村の雰囲気である。恐らくさっき言ったオレが守仕だとか、カナイが土地守だとかは今の村人の前では無職に等しい。言い過ぎなのではない。


 さて、今回見ての通り畑被害に遭ったのはわかるが、実質の被害は作物では無い。被害があったのは畑そのものだ。そして犯人は既にわかっているし、なんなら村人の目の前に群れでいる。被害者なのは村人側であり、動物が加害者であるのは間違いないはずだが、この場の空気が冷え互いに向き合った今ではどちらも加害者に見えてしまっていた。何せ村人も向かいにいるヤツらも皆怒号を飛ばし、とても被害にあった者には見えないからだ。そして申し訳ないが。オレはこの対峙を直視する事が今出来ない。見たら多分もう戻れないし、この戦争に巻き込まれる。いや、もう巻き込まれてうかもだが。目を少しだけ逸らした状態でオレは村人と動物共の対峙する様子を見守った。カナイも同じで、よく見ると目線が泳いで見えた。


「好い加減にせいや!おめぇら誰のヤマで好き勝手してんか、わかってんのかぁ!?」

「早うここから出ていかんと、1匹ずつ引きずり出して丁寧にこねくり回したるぞおいぁ!」


 以上が村人かつ農家の台詞である。相手が動物だから動物と対話出来ない村人はただ一方的に話している様に見えるが、対峙する相手は地面から顔を出し、人間の言葉がわかっている様にこちらも話してた。以下、妖精であり動物の言葉が唯一分かるオレが仕方なく通訳した動物らの台詞である。


「ワカラン奴ラダノゥ貴様ラ!良イカラ出スモン出セッテンダ!」

「コットハナァ、貴様ラ人間ヲドウニカ出来ルダケノ力ヲ持ッテルンダゾアァ!?」


 そう言い、モグラ共は村人にたんを切っていた。

 余所の土地から流れ着いたであろうモグラ共が、今回の村での騒動の発端らしい。動物の言葉を理解出来ず、オレが通訳を挟まないと対話も出来ないはずの人間である村人達は、まるで全て理解しているかの様に再び叫んでいた。

 正直オレはもう聞くのもキツいから、大衆の前では絶対に大声では言えない程の事を言っているとだけ伝えておく。

 ちなみにアサガオも人間だから動物の言葉は分からないし村のヤツらが何を言っているのか理解出来ないだろうが、さすがに直に聞かせれないとカナイが既に察して大分前から耳を塞いでいた。アサガオは何を言っているのか気になると文句を言いたそうにオレを睨んでるが、今回は我慢させた。


「こんな状態になって、オレはまだ通訳としていなきゃダメか?」

「そりゃそうさ。こんな言い争い、この村じゃまだ序の口だぞ?ほれ、もうすぐ始めるみたいだぞ。用意しておけよ。」


 もうすぐ始まると聞いて、何故このむらではそんなルールになったんだと今更ながら呆れから溜息が出た。

 何せ今まさに開戦するからだ。

 つまり村人とモグラの戦いが始まるのだ。さっきまでの怒号の飛ばし合いが互いの意思表明としてやっていたというのが信じられない。

 そんな敵意丸出しな恐ろしい意思表明を終えた後にヤツらは何をするのかと言うと、手順ルールを設けた試合を行う。これは土地守であるカナイが争いの激化を抑える為に、この村の中で設けたものだと言っている。

 結果の白黒をどう着けるかは結局勝負に勝つか負けるかだが、殺生禁じられたこの世に中で勝負と言ったら遊戯に他ならない。それでも相手に勝てるならばと更にカナイが提案したのが、モグラ叩きだ。そう、モグラ叩きだ。

 安直な名付けだがわかりやすい。手順ルールは一定の時間内に決められた範囲内をモグラは穴を掘って頭を出す。出てきたところを玩具の槌で叩いていく。玩具の槌には着色料を付けたを付けており、叩けば色が付いてどのモグラを叩いたか一目でわかる。時間は10分位だったか。

 こうして時間内に全てのモグラに色を付けれれば村の勝ち、色を付けれなかったモグラが時間以内まで逃げ切り村人側が参ったと言えばモグラの勝ち。


 以上がこの畑荒らし騒動の決着の着け方だ。ぶっちゃけて実際の光景を見ないで説明だけ聞けば完全に子どもの遊戯だ。実際に大きな街では祭りでこういった催し物があるとか。それよりも今は村内の事だ。今村人側の代表者が前に出て、モグラの方は今からどいつが相手をするのか決めている。そう言っていたら決まった様だ。

 皆が開けた場所に出ると村人は槌を構え、モグラも土に潜り始まるのを待つ。それらを見届けたカナイは少し前へと出て少し間を開けてかた、両者へ始まりの合図として大きく声を上げた。


 戦いのために、場所は変わって畑の横の土の見える開けた場所。そこに移動する時だけ村人もモグラも大人しくしているのが更に怖い。着いたら着いたで途端にまた睨み合いは始まって、まじで切り替わり早い。

 そうして始まった村の中での戦いだが村人、特に農家に年の若い者はあまりおらずほとんどが年配だ。畑仕事の慣れているとは言え、土の中を素早く掘って移動するモグラ相手では厳しいのでは?と村の外から来たヤツなら思う。だが、今目の前で繰り広げられている光景はそれらの心配が一瞬で地の底に落とされるものだった。

 速い、とにかく速い。その槌を振るう速さは並のヒトでは出ない、例えるならいつか見た熟練の傭兵を思わせた。槌とそれを握る腕の残像が残るほどの身体能力、あれは土を耕すクワを持っている時の構えなのだろう、まさしく職人の姿が見れた。


「伊達に50年畑の土を耕していねぇ!このままテメェらも耕してやるぞぉ!」


 だが、そんな迫力にモグラは気迫の圧される事無く槌をかわしていた。色を付けられたモグラが多数見られるが、全てのモグラにまで色を付ける事叶わず、結局時間が経ちその戦いはモグラの勝利となった。

 勝利を収めたモグラは仲間から歓声を浴び、村人の方は1回負けた位ではまだ折れる様子を見せずモグラに睨みを利かせていた。


ルール上、村人はモグラどちらかが降参するまで戦いは続く。どちらも農家としての身体能力とモグラとしての生態によって体力はまだまだ尽きる事は無い様子だ。そんな戦いをオレは自分でもいままで何を説明していたのかわからなくなる位茫然としていた。


「所で、審判役がカナイだとして、マジでオレ何の為にいるんだ?」

「ほら、どっちもあんなだから念の為に乱闘騒ぎに対応できる奴が必要だろ?」


 結局オレは盾役らしい、畜生。そんなおれのやるせない心情を無にする様に戦いは続けられている。戦っている最中も何か悪口の言い合いをしていたり、周りの戦ってる奴の応援をしていたヤツらまで悪口を叫びだし、悪い方に賑やかな事になっていた。

 最早通訳をするヒマさえなく子どもの喧嘩にも見えてきたオレは、少し耳が痛くなってきたから、もう少し距離を離れて様子を見ていると後ろから弱弱しく声を掛けられた。正確に言うと背後の足元からだ。見下ろせばそこにもモグラがいた。


「あの、貴方方が土地守サマと守仕サマでいらっしゃいますか?」


 元々この村の周辺にも森の方にもモグラは見ないが、特にコイツは今村人と戦っているモグラと同じ種類ではあるものの様子が少し違う。それに動物にしちゃあ声がハッキリ聞こえる。もしやコイツは正確には動物ではないのだろう。


「あぁそうだ。オレの方が守仕だが、アンタはモグラの『獣人』か。」

「あっはい!そうです。実は今回の事で相談があるのです。」


 やっぱりコイツは獣人だった。よく見ると姿は完全に動物のものだが、従来のモグラと比べて一回り大きい。そもそもヒトとしての要素を持ち合わせているかで動物か獣人どちらかが決まる。要はヒトの言葉を話し、会話が出来ればソイツは獣人である。もちろん容姿にヒトの要素があるタイプの獣人だっているし、むしろそちらの方が多い。

 そんな事よりも、今はこのモグラ獣人からの相談だ。どうやら今啖呵を切っている最中のモグラと村の農家とが敵対してしまった現状について話がある様だ。内容によっては今回の戦いを早く終わらせられる策が練れるかもしれないので、話を聞いてやる事にした。カナイも目線は戦いを見ているが、耳をたててこちらの話も聞いているらしい。戦いか始まってからずっと耳を塞がれていたアサガオは、やっと解放されてやってきたモグラの獣人をしゃがみつつジッと見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る