第5話 締めで溜息

 さて、気絶したオオカミだが前足後ろ足どちらも小鬼が用意した蔓製の縄で縛りここから運び出そうとして、何かがオオカミの体に付いているに気付いた。よく見るとソレは枯れた木の根だ。戦ってる最中にどこかでくっ付けたソレが体毛に引っ掛かったままでいたのだろう。種類は見た事無いが気にせず払い落とした。

 そうこうしている内に口を縛ろうとした次の瞬間、オオカミが意識を取り戻し、目を見開き体をじらせた。直ぐに後ろに跳び鞘に納めたばかりの剣の柄を握ったが、様子が先ほど戦っていた時と違い大人しく辺りをキョロキョロを見渡している。コレは見覚えがある。アサガオが移動中によくやる癖だ。好奇心などで音がする物や影を目で追い余所見してるものに近い。そう思考していると、ずっと正気を失い言葉すら発しなかったソイツは初めて口を開いた。


「こごはどごだ!一体何起ぎでらんだ!?」(ここはどこだ。一体何が起きているんだ。)


 …他の動物よりも体が大きいから力も強く、そのため言葉も他の動物よりもハッキリと聞き取れた、ハズだった。何か濁った発音に聞こえてよく聞こえなかった。特に最後の辺り。


「おめらは何だ!?まったぐ記憶さ無ぇすなすてが体のあぢごぢが痛ぇ…まさが自分さ何かするべどすてら悪人だぢが!?」

(お前らは何だ。まったく記憶に無いし何故か体のあちこちが痛い。まさか自分に何かしようとしてる悪人たちか。)


 よく聞くと言ってる意味はわかる、だがやっぱり所々聞き取れなくて何と返事すれば良いか悩む。


「あー…何かする事はもう無いから、とりあえず寝て休んでろ。ってか寝ろ。」


 オレの言葉を聞いて更に混乱したオオカミを余所に口を遠慮なく縛り、強制的に黙らせた後小鬼共に合図を送り持ち上げる様指示した。オレの様に動物の声を聞き取れない小鬼共はオレの様子を見て察したのか、オレには何も言ったり聞いたりせず黙って正気を取り戻したオオカミを予定通り森の外に向けて運び出した。オオカミはワケも分からないまま暴れようとしてるがどちらの足もしっかり縛られているため体を揺らす位しか出来ぬまま、小鬼共に運ばれて行った。

 アサガオにオオカミは何を言っていたかと聞かれたが、正直何と言えばわからずさぁ?としか返事出来なかった。

地面に落ちた木の根はいつの間にか消えてなくなっていた。


 時間が経ち、村の戻る前にカナイに連絡をとったおいたので待機していたカナイの下までやっと縛られたオオカミを運び出せた。ちなみにオオカミは運んでる最中も叫んだり逃げようともがいたりしていたが、記憶に無い戦闘での傷や疲労で今は気絶した様に眠っている。ホントに気絶ではなく寝ているだけだ。


「成る程…こいつが今回の犯人か。見たところこいつは北方に棲む奴だな。」

「あぁやっぱそうか。詠唱も無しに魔法発動してたから、体毛その物が魔法の術識になってたんだな。」


 術識じゅつしきは魔法を発現するための情報の様なものだ。円形の模様で描かれる魔法陣と呼ばれるものは、その術識を可視化したものだ。妖精族は他の種族の目には見えない術識を視認出来、ヒトによって見え方が変わる。ちなみにオレの目には、宙に薄く光って浮かぶ模様や記号の様に見える。

 このオオカミは何らかの要因で皮膚か体毛に術識を持って生まれた種類の動物だ。稀にそういった動物が生まれソイツが群れのリーダーになる事があると聞く。今回はその術識の暴走だろうとカナイと予想をたてた。


「そんなヤツを村に入れるのはどうかと思ったんだが、コイツらがどうしてもカナイや村人に直接見せたいって言ってな。」


 ナワバリにあまりヒトを入れたくない、そもそもナワバリに非戦闘員は入れない。だから小鬼共はわざわざ自分らが運んで事件の犯人であるオオカミを証拠として見せに来た。というのが現状だ。オオカミも今は眠っているし縛られてもいるし、一応安全ではある。アサガオも注意されないのを良い事にオオカミの毛に触ったりしてちょっかいをかけてた。これ以上触る様なら好い加減注意しても良いだろう。

 当然だが村人は距離を開けてこちらを見ていた。正確にはオレの隣にいる小鬼だろう。何やらおずおずした佇まいで明らかに何か言いた気だ。そんな様子村人を目にしてもオレはあえて相手にせずカナイと話を続けた。


 北の土地は大半が雪と氷で閉鎖的な場所となっているせいか、そこに棲む動物や妖精は他の土地の者と比べて異質で魔法の力が強いヤツが多い。北からやってきたこれだけ巨体のオオカミであるなら、あの風の壁による防御の強さは納得出来る。

 そもそもそんな所からどうやってこの西の大陸に渡って来たかは謎だが、暴走状態故に北と西を隔ててる山を無理やり登って来たとなったら相当なものだ。


「なんで暴走したのかはわからん上に、今後同じような事が起こらないとも思えない。対策くらいは立てといた方が良いだろ。」

「…わかった。他の土地守にも同じ様な事が生きてないか聞いておかねばな。」


 今後についてあれこれ喋っていると、黙って立っていた村人が近づいて来た。例の壊された家屋の男性の方だ。女性は男性の後ろからついて来る形で一緒に来た。オオカミの方ばかり見てたアサガオも何事かを察してオレらの方を見た。


「…何だ?」

「その…土地守さま…いえ、守仕さまかどちらか、そちらの小鬼に訳して伝えてほしいのですが。」


 どうやら村人は小鬼と話をしたいらしい。さま付けはいらないとオレが先に言ってから、何と言いたいんだと聞いた。隣でカナイがさま付けくらい良いだろと小声で言ってたが、それ以上は村人にもオレにも何も言わなかった。アサガオはオレに近づき黙ったままオレの服の裾を引っ張った。村人の二人は互いに目配せしてから再びオレに向き直り言った。


「申し訳なかったと。」


 真剣な、最初に小鬼を見つけた時とは違う怯えや怒りの感情も無くハッキリと言った。


「考えてみれば可笑しなところがあったのに、確かめもせずにただ小鬼の声がしたとだけで全て小鬼のせいだと決めつけてしまった。」

「それどころか別の犯人を、それも守仕さまと協力して捕らえて来てくれて。そんな者達に無実の罪を着せて、失礼な事をしたとお伝えください。」


 本音を言うと感心した。ホントに小鬼は犯人ではないのかと疑ってかかるのではという気持ちでいたが、そこまで浅はかでは無いらしい。謝罪を自分から言う村人の姿に小鬼は言葉は通じなくとも何か感じ取ったらしい。伝えてほしいと言われたので言葉を訳して伝えてやると、今度は小鬼共が目配せをし合い、オレや村人の方を見た。


「フッ…フン!今更謝罪ノ言葉ナド言ッテ許サレルト思ウナヨ!?」

「別ニ言オウガ言ウマイガオ前ラモ俺ラモコレカラモ敵対スルノニ変ワリナイノダカラナ!」


「何見栄張ってんだお前ら。」

「ウルセー!」

「サビ頭ハ黙ッテロー!」

「おう誰だ?サビ頭っつったのは、前出ろ。」


 何故かオレと小鬼の喧嘩が始まり、小鬼の言葉がわからない村人はまた唖然となって見ていて意味の無い光景をただ見ているしかなかった。カナイはいつもの事だと呆れて無視し村人に修理についての算段を話し出した。

 何も言わずいたアサガオは、場の空気は変わり気が緩むと喧嘩をするオレと小鬼共の周りを走り回りきゃあきゃあと騒ぎ出した。何してんだコレ。


 結局オオカミは傷の手当てが終わり次第元の棲みかへと戻される事となった。記憶は無いものの村に侵入し家を壊した事に反省の色を見せていたので村人もそれ以上咎める事も無かった。案外お人よしな住民なんだなと言ったら、カナイにお前が言うなと言われた。解せない。

 そもそも村で家が壊されただけで済んだのは、住民には悪いが幸いな事だ。豊かな自然に囲まれ動物や他種族と共生するこの土地で事件が起きないワケが無い。多少は被害は出たものの結局は和解という形で決着がついた今回の事件は、周りを飛ぶ鳥達のちょっとした噂話となって、またオレの眠りを妨げる一因になったとまた溜息が出た。


「結局オレが行く意味あったのか?やっぱカナイが行っても良かったろ。」

「行く前に言ったろ、お前が行くのに意味があるんだ。私が行って解決しても、結局土地守がいたから上手くいったと結論付けられるだろ?」

「…村人代表としてオレを起用したと?」

「私は土地守で、他の住民らとは一線を引く存在。一方守仕のお前は村人と接する機会も多く私よりも一番距離が近い。だからこそお前に村人は自分の姿を重ね物事を考える事が出来る。今回だってお前が村を出た後、随分冷静になっていたんだぞ。」

「結局はアンタの手のひらの上ってか?結局アンタの言った積極云々は何だったんだよ。」

「そう言うな。だってお前、私が言わなくても黙って一人で行って犯人捜すつもりだったんだろ?」


 その通りだ。結局行けと言われて動いたが、言われなかった時は勝手に犯人を捜して捕らえた後、晒して『コイツが犯人だ』とでも書いた立札でもかけて置くつもりだった。

 オレの思惑云々はさて置くとして、やっぱりカナイの思惑通りで、手を額に当て溜息を吐いた。


「相変わらず目立つのが嫌いな奴だな。それにまた眉間にしわ寄せてるし、もう少し笑いでもすれば気も楽になろうが。」

「誰のせいだよ誰の。後、嬉しくも楽しくも無ぇのに笑えるワケ無ぇだろ。」

「やれやれ、始終無愛想で目つき悪いお前を見て育ったアサガオは、どうしてあんなに素直な良い子なんだろうな?」

「…素直な良い子は、留守番が出来てヒトの後をコッソリ着いて行ったりしてねぇと思うが。」

「お前と比べてだよ。本当にこの村最大の謎だよ、お前たち二人は。」


 いつの間にかオレとアサガオが村の謎扱いになっていて、理不尽で今から旅で戻りたい気分になった。オレは今日何度目になるかわからない溜息を吐いた。



「そもそも、なんでオレはあそこまで小鬼に嫌悪されてんだ?」

「そりゃあ戦いたくないとか言っときながら小鬼に生傷をこしらえてりゃ嫌われもするだろ。」

「あっちが先に仕掛けて来たんだっつうに。ってかアンタはどうなんだよ。」

「私は別に何もしてないぞ。私は望んで話し合いを…」

「テッテメェカナイ!今度ハ何シニ来タンダ!血祭カ、公開処刑カ!」

「俺達ニ出セル物ハ何モ無ェ!ソレデモオ前ハコレ以上俺達カラ奪ウト言ウノカ!」

「でぇい!良いからお前らは黙ってろ!今度ははりつけにすんぞぉ!」


「…何してんだよホント。」

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