第4話 敵前で徒党

 それは皆が寝静まる夜の時間帯に起きた。

 ナワバリ内で腹をすかせた小鬼が数体、ナワバリの片隅にある木の実をとりに移動していた。

 その時その内一体が何かを察する様にある一点を凝視した。ソイツは特に耳が自慢と自負しており、村のある方向から聞き慣れない音が聞こえたと言う。

 好奇心か警戒心からか音の出所が何か確認するためにソイツらは音を聞いたという小鬼を先頭にし音が聞こえるという場所へ向かった。そうして進んだ先で彼らは見たのは、小鬼曰く『風のカタマリ』だった。

 その『風のカタマリ』を中心に周囲にも強風が吹き、風に煽られて木の葉だけでなく枝も大きくしなるほどだった。だが不思議な事にその強風の音はむらの住民には聞こえなかったらしく、誰も風音で目を覚まさなかったとの事。

 そして『風のカタマリ』は動きを見せた。それは動きが最初ゆっくりとしていたが、徐々に加速してヒトの住む村に近づいて行った。

 そこまで見て小鬼共は察した。コイツをそのままにしておくと村の人間共が危険な目の遭うだろうという事。そして村で何か悪い事が起こると自分ら小鬼が責任を負わされて不都合な事態に巻き込まるかも、という自分らの身の安全のため、村人や土地守にバレぬ様に『風のカタマリ』を処理しようと動いたとの事。

 『風のカタマリ』は小鬼共が自身に近づいてくるのに気が付くと抵抗をし、その際木や地面を削る様な強風が吹き荒れ逆に吹き飛ばされかけた。

 結果として小鬼共は『風のカタマリ』を見失い、森の小鬼総出でその『風のカタマリ』を捜索していたところをオレがナワバリニ入り、今に至ると。

 小鬼共が吹き飛ばされそうになったと言う強風というのが、村の家屋破壊の原因だろう。小鬼が追いかけた結果であるなら事故に近いものだ。ただ『風のカタマリ』というのが問題だ。聞いた限り明らかに意図して村に近づいていた様に感じられる。


「ソレカラオレ達ハソノ『風のカタマリ』ヲ追イカケタガ結局逃ゲラレ、見失ッテシマッタ。」

「まだ近クニイルハズ。ダカラオレ達、戦イニ備エテル。」


 小鬼共の話が確かなら、その『風のカタマリ』と小鬼共が称するソレはこの近くにいる可能性もある。その事に気づきオレは頭をかき回し、今日ついた溜息の中でも特にに苦々しさと忌々しさを含んだ溜息を吐いた。

 非常に不味い。小鬼の発言に虚構や虚栄が無いとしたら、あれだけの傷を作れる力を持った何かが村の近くに野放しでいる事になる。運が良ければ逃げた時点でそのままこの土地から離れるのが良いが、意図してむらに近づいたとなれば簡単にどこかへ移動しているとは考えにくい。

 異常が起る前にカナイにすぐ連絡を取ろうと交信魔法を発動させた。が、何か雑音ようなものがオレの魔法の力を遮り上手く魔法が発動出来なず交信が取れない。この状態には覚えがあった。

 それは魔法を使うために空気中を漂う魔法の力を集め、生き物の想像力によって魔法へと形成する。要は様々な色の糸を編み込んだり、粘土をこねて形を整えるのと一緒だ。

 上手く集中していれば発動に特に問題は無いが、みだりに力を集めたり魔法を使い過ぎたりすると力の流れが大きく変化し自他の魔法使用を阻害となる事がある。今のオレは正に阻害されている状態だ。

 思い出しつつ考えた。 小鬼が称した『風のカタマリ』。詳細を聞くと相手は小鬼よりも大きく、地面を蹴る音を聞いたという事は、少なくとも地に足を付ける生き物がそこには居たのだろう。そして『風』という単語。予想ではあるがソイツは風を纏っていたのだと思う。比喩では無くそのままの意味だ。

 つまりソイツは魔法的な要因で自身の周囲に風を発生させているのだろう。村人が言っていた小鬼の足音を聞く前に聞いたという風の音がソレだ。

 小鬼のみが風の音を聞き、むらのヤツらに聞こえなかったのは、その風が魔法から起因するものだからだ。むらのヤツらはほとんど魔法の力に疎く、小鬼は魔法の力に敏感だから。


 さて、オレの予想が当たっているとして今オレは魔法を阻害された、となれば。ある結論が出る。何かが、近くで強い魔法の力を発動し続けているという証拠だ。

 そこまで考えて奥地の小鬼の子どもとアサガオが遊んでいた場所を見た。すると小鬼の子どもが何かを察した様に顔を上げ、アサガオは何があったかとソイツらを見るがわかっていない表情をする。直後にオレはアサガオの体に腕を回し自分の方へと引っ張った。次の瞬間には前触れも無く地面が大きなと音を引き連れて抉り取られた。小鬼の子どもは間一髪その衝撃から逃れ辺りに走って逃げた。


「あぁやっぱりか!もう近くに来てやがった!」


 その地面を抉った衝撃の出た先を見れば、確かに小鬼の証言通りに『風のカタマリ』はあった。今は昼で薄暗くはあるが目を凝らせば全容が見えた。

 大きさも証言の通りに小鬼、下手すれば成人したヒトの平均男性よりも大きいだろう。2Mくらいはある巨体をしたオオカミが木々の間に立っていた。薄汚れた体毛はよく見る褐色色のものだが、風の魔法を周囲に纏う様に発動しているからか霞んで見えた。


「なんでサッサと今の話をカナイにしなかったんだよ!後少し遅かったら大惨事じゃねぇか!」

「オメェラガ村ニ入ッチマッテ言イニ行ケナカッタンダヨ!」

「最初カラ疑ッテル人間イッパイイル所ニナンテ行ケルカ!」

「オレの事遠慮無く襲った奴がそこで日和るなよ!」


 する必要の無い口論を直ぐに済ませ、襲撃してきたオオカミの方に向き直った。明らかにやっこさんの目が正気とは言えない。焦点は合ってないし息も荒く、そもそも魔法を遠慮無くぶっ放してきてソレで正気だったら遠慮がちな小鬼共は何だと言える。

 妖精族としての眼で視て、魔法の練り方もぐちゃぐちゃ、理性のある動物だってもう少し整えている。相当混乱しているか、それとも他者に操られているかどれかだな。こっちが動けばあっちも反応して逃げるか攻めるかして来ると予想しつつ考えあぐねていた。その時、オオカミの上から突如網が落ちてきた。見ればソレは木の上から跳び下りた小鬼が網を持ち、ソレをオオカミに覆い被せて抑え込もうとしている。


「コンニャロウ!テメェノセイデ俺達ァ肩身セマイ思イシナキャナラネェンダヨ!」

「ヒッ捕ラエテ袋叩キニシテヤル!」


 抑え込まれオオカミはもがき体や首を振り回し網の捕縛から逃れようと暴れている。良く見ればオオカミを捕らえた網は太い植物のつるを雑に編んだもので、急ごしらえだというのが一目でわかる。

 暴れるオオカミを大人しくさせようと他の小鬼共もオオカミに接近し直接抑え込もうとしらり、持っている石斧や槌で殴ってオオカミを弱らせようとしているが、オオカミの皮膚が厚いのかビクともしていない様に見える。蔓で作った網もブツブツと音をたてて切れかかっているし逃げられるのは時間の問題だろう。


「オイお前ら、急いで縄か何か縛る物用意しとけ。」


 そう小鬼共に呼びかけ、再び剣を構えた。小鬼はオレの声に答える様に渋々と引き下がった。相手は正気を失っているものの魔法を使っている。正直コイツらでこの巨体オオカミを捕まえられるとは思えない。だからオレが加わらなくてはいけないと思った。っと言うかここまで来て傍観してる場合じゃねぇ。

 だから小鬼を下げてオレが替わって前に出た。アサガオはとっくに後ろに控えていた小鬼に引き渡した。アサガオがオレを呼んだ。返事のために目はオオカミから離さないまま、手だけアサガオに向けて軽く手を振ってすぐに態勢を整えた。

 合図の様に蔓の網は切れ、拍子に抑え込んでいた小鬼達も振り払われ地面に落とされた。丁度良いとそのままオオカミの下へと走り寄った。

 オレの接近に気付いたオオカミは大きく口を開け牙を向けてきた。噛みつかれる予想し体を捻らせた次には掠る位の距離をオオカミの牙が走った。攻撃直後の隙をついて剣を振るった。

 当たった感触が剣の柄を通して掌に伝わったが、当たったであろうオオカミの顔の箇所に傷と思える跡も出来ていなかった。また嫌な予感を察して一歩引いた瞬間、爪をたてた前足が上から風を切る音をたてて振り下ろされた。今度は足を軸に回転させその勢いに乗って剣を振ってオオカミの顔を横から殴る様に斬りつけた。

 確かな手ごたえだ、だがそれも無意味に終わった。また傷が付かなかった。微かに剣が当たっただろう箇所にそれらしい跡が見られたが、ソレで相手が痛む事は無い事も見てわかる。

 何故傷一つ付けれないのか攻撃をしていて確信した。風だ。オオカミの周囲を風が巻きつく様に吹いておりソレが壁となって攻撃を妨げていた。そりゃまったくダメージが通らないワケだ。相手が盾を構えた状態だと言うならソレを取り払ってしまえば良い。言うのは簡単だがやるとなるとどうすれば良いか。

 また思考した、その間またオオカミが牙や爪を使いオレに攻撃を仕掛けた。躱す為に体を動かし、おかげで考えが逸れて考えがまとまらない。

 さて、どうやって相手の魔法の風を取り払うか。その答えは直ぐに出た。魔法に魔法をぶつけて相殺させる、それが良いだろう。相手を観察し好機タイミングを伺う。

 オオカミは魔法で風を起こし、ソレを自分を中心につむじ風として壁を作った。何時からそんな防御状態にしているか知らないが大分時間が経っているはず。魔法を使い続けていれば当然魔素の消費と同じだけ魔法の使用者の疲弊も大きいはず。ならばそのまま動けなくなる程使い続けさせるのも手だが、正直その手段をとるには気乗りしない。相手を自滅に誘うのは性分は持ち合わせていないし、サッサと勝負をつけたい。

 観察していて次第に風の壁が弱まった気がした。魔法の効果が切れ始めたのだ。オオカミはほぼ無意識に再度魔法をかけようとする。その発動の瞬間の隙にオレも魔法を使うため詠唱をした。


「吹き荒れ、盾となり、牙を遮り断つ。」


 相手が魔法を発動と同時にオレも魔法を発動させる。発動したてならまだ威力が出ておらず弱い、風向きもよく見て同じ向きに風を操った。

 瞬間2つの強風が吹き荒れ、ぶつかり相殺し合った。少しの間顔に砂粒が当たる感触がし顔をしかめた。そして数秒の内に風は治まった。上手くいったらしい。気にせずオオカミは再度魔法を使おうとするが無駄だった。

 今アイツの周りにはオレが使った魔法のざん、要するに魔法の残りカスが周囲に散り、取り巻いている。

 詳細ははぶくが、魔法の残滓がその場に多くの残る事で魔法を使うための魔法の力を自分に集める時の障害となり、魔法の発動を妨害されてしまう。オレがカナイに交信魔法を使おうとして使えなかった状態と一緒だ。

 この現象を起こすため少し強めに魔法を発動した事もあり、こっちも少し立ち眩みがしたが無理矢理持ち直す。

 ともかくこれで残滓がオレとオオカミの魔法によって発生し、先ほどよりも長い時間魔法が使用出来ないハズだ。

 しかし魔法を使えなくなっても相手は巨体の獣だ。しかも正気を失っている状態だから見境が無い。さっきは勘で躱せたが、今オオカミの挙動に少し恐ろしさを感じている。

 するとオオカミの後方から突如矢が飛んできた。その矢はオオカミにあたったり中らなかったりと損傷こそ与えていないがかなり気を散らしている。

 今が好機チャンスと見て、すかさずオレはオオカミの死角へと回り剣を斬りつける。傷が出来たがやはり毛皮に遮れて浅い。それでも何度も剣を振るい傷を増やしていく。

 オオカミもオレに狙いをつけようとするが、再び矢が飛んできて攻撃を遮り気が散っている。

 オオカミの体に徐々に傷が増えていき、オオカミ自身の消耗が見られた。オレは相手の足元がぐらついたのを見計らって近くの木を蹴り上げ、オオカミの上に跳び乗った。暴れられる前に毛を引っ掴み、丁度良い態勢になった瞬間を狙いそのまま剣を振り上げ脳天に直撃した。良い所に入ったのか、オオカミは動きを止め横倒しになった。少し様子を見たが完全に気絶してくれたらしい。

 ようやく戦闘を終え、オレはオオカミから降りると同時に腰を下ろして顔を上げ息を吐き出した。


 周りの小鬼も状況をやっと理解出来、歓声を上げた。突然の小鬼のしゃがれ声がオレの耳に一気に響いて、肩が少しビクっと跳ねた。驚かせた事をとがめようと思ったが、疲弊を頭いっぱいに実感してきたため止めておいた。そういえばと辺りを見渡すと、一目散にこちらに走り寄って来る姿が見えたのでソイツの到達を待ち、飛び込んで来たソイツを疲弊状態の体で受け止めてやった。


「アサ、今オレは疲れてるからあんま強く掴んでくんなよ?」


 言いはしたがアサガオはわかっているのかいないのか、態度も力加減も変えずオレにしがみ付いたまま嬉しそうに笑っていた。すると小鬼の1匹が喜び合っている群れから外れこちらに来た。


「…今回ハ守仕ニ助ケラレタナ。一応礼ハ言ッテオク。」

「そうかい。まぁこっちも仕事だからな。最後はお前らに助けられたしな。」


 最後、オオカミに射られた矢。ソレがオオカミの気を逸らし攻撃する機会をくれた。矢を撃ったのは今言った通り小鬼共だ。木の上に残りオオカミに攻撃する機会をオレと同じく伺っていた小鬼が今回の勝機をくれたんだから無碍にしない。小鬼を見据えて礼を言った。


「ダガ!お前ニ手ヲ貸スノハ今回ダケダカラナ!」

「次武器持ッテナワバリニ入ッテ来タラ容赦シネェカラナ!」

「ソモソモオ前ガ来タセイデコッチハコイツヲ迎エ討ツ準備シ損ネタンダカラナ!」


 周りの小鬼共も呼応してオレへの罵倒がまた飛んできた。なんでだよ。

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