第2話

 別の日。


 はあ……この前は、ホントひどい目にあったよ……。

 あのあと私は、公園にいた保護者たちに取り押さえられて、近くの派出所まで連行された。別に、ただの「声掛け事案」の現行犯ってだけで男の子に直接手を出したわけでもないので――いや、出すわけないでしょうが⁉――、すぐに解放されたんだけど。

 そのときに、おそらく同い年くらいの警官に「あんた、何しようとしてたの?」とか言われて、「私はただ、男の子を、少年って呼びたかっただけで……」とか言ったときの、その警官のゴミクズを見るような冷たい目が、忘れられなくて……。帰り道は、ずっと涙目になっていた。

 その噂も、あっという間に拡散されたみたいで、あの辺の小さな子がいる保護者とすれ違うたびに、陰口を言われるようになってしまって……もう、あの公園には行けない。


 と、いうことで。

 今日の私は、この前とは別の公園にきていた。

 ま、この前のことはこの前のこととして。失敗を反省して、そこから学んでいけるのが、一人前の大人だよねー? 一度や二度の失敗でめげてたら、夢にはたどり着けないよねー? ってことですよ!


 今日の私に、もう失敗はない。大事な大会に備えてベストなコンディションを整える、アスリートのように。あの日から私は全ての行動を、今日、男の子を「少年」と呼ぶためだけに捧げてきたから。

 この前みたいに、ブザマに噛んだり、つっかえたりもしない。今の私なら、世界中の誰よりも上手く男の子を「少年」と呼ぶことが出来るはずだ。「少年呼び」にかけては、誰にも負けない。どんなアイドル声優より、どんなアイドルアナウンサーより、上手に「少年呼び」出来る自信がある!――実力派声優や実力派アナウンサーとは、比較しないでほしい。


 おっ。

 そこで私の視界に、一人の男の子の姿が入った。

 公園の噴水の前で、キョロキョロと周囲を見回している彼。不安いっぱいの表情で目には涙を浮かべている。周囲には、保護者や友だちらしい人はいない。

 きっと、迷子だろう。

 ……やれやれ。

 こんなの、一番簡単なパターンだ。ま、サクッと片付けちゃいますか。

 もはや何の迷いもなかった私は、その少年の方へと、悠然と近づいていく。


 歩きながら、頭の中では「どうしたー、少年?」とか「困ってるなら、お姉さんに任せなさーい」とか、イメトレをしてみる。

 それから……無事にあの子の保護者の人を見つけてあげたあとに、彼とお別れするタイミングで、「それじゃあね、少年! 次は迷子になるなよ!」なんて言っちゃったりして……。そしたら彼が「もう、やめて下さいよ! ボクは少年じゃなくて、○○って名前があるんですからね⁉」とか強がっちゃったりして……。ぐ、ぐふっ……ぐふふふ……。


 そんな妄想を見ているうちに、男の子の眼の前までやってきていた。さあ、決着のときだ。

 そして、ついに私は彼を「少年呼び」……しようとした。

「どうしたー? しょうね……」

 でも次の瞬間、私の脳内を、ある迷いが駆け抜けた。


 あ、あれ?

 この子……本当に、「少年」……か?

 もしかして……少女じゃ……ないよね?


 そういえば……男の子にしては、ずいぶん髪が長いような……。着ている服も、水色とかパステルカラーで、どことなく女の子っぽいような……。そもそも、声変わりとか第二次性徴とかがあるはずもない未就学児の性別を、はっきり見分けるのなんて、出来ないような……。

「……?」

 眼の前にやってきた私に気づいて、彼――あるいは彼女?が、こっちを見ている。や、やばい、何か言わないと。で、でも、なんて呼べば……?

 男の子じゃないのなら、「少年」呼びはできない。じゃあ、「少女」?……って、そんな呼び方してるのは、ヒロアカのオールマイトくらいだし。そのオールマイトですら、ぶっちゃけ結構違和感あって、ネタっぽくなってるし。っていうか、そもそもホントに男の子だったら「少年」呼びで間違いないわけで、むしろ「少女」とか言ったら、何いってんだこいつ、とか思われるわけで……。

 この間、およそ一秒未満。

 

 これ以上はもう、考えている余裕なんてない。これ以上黙ったままでいたら、「迷子の子供に無言で近づいてきたヤバイ女」になってしまう…………はっ⁉

 慌てすぎた私は、溺れる人が藁をも掴むような気持ちで。最後に思いついた「ある言葉」にしがみついた。そ、そうだ! こ、これなら、少なくとも間違いじゃない! 男の子でも、女の子でも、「この言葉」なら、どっちでも当てはまるから!

 それは……。



「人の子よ……どうしましたか?」

「え?」

「困っているなら、この私に申してみなさい。人の子よ……」

「え、えっとぉー……」

「この私に、身を委ねるのです、人の子よ……。お前たちが進むべき道を、導いてあげましょう……」

「…………」


 ピピピピピピピピピ……。

 そこでまた、この前聞いたばかりの甲高い音が、公園に響き渡った。


 ……うん。

 正直、多分こうなるんじゃないかなーって、途中から思ってました。

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