御寧山さんは、少年呼びお姉さんになりたい
紙月三角
第1話
よく晴れた、週末の昼下がり。住宅街の近くにある児童公園には、遊具やボールで遊ぶ子どもたちの声が響いていた。
最近は、そういう声がうるさいなんて苦情が来ることもあって、ここみたいに子どもたちが自由に遊べる場所がだんだん減っているなんて話も聞くけど。幸いにして、この公園にはまだそれは当てはまらないみたいだ。
その公園の端、大きな楓の木の下にあるベンチに、二十代後半の女性が一人……私、
普段は、ここから三十分くらい満員電車に揺られたところにあるオフィス街で、毎日終電近くまでデスクワークをしている、どこにでもいるようなただの社畜OLで……いや。私のことなんて、どうでもいい。
大事なのは、今この公園には小学校入学前くらい――いわゆる未就学児の、男の子がいるということ。そして、そんな男の子たちにとって、今の私が「年上のお姉さん」であるという、事実だけだ。
女に生まれたからには、誰もが憧れる一つの夢がある。
たくさんのイケメンにチヤホヤされる逆ハーレム? セレブに見初められて玉の輿? それとも、白馬に乗った王子様?
いいや、違う。
そんなものは、現実を知らない中高生の小娘が見る、恥ずかしい妄想だ。成人していて、一人の社会人としての責任を負った私のような「大人の女性」が目指すのは、そんな恥ずかしいものじゃない。それはもっと現実的で、地に足がついていて、それでいて高尚な夢……。
そう……それは、「男の子を少年呼びするミステリアスお姉さんになること」だ。
「少年」
それは、まだケガレを知らない少年の心に、消えない傷跡をつける魔法の言葉。その一言で、今まで名前やあだ名でしか呼ばれることのなかった男の子たちの心を鷲掴みにして、大人女性の魅力の虜にしてしまう。
これまで数々の漫画やアニメ作品で登場して、男の子たちの
だから私も、そんな少年呼びお姉さんにずっと憧れていたんだ。
……い、いやあー。
べ、別に私は、幼い男の子のことを、どうこう思っているわけではないよ? う、うん、それは絶対違う。
今のご時世に、そんなことは絶対にありえない。っていうか、仮にあったとしても、無いって言わないとダメだし。当たり前でしょう? 成人女が、五〜六歳くらいの男の子に夢中になってるとか、絶対ヤバイし。短パンからのぞく、みずみずしくてスベスベな生脚を見てると変な気分になってくるとか……そういうことは、冗談でも言っちゃダメ。
そ、そう……だからこれは、もっとピュアな気持ちだ。
私が、男の子を少年呼びしたいという気持ちには、性的な意味とかは一切ない。私は、ただただ純粋に少年呼びしたいだけ。まるで、神様からの啓示のように。私は男の子を少年呼びしなければいけない。そんなふうに、心に決めているだけなんだ。
いや、それはそれでヤバくないか?
と、そこで。
ベンチに座っていた私の足元に、ころころとサッカーボールが転がってきた。
「すいませーん!」
声の方を見ると、数人の男の子たちがこっちを見ている。公園の広場で、サッカーをしていた子たちだ。スポーツ少年らしく誰もが元気いっぱいのヤンチャ風で、Tシャツ短パン姿。……じゅるりっ。
やがて少年たちの一人が、こちらに駆け寄ってきた。
どうやら、夢を叶えるときがきたみたいだ。たまさかの「少年呼びチャンス」に、思わず口元が緩んでしまう。
……おっと、だめだめ。
男の子を少年呼びするようなお姉さんは、もっと余裕を持たなくっちゃ。多少のことには動じない、大人っぽさがなくちゃいけないんだ。大人の余裕と魔性の魅力、それがあるからこそ、男の子の癖を狂わせることが出来るんだから。
私は、ゆっくりと足元のボールを拾って、近づいてきたクセっ毛ツーブロックの男の子に向かって投げる。それから軽く髪をかきあげ……鏡の前で何度も何度も練習してきた大人の女の表情を作りながら、言った。
「しょ、しょ、しょ……しょおねん……ぐふっ。げ、げんきだねぇぇ? か、かわいいねぇぇ……えへ、えへへへ……」
……あれ?
ピピピピピピピピピ……。
その直後、公園内には防犯ブザーの音が響き渡った。
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