第6話 反撃②
「ふ、ふざけんなよ!」
「俺はただ汚ねえから汚ねえって言っただけだっ、それで退学なんておかしいだろ! それにそもそもこれは俺たちと
「ふざけんなはこっちのセリフだ!」
「っ……!」
俺はとうとう我慢の限界が来て怒鳴り返した。
瞳に怯えを浮かべた田宮に詰め寄る。
「汚ねえから汚ねえって言っただけ? ふざけんなっ、それで速水さんが傷つくとは考えなかったのかよ⁉︎」
「なっ、なんだよっ、事実を言われただけで傷つくほうがおかしいだろ⁉︎」
「はっ? 何言ってんだ? 事実なら全部言っていいなんてそんな理屈が通るわけねえし、お前の考えなんてどうでもいいんだよ! 校長も言ったように、大事なのは速水さんがどう感じてたかだろうが。お前たちは速水さんを傷つけたんだっ、そのことを自覚しろ!」
「は、はぁ⁉︎ な、なんなんだよお前っ、俺は楓の幼馴染で彼氏だったんだぞ⁉︎ お前なんかに——」
「だからだよ!」
俺は田宮の胸ぐらを掴んだ。
「好きな人からそんなこと言われたら、他のやつらから言われるより何倍も傷つくに決まってんだろうが! そんな関係性なら、なんで寄り添ってやらなかったんだよ⁉︎」
「っ……だ、だからって退学はおかしいだろ! 俺は女子たちと違ってパシっても——」
「話を逸らすんじゃねえ!」
「——一条君っ」
振り上げた俺の拳を、速水さんが掴んだ。
「それはダメです、一条君」
「速水さん……でもっ」
「私のために怒ってくれるのは本当に嬉しいです。ですが、殴ってしまったら一条君まで加害者になってしまう。それは嫌です」
速水さんはフッと頬を緩めた。
「大丈夫。一条君がそうやって怒ってくれるだけで救われていますし、私はもうこいつには何も期待していません。そこら辺でせっせと働いているアリ以下の存在です。こいつが何を言おうと、私にダメージはありませんから」
「……わかった」
おそらく虚勢の側面もあるだろう。
長年をともに過ごしてきた幼馴染のことをそこまで一瞬で切り替えられるはずがないし、内心では傷ついているはずだ。
でも、俺に手を出してほしくないという思いは本物だ。
ここで俺が手を下せば、速水さんが傷つく。
そう考えると、自然と胸ぐらから手を離していた。
田宮は腰を抜かしていたのか、ヘナヘナと座り込んだ。
……確かに、こんな度胸もねえ小物のために俺が手を汚す必要はねえな。
田宮以外のやつらもすっかり怯え切った表情を浮かべている。
やっぱり、イジメなんてやるやつはこの程度だよな。
校長が一歩進み出て、
「退学になったからと言って人生が終わるわけではない。人の立場に立って物事を考えられる人間になるのを、一人の教育者として切に願っているよ」
「……くそっ!」
一人が吐き捨てたが、もう誰も反抗しようとはしなかった。
これでやっと一件落着か——。
そうではなかった。
「——ちょっと待ってください、校長」
ここにきて、大塚が声を上げたからだ。
◇ ◇ ◇
「何かね?」
「たしかに彼らは過ちを犯しましたが、子供ならばそれは仕方のないことです。退学にして見放すのではなく、校長もおっしゃったように停学程度にとどめて、更生に力を注ぐことこそが教育ではないのでしょうか?」
大塚は鼻息荒く教育論を語った。
——もちろん、本気でそんな立派なことを考えているわけではなかった。
(俺のクラスから退学者が出れば、俺の評価に関わる。ここはなんとしてでも阻止しなければ……!)
彼が田宮たちを庇ったのは、あくまで自分のキャリアのためだった。
「大塚先生は何か勘違いをしているようだな。反省もしていないのに許すことだけが教育ではない。自分たちが犯した罪の重さを自覚させることもまた教育だ。その意味では、ここで停学程度で留めるのは彼らの将来のためにならない」
「し、しかし彼らは——」
「それに大塚先生」
校長が遮り、冷たい視線を大塚に向けた。
「あなたに意見をする資格はない」
「なっ……! そ、それは横暴ではありませんか⁉︎ 校長の言うことにはすべて従えとでも言うつもりですか⁉︎」
「いいや、そうではない。私は他の教師からの意見は積極的に取り入れるよ」
「じゃ、じゃあ——」
「だが大塚先生。いや、大塚さん。あなたはもうこの学校の教員ではない」
「はっ? ど、どういうことですか?」
「これを見たまえ」
校長が一枚の紙を手渡した。
大塚は目を見開いた。
「なっ、か、解雇通知……⁉︎」
彼の手はブルブル震えていた。
「ど、どういうことですか校長っ」
「そこに書いてある通りだ。先程、理事会で正式に決定した」
「なっ、なぜですか⁉︎ 生徒がイジメを行なっていたからと言って、教師まで辞めさせるのはおかしいでしょう! 不当解雇だ!」
「勘違いをするな」
校長は鋭い視線を大塚に向けた。
「っ……」
たじろぐ大塚に向かって、校長は怒りを抑えるように静かな口調で続けた。
「私は彼らのイジメの責任をすべてあなたに押し付けたわけではない。あなた自身も速水さんを追い詰めていた。その責任を取ってもらうまでだ」
「なっ……! わ、私は速水を追い詰めてなどいない!」
「あなたは相談に来た速水さんを突き返したのだろう? イジメではないと。教育者としてあるまじき対応だ」
「つ、突き返したなど人聞きの悪いことをおっしゃらないでいただきたい!」
大塚はだらだら汗を流しながら口の端を吊り上げ、余裕を示すようにせせら笑ってみせた。
「私はただ、すぐ大人に頼る子供になってほしくないと思っただけなのですから」
「そういう問題ではない!」
校長が一喝した。
大塚はビクッと体を震わせた。顎にたっぷりとついた脂肪も一緒に揺れた。
「困っている相手に寄り添わず、ただ突き放した態度に問題があると言っているんだ。最終的にどんな判断を下すにせよ、子供の話に親身になって耳を傾けない教師などいらない。それに、あなたは不登校などになるなら成績を落とすと脅迫までしたそうではないか」
「そ、そんなことは言っていない! 証拠もなしに生徒の言い分を一方的に信じるのか⁉︎」
大塚はもはや敬語を使う余裕すらなくなっていた。
(
悠真と楓を内心で嘲笑うことで、大塚は冷静さを取り戻そうとした。
しかし、その努力は一瞬で無に帰すことになる。
「証拠ならあるぞ。君と一条君の会話の音声データがな」
「何……⁉︎」
大塚は絶句した。
校長が携帯を操作した。音声が流れ出す。
「くっ……!」
最初の数秒だけで、大塚はそれが確かに昨日の自分と悠真の会話のデータだと理解した。
しかし、彼はまだ悪あがきを続けた。
(く、くそっ、どうすれば……! はっ、そ、そうだっ!)
「わ、私の許可なしに録音するなど違法だろう! これは証拠にはならないっ!」
(き、来たぞ! これで私の解雇は取り消しに——)
「そうか。ならそういうふうに弁護士にでも訴えるがいい。尤も、正当な理由があれば録音は違法行為には当たらないがね」
「何……⁉︎」
大塚は慌てて携帯を取り出した。震える手で検索をかけ、
「あっ、あぁ……!」
校長の言い分が正しいと知り、絶望とともに膝から崩れ落ちた。
——こうして、速水楓へのイジメは退学者六名、そして退職者一名を出して幕を下ろした。
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